ドライフラワー

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第1話紫陽花

昔から暗闇を好む子供でした。

小さい子供は闇に対して恐怖心を持ち、なるべく自分から遠ざけようとするものです。

しかし、彼女には恐怖や恐れという感情が欠落していたのだと思います。

私はついに彼女の理解者になる事は出来ませんでした。

理解者になる必要はなかったという方が正しいでしょう。

彼女を唯一理解できたのはあの子一人で充分だったのです。

闇の中で美しく咲き、朽ちていった彼女たちの最後の願いは闇を語り継ぐ事でした。

私は理解者にはなる事は出来ませんでしたが語り部となる事は出来ます。

理解者になる必要はありません。

人の闇を知る覚悟はよろしいですか?


目は言葉よりも感情を雄弁に語る。

恐怖を感じた人間は目を瞑ることはできない。

目を瞑ることは見えなくなるということ。

見えなくなるというのは見えることよりも恐怖を掻き立てるからだ。

数分前まで幸せの匂いが満ちていた部屋から匂いが消えていく。

冷たい空気が床を履い部屋を満たして温度を下げる。

日常の中に非日常が突然現れると人は硬直し動けずに終わる。

体感では一瞬の出来事だっただろう。

温かい身体に冷たい感覚が首を通り過ぎた。

痛みは感じない。

映像が白黒に写る双眸には髪の長い容姿端麗な少女が微笑んでいた。

左手には刃物が握られている。

ここで状況を理解できた。

叫び声は頭の中に鳴り響くだけで喋ることはできない。

冷気は指先から身体を凍らせる。

ぼやけている視界に彼女は近づいて耳元で囁いた。

「可愛そう。」

そういうと少女は目の前から消えた。

首筋を切られたとしても数分は息があるというのは残酷で、最期の願いは叶わなかった。

意識がなくなる数秒前最期に見たものは変わり果てた娘の姿だった。



今日も簡単に終わってしまった。

レインコートは赤黒く濡れている。

人の命は思っていたほど頑丈に創られていない。

神がいるとするならこれはあいつのミスだとおもう。

最初は感じられていた興奮はもう得られない。

かすかに残った家族の空気。

居心地が悪かった。

どれだけ恐怖を与えても部屋が変われば幸せの空気は残っている。

早く帰ろう。

外に出ると雨が降っていた。

赤く染まったレンイコートを静かに洗い流す。

気持ちが高揚しなくなったのは梅雨のまとわりつくような空気のせいだ。

家を出てもあの家族の生温い幸せがまとわりつく。

「気持ち悪い。」


家に帰ると玄関に兄が座り込んで待っていた。

「おかえり。今日は何人摘んだ?」

眉間にしわを寄せてぐちゃぐちゃの顔を私に向ける。

「2人。」

兄は祈るように目を瞑った。

兄は私を理解しようとして私の行動を見逃している。

気づかれたのは4人目のとき。

帰った私と偶然鉢合わせた。

その時の兄は今日と同じように顔を歪めて私に謝ってきた。

こんな風に育った原因は自分にあると私を抱きしめて泣いていた。

私も異常だとおもうが兄も異常だと思う。

夜な夜な殺人を犯す妹を見過ごして理解しようとする。

その辺の殺人犯より気持ち悪い。

「シャワー浴びてくるから。」

兄は静かに頷いた。

「エマ、お風呂湧いてるから。」

そう言って部屋に戻って行った。

あの家族の匂いも兄の優しさも吐き気がする。

纏わり付いた空気を洗い流した。

手袋はしていたがやはり血の匂いは簡単には落ちない。

そこがいい。

まるで睡眠導入剤のような安心感を私に与えてくれる。

完全には匂いを洗い流さずに今日は眠りについた。

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