第187話 鮫

「バルちゃん! ヴェロニカが!!」


 アウロラは冒険者ギルドの入口を魔法で破り、勢い良くギルドの中に駆け込む。


「な、何だこりゃぁ……何があったんだ!」


 バルバロスも全身が紫色に変色したヴェロニカを見て、驚きを隠せない。


「門のところでウチが狙撃されて、ヴェロニカがウチを庇って、ヒールも効かなくて、きっと何かの状態異常で、どうすればいいか……」


「こうなったら治療院に行ってみるしかねぇ! ここまで連れてきてくれてありがとな。ここでバトンタッチだ!」


 言うが早いか、バルバロスはヴェロニカを抱えてギルドを飛び出していく。

 少し息を整えてから、アウロラも治療院へと向かう。

 既にバルバロスの姿は見えないが、それでもアウロラは駆け出す。


『ここが治療院っス。主に病気よりも怪我人の治療ばっかやってるところっス。漁師は身体が資本っスから、基本的に病気しないっス!』


 ヴェロニカが眩しいほどの笑顔で紹介してくれた、治療院の場所は覚えている。


 そうしてバルバロスから若干遅れて治療院に駆け込んだアウロラが目にしたものは、人気のない待合室で大理石の床に蹲り、泣き崩れるバルバロスの姿だった。


「バル……ちゃん……? あの……あ……」


 バルバロスを見て概ね何が起こったのかを悟ったアウロラは、それを言葉に出す事に恐怖を感じ、うまく言葉を紡げない。


「先ほどの急患の方のご家族ですか」


 そんなアウロラに、一人の男が話し掛ける。

 彼は筋骨隆々のスキンヘッドという厳つい外見とは裏腹に、非常に丁寧な言葉遣いで話し掛けてくる。


「……えと……友人……です」


 アウロラは自分とヴェロニカの関係性を表す言葉を探すが、僅か一週間前に会ったばかりの人物なので、友人と答えた。

 しかし内心では、明らかに友人の枠を超えており、それは親友でも恋愛関係でもなく、強いて言えば家族──妹のような印象を抱いていた。

 何故自分が彼女にそこまでの感情を抱くのか、それはいつまでも分からないままだった。


「バルバロスさん、それと、ご友人の方も患者さんに接触されたのでしたらこちらへいらしてください。簡単な検査をしますので」


「検査? 何の検査だ?」


「呪いです。先ほどの患者さんには『破滅の呪い』が掛けられていました。近くにいたあなた方にも掛けられている可能性がありますので」


「ヴェロニカは! ヴェロニカはどうなったの!」


 アウロラの問い掛けに、スキンヘッドの男はただ俯いて首を左右に振る。


「残念ですが……。手の施しようがありませんでした……。そして、あの呪いは危険なため、ご遺体にも対面させることはできません。そのまま埋葬するのも危険ですので、こちらで聖職者とともに呪いを浄化しながらご遺体を焼かせていただいた後に、ご遺灰の一部だけをバルバロスさんにお渡しする事になります」


「そん……な…………あぁぁぁあ!!」


********************


 アウロラはここで話を区切り、大きな溜息を吐く。


「……検査を受けたけど、結局ウチもバルちゃんも呪いにかかってなかったんだ……。その後、返してもらったヴェロニカの遺灰を、バルちゃんとここに埋葬してから、ウチはサランに帰ったの……。それが、一年ぐらい前の話」


 そこまで話して、アウロラは墓石を撫でる。


「お前の本性を知ってる俺達からすると、今の話に出てくるアウロラが本当に同一人物なのか疑わしいんだが」


「確かにグレインの言う通り、アウロラさんなら馴れ馴れしく寄ってくる人はすぐに首を落として、自分が狙撃されても魔法で簡単に迎撃できそうだよね」


「グレインさまもトーラスさんも、こんな悲しい話をしている時に茶化すものではありませんっ」


 二人の青年は揃ってハルナに窘められる。


「ウチは一応、ギルドの勤務時間中はギルドマスター、アウロラとして生きてるのー。公私混同はしない主義だからねー」


「この世の悪を背負って立つような奴が公私混同とか言うな──あだだっ」


「グレインさまっ」


 ハルナがグレインの脇腹を抓っている。


「ただ……あの棘? 矢? ……は風魔法で気配や音を消すように細工がしてあったの。だから気付けなかったんだけど……もしかしたらヴェロニカは犯人が矢を射るところを見たのかも知れない」


「そもそも、お前が命を狙われる覚えはあるのか? そして……犯人は『どっちのお前』を殺そうとしてたんだ?」


「……それが何一つ分からないの……。結局衛兵も犯人を見つけられないままだし。ただ、表の顔も裏の顔も、何処かで恨みを買ってる事はあると思う」


 アウロラはそう言って左右に頭を振る。

 その場に沈黙が訪れそうになったところで、バルバロスが口を開く。


「話の途中で悪いな、嬢ちゃん。あの時治療院で会った男を覚えてるか? あいつが──」


 そこまで言いかけたところで、ギルド裏口のドアが開く。


「マスター、戻ってきましたぜ。……で、用事ってのはなんです?」


「おう、来たな『鮫』。嬢ちゃんも思い出したか? あの時に治療院で働いてた男が、今のサブマスター、タタールなんだ」


 グレインはアウロラの方を見ると、彼女は静かに頷く。


「よし、じゃあ本来の要件だ。単刀直入に聞くぞ。お前……『鮫殺し』とか言ってる割に漁師じゃなかったのか」


「グレインさま! 事前に聞いてた内容と質問が違いますぅ!」


 そう言って、ハルナがグレインの頭をはたく。


「……っいってぇ! ハルナお前、どんどんナタリアに影響されてないか?」


「ふむ……。俺は元々治療院の受付事務で働いてたんだが、前任のサブマスターが命を落とす不幸な事故があってな。失意のマスターに助力を申し出たという訳だ。『鮫殺し』の二つ名は……見た目からマスターにつけてもらった」


「鮫肌さん、冷静沈着ですね……」


「鮫肌じゃない! 『鮫殺し』だ!」


 すらすらと答えるタタールに感心するハルナであったが、やはり二つ名にはこだわりがあるのか、突然ヒートアップするタタール。


「あ、冷静って言ったの撤回ですぅ……。まとめると、ここのギルドの幹部は人殺しと鮫殺しの殺し屋コンビなんですね」


「「人聞きが悪いだろうが!!」」


「そもそも俺は人殺しじゃ──」


「なるほど、二つ名は見た目で決めてんのか。……じゃあ本題だ。聞かせてもらおうか、タタール。お前、闇ギルドとどういう関係だ? お前が盗聴を依頼した魔女、ミュルサリーナが全て喋ってくれたからな。惚けても無駄だぞ」


 弁明の言をグレインにぶった切られ、悲しそうな表情を見せるバルバロスであった。

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