第185話 再びここに
「再びここに来るとは思わなかったな……」
グレインはそう言いながらバナンザ冒険者ギルドの建物を見上げる。
「せめて性格だけは優しい人だといいんですが……」
不安そうな声でハルナが呟く。
「僕もハルナさんも、二つ名と見た目が怖い人だって話しか聞いてないから、余計に恐ろしいよ……。この中で面識があるのはグレインだけなんだから、頼んだよ?」
トーラスもハルナにつられたのか表情が暗い。
「あ、ウチはギルマスのよしみで面識あるよー」
「……それならアウロラさんとグレインの二人だけで来ればよかったのに……。僕とハルナさんが何でここにいるのさ! そもそも僕はある意味被害者なんだよ!? 勝手に恥ずかしい会話を盗聴されて、妹には何度も殺されて、挙句の果てにグレインがアウロラさんを殺したように見せたのも全部芝居だったって言うんだから……もう最悪だよ!」
「お前、見事に引っかかったよな。まさか自分が死んでる間に三日も時間が経ってるとは思わなかっただろ?」
グレインはそう言いながら思い出し笑いをする。
「あのさぁ、僕を騙すためだけにアウロラさんを殺したんでしょ!? ちょっとやりすぎというか、酷くない?」
「その件については本人たっての希望だったんだ、仕方ないだろ?」
「そうそう。ウチがね、『死んでみたいー』って言ったの。そしたらちゃんとウチが死ぬ前提のシナリオを作ってくれたんだよー」
そう言ってアウロラが右手で自分の首を斬る仕草を見せる。
「たしかにアウロラさん、蘇生された時に『あー、よく死んだ!』って起き上がりましたよね。あの時の爽やかなアウロラさんの顔と言ったら……ふふっ」
耐え切れずに吹き出すハルナ。
「血塗れの服まで用意して、手が込みすぎだよ! あの血は本物だったし、ナタリアさんの服だってそんなに安いものじゃなさそうだったよ?」
「あの服はサブリナの所為と言うか、自分達の所為と言うか……。血だって自分の鼻血だしな。……あー、そういえばあの後ナタリアに服を弁償しろって散々詰め寄られたんだよな……。アウロラ、魔法であの服を洗浄してくれないか?」
「いいけどその分お代はもらうよー? ……洋服代の方が安かったりしてね……」
「お前やっぱり性格悪いな……」
「ずる賢いと言いたまえー」
何故かドヤ顔をキメるアウロラ。
「まぁ、服の事はあとで考えるか……。とりあえず、現場が普通の街道だったから準備がもの凄く大変だったんだぞ!? チンタラしてると衛兵を呼ばれて騒ぎになるからな。ギリギリまで茂みの中にアウロラの死体を隠しておいて、リリーにお前を蘇生してもらってる間に、お前の目の前にアウロラの身体を運んで、ナイフを握って待ってたんだぞ? 俺達が慌ただしく準備してる中、のんびり死んでるなんていい身分だな、まったく」
「いや、のんびりって言うか僕死んでるんだよ! いい身分どころか一番酷い扱いだよ!」
トーラスが、グレインに抗議したと同時に、アウロラが手をぽんと打って言った。
「あー……そういえば、グレイン。……まさかウチが死んでるのをいいことに、ウチの身体に変な事してないよねー?」
「するか! あとで蘇生するとはいえ、その時は死体なんだぞ?」
「でもグレインさま、アウロラさんの上から降りる時に……思いっきり触ってましたよね……胸を……」
「あれは事故だ……。というかハルナ、お前ってどうでもいい所だけはよく見てるよな」
ハルナの一言により、アウロラの周囲に氷の微粒子が猛烈な渦を巻く。
「……ハルナちゃん、それと……そこのケダモノ。あとでじっくり話を聞くからねー」
笑顔のアウロラを見て全身が震え上がるグレインであった。
「おい! うるせぇぞてめえら! いつまでギルドの前で騒いでいやがんだ!」
