第17.5話 ずっと、キミの傍にいたい
頭が、ぼーっとする。
身体が重くて、まだ少し熱い。でも、身体が熱いのは風邪のせいだけじゃなくて、枕から微かに漂う哲也君の匂いのせいもあるのかも。
「テンションあがって風邪ひくとか、バカだなぁ……わたし」
せっかく哲也君がウチに(誘拐されて)来てくれたっていうのに、三日目でバテるとか、いくら身体が丈夫じゃないわたしにも限度ってものがある。
(どうして大事な時に、いつもこうなのかなぁ……?)
昔の記憶に想いを馳せると、どうしてもため息が出てしまう。
けど、ここ数日はそうでもなかった。だって、哲也君は昔とちっとも変わってなかったから。その変わらない優しさが、わたしの思い出をイヤなものからイイものに変えてくれる。
わたしにとって哲也君と過ごしたあの日々は、それくらい大きくて、大切で、忘れられない宝物だった。たとえ最後に見たのが笑顔じゃなかったとしても、その事実は変わらない。
「哲也君……やっぱり好きだなぁ……」
強引に連れてきて監禁したっていうのに、怒って暴れることもなく、脅しや暴力で無理に逃げ出そうともしない。
それどころか、わたしが甘えると困った顔しながらもなんだかんだで好きに甘えさせてくれる。昨日なんてパフェを作って『あーん』までしてくれて……
「ほんと、優しいなぁ……」
風邪をひいたわたしの為にお粥を持ってきてくれて、心配してくれて、そして何よりあの言葉。
――『ここに、いるよ』って――
優しい声で、あのときと同じ言葉をまた言ってもらえるなんて。
耳にしたときは、熱に浮かされて夢を見ているのかと思ったくらい。
(やっぱり、大きくなっても哲也君は哲也君なんだなぁ……)
「はぁ……好き……」
わたしは哲也君の匂いがまだ少し残っている枕に顔をうずめて、想いを馳せる。
咲月とふたりで新しい生活を始める為にこの街に引っ越してきてすぐくらいの春。
わたしは駅の改札からぼんやりとした表情で出てくる哲也君を見つけた。
大きくなってもすぐにわかる。だって、それくらいわたしの脳には哲也君の顔が、姿が、声が、焼き付いていたから。
あのときの、まるでモノクロ写真に一瞬で色が付いたみたいな感覚は、今でも忘れることができない。
それからというもの、あの日から止まっていたわたしの時間は、それまでの全てを覆す勢いで動き始めた。
咲月に無理を言って一緒に哲也君の住んでいるアパートを特定し、色んな手を尽くして哲也君と同じ生活圏内に潜り込む。そして、周囲にバレて咲月や哲也君に迷惑が掛からない程度にその姿を目で追い続けた。
その、ちょっとしたスパイごっこみたいな生活も、それはそれで楽しかったのを思い出す。
そうやって哲也君を追いかけるうちに、わたしの中の忘れかけていた『生きる喜び』がどんどん膨らんで、いつしかわたしは哲也君自身に生きる目的を見出していた。
――ああ、ずっと哲也君の傍にいたい――
傍にいて、隣で同じものを見て、一緒に笑って、一緒に泣いて、たまにはケンカをしてもいい。そして、今度こそ――
――その手を、ずっと離さない。
わたしが辛いとき、哲也君がいつもそうしてくれたように、ぎゅって手を握って、大丈夫だよって笑いかけて、『ごめんね』には『いいよ』で返す。
「わたし、哲也君みたいないい子になれてるかな……?」
(そんなわけ……ないか……)
部屋の隅からリビングへ向けて伸びる鎖に視線を落とす。
(結局、無理やり連れてきちゃった……)
一緒にいたい想いが強くて、抑えられなくて。こうして、無理やり傍にいる。
「いつまでもこんな我儘言ってたら、嫌われちゃうかな……?」
でも、優しい哲也君を見ているとそれすらも許してくれてしまいそうで、自分の欲深さがたまに無性にこわくなる。
(せめて、哲也君が昔のことを思い出して、そうして、わたしの想いを改めて伝えることができれば……)
――そうすれば、少しは諦めがつくかなぁ……?
「せめて、もう少し……もう少しだけ……」
わたしが再び枕に顔をうずめてスーハ―していると、不意にリビングから大きな声が聞こえた。
「――――!!――――!?」
(この声は……咲月?)
何を言っているかはわからないけど、こんな夜中にどうしたんだろう?
(――誰かと電話してるのかな?まさか……哲也君とケンカを?あのふたりに限ってまさか……ね?)
「…………」
少し心配になったわたしは、ぼーっとする頭をぶんぶんと振って、ベッドから重たい身体を起こした。
扉を開けて、リビングに足を踏み入れる。
「――咲月?こんな時間に大声出して、どうしたの――」
そこにいたのは、見覚えのある白いワンピースを着た銀髪の少女だった。
「……あれ?わた、し……?」
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