第50話-「残念、あたし死んじゃった」②

 翌日。その日、朝のランニングに優月は来なかった。


 そして学校。昇降口で待ち伏せていた優月は篤をいつもの桜並木に連れて行き、泣きながら謝ってきた。


 優月の瞳は腫れぼったく膨れ上がっていて、両手を震えるほど握りしめて、


「ごめんね……痛かったよね……あたしのせいだ……あたしが……」


 消え入りそうな声で懺悔する。

 篤の顔に手を伸ばそうとするが、それを堪えて両手を胸元で組み、その上に涙をこぼす。


 そんな優月をどうにかしてやりたくて、篤は無理して大袈裟に笑った。


「大丈夫だから気にするな! 優月になんもなくてよかったよ。それに……止めてくれてありがとな。嬉しかった。だから……なんと言うか……、この話はこれでもう終わりだ! いつまでもくよくよするんじゃねえぞ、その方がよっぽど迷惑だ」


 強がって向き合うだけで篤は精一杯だった。


 しかし、そう言うと安心したように抱き着いてくる優月はしばらく泣き続け、二人して一時間目をサボった。


 二時間目は轟の現国だ。篤は優月が落ち着いたのを確認してから、一緒に校舎に入る。

 二人が教室に着くと同時に人が集まり、顔中アザだらけの篤と、目を真っ赤に腫らした優月に、なぜか事情を知らないはずのクラスメイト達から労いの言葉がかけられた。


 轟にいたっては優月を抱きしめて「恐かったですよね。よく頑張りました」なんて逆に泣き出しそうな顔をしている。


 それは竜也の計らいだった。

 アザだらけの篤がそのまま教室に入ったら、みんながどう思うかなんて安易に想像がつく。変な誤解をさせないため「篤は昨日、優月ちゃんを守るために不良五人も相手に一人で闘ったんだ」と朝の時点で全員と轟に伝えていた。


 だから篤の怪我は喧嘩ではなくて栄誉の傷として、みんなに認識されていた。

 篤と優月はその事も踏まえてしっかりと竜也に感謝と謝罪をする。


「気にするなよ。久々に喧嘩できてオレも楽しかったぜ!」


 なんて陽気に竜也は笑っていたが、優月と目が合うと少し悲しそうに肯く。

 優月は穏やかに微笑み返していた。


 その後は気味が悪いくらい穏やかな時間が流れ、優月は昼には元気を取り戻していた。


 しかし、優月の事だから本当に元気なのか、装っているのか見分けがつかない。なんて篤は注意深く優月の横顔を眺める。たまにそれに気付いて優月は健気に手を振り、篤も無愛想にアイコンタクトをした。


 ――優月はなにを想って過ごしているのだろう。


 心の声とやらに耳を傾けてみるが聞こえるわけもなく、篤の頭にはその疑問が駆け巡る。


 普通に授業を受け、いつも通りホームルームを終えて、なんの変哲もない帰り道を隣で歩く。きっと他にもやりたいことがいっぱいあったのではないだろうか。


 なんて考える篤を横目に優月はとても楽しそうに笑う。

 まるで今、この時、篤といるのが最高の幸せだとでも言うような笑顔を向ける。

 

 ――手を引けって……、それは本当に優月のためになるのか。


 優月父の言葉が頭の中でリピートされる。

 篤はそれに関してまだ応えが出せないでいた。


 確かに思い出が増える分、別れは辛くなるかもしれない。

 しかし、どちらにせよ二人の時間はあと一週間程度しかない。

 それならば、ちゃんと最後まで一緒にいた方が優月のために……。


「――ねえ、篤っ! 話聞いてるの?」


 優月に腕を掴まれて我にかえる。


「あぁ……悪い。……なんだっけ?」

「なんだっけって……、だから明後日のデートの話よ。何時に待ち合わせ? どんな服着てほしい? お弁当作ってあげよっか? それにね、それにね――」

「ちょっと待て。もう少しゆっくり話せよ」

「ゆっくり話してたよ。けど篤が聞いてなかったんじゃん。それにもう篤ん家着いちゃうし……」

「わかったわかった。今日は病院まで送ってってやるから」

「えっ!? そうなの!? やった、嬉しいっ! いよっ、篤さん男前っ!」

「調子に乗るな」


 ぺしん、と優月の可愛げに出された額を弾くと軽く微笑んでまた歩きだす。


 篤は思った。せめて日曜のデートまでは、優月の笑顔を絶やさないでやりたい。

 せめてでもデートが終ってから二人のこれからについて、そして残りの一週間の使い方について話せばいいじゃないか。仮にそれが現実からの逃避だとしても、そういう逃げならありじゃないか。


 だって優月がこんなにも楽しそうなのだから、と篤は自分を納得させる。

 それに弥生とも約束したんだ、優月を笑顔にすると。


 だからこそ篤は今だけは優月との時間を大切にしようと誓う。

 来たるべき別れが訪れた時に、この日々が悔やまれないように。

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