第163話 お詫びと言ってはなんですが

「まことに申し訳ありませんでした。……ここにいるハルナが幽霊苦手でして、少しからかい過ぎました」


 グレインはそう言って、ハルナの悲鳴を聞いて駆け付けた騎士団員たちに頭を下げる。


「なんだよ……脅かさないでくれよ。俺たちは幽霊船の調査任務でここに来てるんだが、それ以前に騎士団として、国民の安全を守る責務があるんだ。……とりあえず、何事もなくて良かったよ」


「申し訳ありません」


 グレインが再び頭を下げたところで、突如ティアが口を挟む。


「この度は私の共の者が大変失礼を致しました。そのお詫びと言ってはなんですが、私達にも幽霊船の調査をお手伝いさせてはいただけないでしょうか」


「「「「えっ」」」」


 ナタリアやハルナ、頭を下げてたグレインまでもが驚いた表情でティアを見る。

 グレイン達と目が合ったティアは、小さく舌を出してウインクする。


「し、しかし……皆様は他国からの賓客でありますので……」


 騎士団員たちの目が、傍らのハイランドへ向く。


「ティアがそう言うんだったら、良いんじゃないかな。ただし、騎士団員は命を懸けて彼女の身の安全を保証してほしい。全員、幽霊船の中で死ぬ覚悟で頼むぞ!」


 ハイランドの言葉を聞いて、ティアの顔色がみるみる悪くなっていく。


「(これじゃあ……四葉のクローバーの時と……同じ……!)」


 ティアは精一杯の作り笑顔をハイランドに向ける。


「は、ハイランド様……。私……気が変わりました。船の探索は共の者に手伝わせますが、私はここでハイランド様と一緒に騎士団の皆様を待つことにします」


「おぉ……そうですか! では、騎士団はこれまで通り船の探索を続けてくれ!」


「「「「「はっ!」」」」」


 騎士団員はハイランドの号令に従い、続々と幽霊船に戻っていく。


「ティア……俺達も行かなきゃ駄目か? それよりもサブリナを探さないと──」


「(最後に見た腕輪の方角的に、サブリナさんは、どうやらあの船の中にいるようです)」


 ティアがグレインの言葉を遮って耳打ちする。


「(なんだって!?)」


「(どういう事情かは分かりませんが、サブリナさんが……いえ、ひいては『私達が幽霊船の騒動に関わっている』と誤解されると厄介な事になります。目下のところ、この幽霊船は『国民の平穏を脅かす存在』ですので……。騎士団に見つかる前に連れ出していただけますか?)」


「(そうだな……分かった)」


「みんな、ティアの言う通り、俺達も船の探索を手伝おう」


 その言葉に、ハルナは全身を震わせる。


「あ、あの……グレインさま。……ご、ごめんなさい。この船のおどろおどろしい雰囲気……やっぱり何か出そうで……。耐え切れないです」


「あぁ、それなら大丈夫だ。ハルナにはここでティアとナタリアの護衛を頼むよ。……本来なら近衛隊のビルがやらなきゃいけないんだが、あいつ仕事放ったらかしてどこ行ったんだ?」


 グレインの言葉を聞いて、ハルナは胸を撫で下ろす。


「確かに、ビルはどこへ行ったのでしょう……。あとで厳重注意しておきます。ではハルナさん、ナタリアさん、一緒にここでグレインさん達をお待ちしましょう」


「ちょ、ちょっと待って! ……あ、あたしは行くわよ? 幽霊とか平気だし」


 そう宣言したナタリアを見て、ハルナは驚いた様子でナタリアに縋り付く。


「お姉ちゃん! 危ないから行かないで! もし本当に幽霊がいたら……取り憑かれて、操られて、呪われて、発狂して、涙と涎と血を垂らしながら首を振り回して、周りの人を皆殺しにして、振り過ぎた首がもげて死んじゃうよ!」


「そんな幽霊見たことないわよ! ……あんたの幽霊に対するイメージが相当ぶっ壊れてるって事だけは分かったわ。大丈夫よ。こういうところに出るのはね、せいぜい動く骸骨船長とかゾンビとか、そういうアンデッドモンスターって相場が決まってるのよ。もしそういうモンスターが出ても、グレインとセシルが居れば何も問題ないわよ。もしもの時はトーラスの転移魔法で脱出もできるし。ハルナは少し怯え過ぎよ?」


 ハルナの様子に、ナタリアも半ば呆れかえっている。


「別れの挨拶は済んだか? それじゃあ、あの世の渡し船に乗り込むぞ」


「グレインさまっ! 冗談でもそういう縁起の悪いことは言わないで下さい!」


 冗談をハルナに咎められて肩を竦めるグレインを先頭に、一行は幽霊船へと乗り込むのであった。


********************


 一行は幽霊船の中を歩いていく。

 通路には点々と小窓が切ってあるだけなので、外の光がほとんど入らないのだが、すでに騎士団が調査した場所なのか、途中までは魔道具の灯りが設置してある。


「なぁ、ナタリア」


「な、何よ急に!」


「お前、どうして俺にぴったりくっついてるんだ? 歩き辛いぞ」


 ナタリアはグレインの左腕にしがみつくような体勢で通路を歩いていた。


「べ、別に良いじゃないのよ! 足元が薄暗いから、転ばないようにしてるのよ!」


「ほんとはお前も……怖いんじゃないのか?」


「べ、別に怖くなんてないわよ! じゃあ離れるわよ!」


 ナタリアはそう言ってグレインから離れる。


「……お、灯りはここまでみたいだな。ここから先は一層暗くなるから、みんな足元には気をつけような」


 グレインがそう言うと時、小声で『えぇぇ……さらに暗くなるの……』というナタリアの文句が聴こえた気がするが、グレインは知らん振りをする。


「そうだ、幽霊が全然平気なナタリアが先頭を歩いてみるか?」


「ななななな、なんであたしが先頭を行かなきゃならないのよっ! あたしは戦えないんだから、一番後ろからついていくわよ」


「いやいや、そう言ってまたくっついてるじゃないか。歩き辛いんだって」


「え? ……あたしは最後尾にいる……わよ?」


「「「えっ?」」」


 グレインが左腕を見ると、そこには知らない少女がしがみついていた。


「おにーさん、あそぼ?」


「「「「で、出たぁ〜!!」」」」


 トーラス、リリー、ナタリア、セシルはグレインを残して一目散に後退する。


「あっ、おい、ちょっと……薄情者ォー!」


 一人で腰を抜かしてその場にへたり込むグレイン。


「おにーさん、あそぼ?」


 その少女はそんなグレインに再び笑顔で話し掛けるのであった。

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