第203話 ニセ王女に挨拶だ!

「ねぇエリオ、わざわざこんなところまで来てどうするの?」


 グレイン達が囮を連れて治療院を出た頃、ミーシャは幽霊船の甲板で、マストの見張り台に登っているエリオに声を掛ける。

 この船は騎士団の調査が終わり、特に危険なしと判断されたため、観光用として立ち入りが自由になっていた。

 しかし、幽霊船はそのボロボロな外観も不気味であるため、数少ない観光客も、地元の住民でさえもあまり近寄らないのであった。


「今王女さまを探してんだよ。高いとこから見た方がよく見えんだろ?」


「そ、それはそうだけど……。この船ボロボロだから、マストが折れないか心配だよ……。気を付けてね」


「あぁ、心配すんなって……っと、治療院から王女さまとその護衛が出てきたぞ。護衛はあのとき部屋にいた女二人だ。あとは男が一人いるな……」


 エリオは治療院から出て来たグレイン達を見つけてそう呟く。


「見つけた? じゃあ計画通り接近してから──」


「……違う」


 エリオは目を凝らして先頭を歩くティアを見る。


「あれは……よく見たら王女さまじゃ……ねぇぞ。誰だあの女……」


 エリオの『神の眼』はアウロラの偽装魔法を見破り、本来のハルナの姿を映し出していたのであった。


「どうしたの? 王女さまニセモノだったの?」


 エリオのすぐ傍で聞き慣れたミーシャの声がする。


「えっ! お前も登ってきたのかよ! ここ二人じゃ狭いだろ!」


 この船の見張り台は小さいため、エリオとミーシャはぎゅうぎゅう詰めになりながら見張り台に立つ。


「そもそもミーシャには見えないんだから、登ってきたって意味無いだろ?」


「でもいい景色じゃん! 私だってきれいな景色見たいよ!」


「こっちは王女さまを見失って大変だってのに……」


「……ねぇ、エリオ。偽物はどこですり替わったんだろう?」


「そりゃあ治療院に行ったとき……そうか!」


「うん、きっとすり替わった所に王女さまが──」


 エリオが再び食い入るように遠景を眺める。


「いたぞ! かなり遠いけど、ミーシャの魔法も使えばギリギリ届きそうだ!」


「え? 至近距離から撃つのはやめたの?」


「予定変更だ。こないだ魔法で障壁張った女が偽物の方にくっついてんだ。本物は治療院で安心しきってる筈だから、今がチャンスなんだ。今度は魔法全開でいいぞ!!」


「分かった! 全力で風魔法を……っとその前に、もう魔力は隠さなくていいんだよね? なら……これでよし! 念のため矢じりに魔封じの術式を付与したから、簡単な魔法障壁なら突き破れるよ!」


「サンキュー、ミーシャ。……やっぱ俺達は最高のコンビだよな」


「……そうだね。また、来世でも……」


「……撃つぞ」


 エリオがそう言うと同時に、彼の手を離れた矢は、風魔法の力を受けてみるみるうちに空気の渦を生み出し、突風を残して飛び去る。


「まずはニセ王女に挨拶だ!」


 矢はニセ王女──ハルナ達の頭上すれすれを通り抜け、再び高度を上げながら治療院へと向きを変える。


「さぁ、ここから治療院へまっしぐらだ! 今度こそ仕留めるぞ!!」


「ね、ねぇ……エリオ……」


 興奮するエリオの傍らで、ミーシャが震え声を出していた。


「ん? どうしたんだ? ……っ!」


 エリオがミーシャの方を振り向き、はじめて景色が傾いていることに気が付く。


「ひゃあぁぁぁあ! 発射の衝撃にマストが……耐えられな──」


 風に揺れてマストの軋む音が次第に大きくなり、耐えられなくなったマストが中央付近から拉げて折れる。


「「わあぁぁぁぁぁ!!」」


 マストは見張り台に二人を乗せたまま、轟音とともに甲板を突き破ったのであった。



********************


 一方、グレイン達は、港でそんな事があったとは知る由もなく、ただ頭上を通り過ぎて治療院に向かう矢を追いかけていた。


「ダメだ……もう……追いつけな──ゲホッ、ゴホッ」


 走り疲れたグレインはその場に蹲る。


「これは……大変ねぇ。いくら障壁を張っても貫かれるわぁ」


 ミュルサリーナは三度目の魔法障壁を矢の前方に展開するも、一瞬で貫かれ、矢の軌道を変えることすらままならなかったのである。


「あーあ、もう無理ねぇ。完全に見えなくなっちゃったわぁ……。あとは……治療院に残した人たちを信じるしか無いわねぇ」


「今回の囮が、完全に見破られてたってことなのか……?」


 グレインは拳を地面に叩きつける。


「あ、あの……グレインさま……。私のティアちゃんの物真似が似てなかったのが原因でしょうか」


「「えっ」」


「どこか真似してたのか? 全く気が付かなかったぞ」


「えっ……えぇぇぇぇ!? せっかく頑張ったのに……ふえぇ……」


「た、例えばどんな真似してたんだ?」


「歩くときの爪先の角度とか、手を振る速度とか、あとは首の角度に膝を曲げるタイミング、それに……」


「あ、あ〜……。なるほどね」


「ハルナちゃぁん、この人『そんなの絶対分かる訳ねぇだろ』って顔してるわよぉ」


 ミュルサリーナがハルナに擦り寄り、グレインを指差して言う。


「グレインさま……ひ、ひどいですぅ」


 和気あいあいと談笑する三人を、見た目最年少の少女が冷ややかな目で見つめている。


「みなさま……矢を追わなくてもいいんですの? 治療院に着いたら全員脳味噌ぶちまけてるかも知れませんわよ?」


「セシルさん表現が怖い」


「こんな時でものんびりと談笑しているみなさまに、多少なりとも怒りを感じているだけですわ」


「セシル、いいか? あの矢にはどう考えても人間の足じゃ追いつけない。それにあの勢いだ、炸裂したら即死だろう。つまり、俺達がいくら急いで到着しても既に全てが終わった後だろうさ。って事は、追うだけ無駄ってことだよ」


「グレインさんは、それでいいのですか!? 大切な仲間を──」


「いい訳ないだろう!!」


 グレインが怒気をはらんだ声でセシルの問いに答える。


「今は、あいつらを信じる事しかできないんだよ! 俺達じゃもうどうにもできないんだ! ならばせめて……」


「そうねぇ。治療院の方に手を出せないのなら、私達は私達で、できる事をやるべきよぉ」


「わたくし達に……できる事……ですの?」


「えぇ。今回も気配は感じなかったんだけど、矢の飛んできた方角から、港で間違いなさそうねぇ」


「それってつまり……」


 セシルがそう言うと、三人は頷く。


「あぁ、狙撃手を捕まえに行くぞ」


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