40.最後の休日2


塚本くんは俺が学校に行くことが随分不安みたいだが、俺だってかなり不安だ。正直まだ弟に面と向かえる自身がない。今までだって目を合わすのも一苦労だったけど、今回の一件で完全に恐怖を植え付けられている。心の奥底に根付いてしまった恐怖心は自分の意思でどうにかなるものじゃない。そしてそれを払拭するためには、逃げるのではなく向き合わなくてはいけないと言うこともちゃんとわかっている。それはこの休みの間ずっと考えていたこと。

これからどうするか、そもそも弟がなぜそんなにも俺を目の敵にするのか。俺を殴る狭間に見えた深い憎しみの片鱗。それを目にした瞬間に分かったのは、俺が思っているよりもずっと彼が怒っていて苦しんでいるということ。その原因が俺だとするのなら、俺はそれを知りたい。嫌われるにしても納得のいく理由が欲しい。


どんな目にあってもやはり彼は俺の家族だ。怖くても、嫌ってもそれでも昔を思い出してしまう。人は変わるというけれど、根本まで何から何まで変わってしまうわけじゃないはず。昔のあいつは確かに存在した。彼が完全にひどい人間に変わってしまったわけじゃないってことを、俺は信じている。


そんなことを悶々と考え始めて眠れなくなってしまった俺は柔らかいベッドの上で寝返りをうった。

この家を出ることも考え始めないと。塚本くんがお金に困っていないからそんなこと要求してこないんだろうけど、俺は生活費も何も出していないわけだし、払えるかと聞かれても答えはノーだ。居心地が良すぎて離れがたいなんて、俺は塚本くんのことが相当気に入ってるみたいだ。


「先輩?」


ごそごそと動く音で目が覚めてしまったのか、眠そうな彼の声が聞こえてきた。


「悪い、起こしたな」


「いえ、眠れないんですか?」


「んー…まあな。色々と、考えてたらなんか」


明日から久々の学校で、万全の状態で行きたいから早く眠りたいのに。考えないようにしようとすればするほど思考の泥沼に陥っていくのはなぜなのか。しばらくの沈黙の後、ごそごそと今度は塚本くんが身動きする音が聞こえる。


「先輩、俺はまだ休んでてもいいと思います」


「だから内申がさぁ」


「留年するならすればいいじゃないですか。俺は同学年になれるなんて大歓迎です。むしろ嬉しいですけど」


一年のブランクって結構重たいものだと思うんだけど、簡単に言ってくれる。


「先輩は今だけって言ったけど、ずっと甘えてくれていいんですよ。むしろ頼って欲しいです、もっと」


「俺に駄目人間になれって言いたいわけ?言っとくけど俺の方が年上なんだから頼るとしたらそっちの方ー…」


「そういうところ。そういうのにこだわりすぎなんです、先輩は」


思わず彼の方を向くと、いつの間にか座ってこちらを見ていたから驚いた。


「そういうとこってなんだよ」


「年上だからとか先輩だとか、だから自分はしっかりしなきゃって。甘えるとか言って少しは心開いてくれたみたいですけど、でも結局肝心なことは抱え込んで1人で向かって行こうとするじゃないですか。愚痴とか相談とか、もっとしてくれていいのに、全然口にしてくれない。だから心配なんです」


今までの不満が堰を切ったようこぼしてきて唖然とする。急にそんな色々言われても、訳がわからない。一体何がそんなに気に障ったのか。

あまりの言い分に俺も起き上がって彼と向かい合って座り直した。俺も何も言い返さないというわけにはいかないからな。


「年上なのは事実なんだからいいだろ。なんで何でもかんでもお前に話さなきゃいけないんだよ」


「年上ったってたったの一年じゃないですか!先輩俺より背もちっちゃいし側から見たら俺の方が先輩ですよ!俺はそんな風に無理やり大人ぶらないでくださいって言いたいんです」


「ふざけんな!!背が低いのは関係ねーだろ!」


「それも事実じゃないですか!」


「うるせぇ!まだ成長期だバカ!」


流石に頭にきて手元にあった枕を投げつける。それは予想していなかったらしく、見事に顔面にクリーンヒットした。どさっと落下する枕の下から絶賛不機嫌状態の顔がのぞく。文句も何も言ってこないからこそ余計に怖い。


「…謝らねーぞ」


「こっちも背が低いって言ったこと以外は謝らないです」


冷戦状態でのしばらくの睨み合いは、俺が先に折れてしまった。深いため息を吐いて彼から目をそらす。


「もう駄目だ。絶対眠れない…」


「…俺もです」


馬鹿馬鹿しい状況に2人してため息をつくしかなく、もう夜中の12時だというのにのそのそと寝室から出ることになったのである。

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