ギルドの入り口ドアを蹴破って、見覚えのあるぐしゃぐしゃの赤髪の男が出てくる。
「お、ギルマスじゃないか。ちょうどよかった。あんたにも用があったんだ」
グレインがにこやかに手を振ると、ハルナは目の前の男に指を差して言う。
「あ、あなたがギルドマスター……。人殺しのバルバロスさんですね!!」
その途端、ギルドの内外に居合わせた人々がバルバロスの方を見て口々に色々な事を囁く。
「ついに人まで殺したか」
「いつかやりそうだと思ってたんだよなぁ」
「騎士団はいつ来るんだ?」
「明るみに出ないだけで、これまでも何人殺してきたことか」
バルバロスは額に青筋を浮かべ、全力で歯を食いしばりながら、ハルナに笑顔を見せる。
「お、おい……。俺は人殺しじゃなくて『殺人銛のバルバロス』って呼ばれてるんだ。似てるけど全然意味が違うからな? そこだけは間違わねぇでくれよ……なぁ?」
「ひぃっ」
バルバロスの引きつった笑顔を見て、ハルナが微かに怯える。
「殺人銛ということは、人を銛で突き殺す訳ですよね? やっぱり……人殺しじゃないですかぁっ!」
「違うぅってェんだろうがァァァ!!」
「ひいぃぃぃ! 殺されるぅーーーーー!」
確かにこの状況だけを切り取って見れば、殺人犯と被害者のようである。
この様子に気付いた野次馬たちが、次第に二人の周囲を取り囲む。
「まずいな……本題に入る前に騒ぎになるのは避けたい。トーラス、周りの人を散らせないか?」
「うーん……この世から消してもいいなら半分ぐらい間引くけど?」
「怖いこと言うなよ! 却下だ」
その時、アウロラが周囲に魔力を拡散する。
「『
すると、バルバロスとハルナを取り囲んで見ていた野次馬たちが、首を傾げながら蜘蛛の子を散らすように四方八方へと散開していく。
「これは……認識阻害魔法か?」
「うん、そうだよー。ウチら四人とバルちゃんだけ、一時的に周りの人からは認識されなくしたんだー」
「「バル……ちゃん……?」」
グレインとトーラスが首を傾げると同時に、『バルちゃん』と呼ばれた男がアウロラに駆け寄る。
「お、おおお! その声は、アウロラの嬢ちゃんじゃねぇか! 久しぶりだなぁ!! 元気だったか!?」
「そういうバルちゃんも元気そうだねー。よかったよかった」
アウロラがそう言ってバルバロスの肩を力強く叩く。
グレイン達にもその音は聞こえていたのだが、当のバルバロスは全く気にかけていない様子であった。
「今日はどうしたんでぇ? またギルドの仕事かい?」
「いやー、まぁ似たようなもんだけどねー。……サブマスターはいる?」
「どっちの方だ? 嬢ちゃんの知ってる方か? 知らねぇ方か?」
思いがけない言葉に、グレインが口を挟む。
「なぁ……どういう事だ? サブマスターは『鮫』じゃないのか?」
「今は、な……。あいつは一年前に就任したばっかなんだ。嬢ちゃんが俺と最後に会ったのはそのちょっと前だから、嬢ちゃんが知ってるのは前任者だよ。 で、どっちだ?」
「どっちにも……用があるかなー」
「じゃあ鮫はサブマスターの執務で街中往来してる筈だから、知ってる方からにするか。……こっちだ」
グレイン達はバルバロスに案内されるがまま、バナンザ冒険者ギルドの中を通り抜ける。
「ここだ。着いたぜ、嬢ちゃん」
ギルドの建物を抜けたそこは、ろくに手入れもされていないギルドの裏庭であった。
しかしグレイン達は、その一角に全く雑草が伸びていない場所を見つける。
「これは……墓……?」
そこには小さいながらも綺麗に磨かれた墓石が佇んでいた。
「ヴェロニカ……」
アウロラは短くそう呟き、暫しの間、墓石を見たまま立ち尽くしていたのであった。
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