第201話 爽やかな朝食に相応しくない話題
それはセシルとミュルサリーナが浴場で語り合った翌朝、宿の食堂でグレイン達が一堂に会する席での出来事であった。
「……え? 悪い、俺の耳が遠くなったのか、もう一度言ってもらっていいか?」
そう言ったグレインを筆頭に、ほとんどの者は呆気にとられている。
「ですから、わたくしはミュルサリーナのパーティ参加に賛成いたしますわ! いいえ、うちのパーティに加入する魔女はミュルサリーナしか考えられませんわ!」
「魔女が入る前提にするなよ! ……それにしても、あれだけ反対していたのに、一体どういう風の吹き回しなんだ?」
「そ、それは……色々とあったのですわ」
「そうよぉ。乙女の秘密を詮索するものじゃないわよぉ?」
「「ねー」」
向かい合って笑顔で頷きあう二人。
「……ちょ、ちょっと落ち着こうか。……すみませーん、冷たいお水下さい、人数分!」
手を挙げてグレインが声を上げると、女性店員がせっせと各自の前に水を運んでくる。
「この宿の裏手の小川の水です。魔法で浄化、冷却しておりますので美味しく召し上がれますよ」
若い女性店員が爽やかにそう告げて、ぱたぱたと別のテーブルへ小走りで去っていく。
グレイン達は一気にそれを飲み干し、深呼吸してから冷静にセシル達を見る。
隣合わせで座っているミュルサリーナとセシルだが、他の人よりも二人の距離が極端に近いことに気が付く。
「随分近いわね……なんか……まさかとは思うけど……二人は……れ、恋愛関係……じゃないわよねっ!?」
ナタリアは顔を真っ赤にしながら問い質す。
「うふふっ……もしもそうだとしたら、まずいのかしらぁ?」
「ちょっ、何をおっしゃいますの! ミュルサリーナとわたくしはそういう関係ではございませんわ! もっと健全な……えーと……友達ですわ!」
ニヤニヤとした笑みを浮かべるミュルサリーナの隣で、セシルがやはり顔を真っ赤に染め上げて否定する。
「はぁ……。いずれにしろ、女子だけでべたべたひっついて、あの変態が見たら喜びそうな絵面よねぇ……」
溜息交じりにナタリアがそう呟いたところで、セシルが周囲を見回す。
「あれ、そういえばトーラスさまはどうされたのですか?」
「あ……あんたもトーラスが変態だって認識はあるのね。それを聞いてちょっと安心したわ。『恋は盲目』ってよく言うしね」
そうセシルを誂うナタリア。
「トーラスか……あいつ昨夜から腹が痛いってずっとトイレに籠りっきりなんだよ。夜通しトイレに籠もってたせいで、わざわざ外に出て裏の川まで行く羽目になったんだぞ? なんか食あたりだって本人は言ってるけど、迷惑な話だよ」
セシルとミュルサリーナは目を見合わせて笑う。
「ねぇ? やっぱりトーラスさんだったでしょう? ほんと、懲りてないんだからぁ」
「トーラスさま……。戻ってきたらお仕置きが必要ですわね」
「でもでも、セシルちゃんとしては、他の人じゃなかっただけ良かったんじゃないのぉ?」
そうしてまたお互いの顔を見て笑う二人。
そこには昨日まで漂っていた刺々しい空気は微塵も感じられない。
理由がわからず首を傾げるグレインの背筋に悪寒が走る。
それは、自分のすぐ隣から凄まじい殺気を感じた為であった。
「……ねぇグレイン……ちょっと話があるんだけど……」
グレインの隣の席には、溢れ出す怒りの感情を抑えきれないといった様子のナタリアの姿があった。
それは今にも地鳴りが聴こえてきそうなほどの迫力である。
「……えぇぇ!? ナタリア、なんでいきなりそんな怒ってんだ!?」
「簡単な話だわ……。あんた、あの変態がトイレに籠もってて迷惑してたって言ったわよね?」
「あぁ、言ったぞ」
「それで、どうしたって言ったっけ?」
「あ、あぁ……トイレが使えないから、わざわざ裏の川まで行かなきゃならなかったんだ。それがどうし──」
「じゃあ、これは何だった?」
ナタリアが目の前のコップを指差したところで、グレインは血の気が引くのを感じた。
「あ……裏の、川の、水……です」
ナタリアの言わんとしていることに気がついた一同は、次々と咳き込む。
「げほごほっ! ……なんてもの飲ませてくれたのよ! 動物だって、トイレを教えればある程度決まった場所でするわよ! 何!? あんた動物以下なの!?」
ナタリアは椅子から立ち上がり、グレインに詰め寄る。
「この水は魔法で浄化してるって言ってただろうが! 問題ないだろ!」
「浄化すれば良いってもんじゃないのよ!」
「そんなの俺のじゃなくたって、上流でもっと色々混ざってるだろうが! そんなに文句言うんだったら雨の日に口開けて歩いてろよ! 混ざり物無しの天然水が飲めるぞ!?」
「「ぐぬぬぬぬ……」」
グレインも負けじとナタリアに言い返す。
「ナタリアさん、グレイン、どうしたのさ? そんな大声出しちゃって……みんな見てるよ?」
そんな二人の間に割り込むように声を掛けてきたのはトーラスであった。
「お前、もう大丈夫なのか? 少しやつれたようにも見えるけど……」
「寝不足っていうのもあるのかも知れない……ずっとトイレにいて全然眠れなかったからね。それにしても、ナタリアさんの怒声、宿屋の外まで聞こえてたよ? で、今度は何やったの? また痴話喧嘩かな?」
そう言って笑うトーラスであったが、その笑顔には明らかに疲労が浮き出ていた。
「だってこいつがあたし達に変なものを飲ませたのよ……お腹壊したら責任取りなさいよ!」
「そんなもんで壊すわけないだろうが! ……トーラス、お前の食あたりの方はもう落ち着いたのか?」
「あ、あぁ、それがね、世紀の大発明をしちゃってさ! ……まぁ、お腹はまだ治らないんだけど」
「うふふっ……そうでしょうねぇ……。あの呪いの強度なら、そのお腹、三日は止まらないはずよぉ?」
「そこで僕の発明なんだよ! いいかい? 僕は転移魔法が使えるんだ。それで、この宿の裏にちょうどいい小川を見つけてね。僕のお尻とその小川を転移魔法で接続──」
「トーラス! もういい! 何も喋るな! お前は凄いものを発明した! それで良いだろ!?」
グレインが必死にトーラスの首を絞め、声が出せないようにするが、時既に遅しであった。
彼の隣には、全身を怒りに震わせたナタリアが鬼の形相で立っていた。
「フー! フゥゥゥー! キシャァァァァ!!」
もはや人間のものではない叫び声でトーラスに掴みかかるナタリアと、それを必死で抑えるグレイン、ただただ怯えて腰を抜かして床にへたり込むトーラスという三者三様の構図が出来上がったところで厨房から宿屋の主人が顔を出す。
「なぁ、あんた達……。ここ食堂なんだよ……。わかる? これ以上、爽やかな朝食に相応しくない話題を続けるならお部屋の方で頼みますよ」
真っ赤な顔で俯いて、すごすごと部屋に戻るグレイン達なのであった。
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