第159話 こちらにサインを

「捜索を開始してから、もう何日経っておるのか! たかだか女一人探すのに、一体いつまで掛かっとるんだ!」


 サランギルドの応接室で、王宮騎士団の隊長が副隊長達を怒鳴りつけている。

 そこに同席している暫定ギルドマスターのセイモアと秘書見習いのミスティは、その様子を内心ほくそ笑みながら眺めていた。


「それがですね……あちこちでトラブルに巻き込まれておりまして……。未だに街の近辺の捜索も充分に出来ていない状態でして」


 恐る恐る副隊長が言葉を選びながら隊長に話す。


「……どういう事だ!? ここは新人冒険者向けの街だろう? こんな所で手こずっていては王宮騎士団の名折れではないか!」


 既に隊長は怒りで顔をこれ以上ないほど真っ赤にしている。


「その筈なのですが……。迷いの森で隊員たちがバラバラに逸れたり、洞窟では軽い落盤事故が頻発したり、海ではボートに穴が空いていたりと……」


「……一ついいか?」


 静かにそう言うと、隊長はソファーから立ち上がり、二人の副隊長に歩み寄る。


「(そういう時は冒険者を上手く使うんだ。たとえ冒険者に被害が出ても、我々の捜索活動に影響は無いからな)」


 隊長は副隊長二人の耳元でそう囁く。

 その様子をミスティ達は笑顔で見守っていた。


「それでは、捜索を再開せよ!」


 隊長の号令に、副隊長たちは頷き、駆け足で応接室を出て行く。


「ふぅ……まったく……どいつもこいつも役に立たんものだ」


 大きな溜め息をついてソファーに腰を下ろす隊長に、ミスティが紅茶を差し出す。


「お疲れのようですね……。お口に合わないかも知れませんが、どうぞ」


「お、あぁ、済まない。ありがとう」


 そう言って隊長は紅茶を啜り始める。


「それでは本題である、冒険者達の捜索動員費用についてなのですが──」


 セイモアは隊長に資料を渡し、説明を始める。


「──その為、この金額に先ほど説明しました諸経費の三十八万ルピアを加えまして、冒険者ギルドから王宮騎士団への請求金額は……おや? 隊長殿、どうされました?」


 セイモアが長々と説明をしているうちに、隊長の身体がふらふらと揺れ出す。


「ううむ……どうも疲れが溜まっているのか……体の調子が優れないようだ」


「それは大変です! 概ね説明は終わりましたので、費用の説明はここまでとして、こちらにサインをいただけますか? この書類の……はい、こちらです」


「分かった。特におかしな所もなかったしな。金額も一、十、百……ううむ……まあ合っているだろう」


 隊長はセイモアに促されるままに契約書にサインをする。


「ありがとうございます。では、最後に改ざん防止の魔法印を施して……出来ました! 本日の連絡会議はこれにて終了となります」


 セイモアのその言葉を最後に、隊長は意識を手放したのだった。

 ソファーにもたれかかるように眠り転ける隊長を、セイモアが堪え切れない笑顔を浮かべながら揺り起こす。


「隊長殿! せめて宿に戻ってから休まれてはいかがですか? こんな所で寝てしまうと風邪を引きますぞ! 隊長殿!」


 しかし一切の反応を示さず、只々いびきをかくだけの隊長を見て、セイモアとミスティはハイタッチをするのであった。


「ね! ミスティちゃん特製の毒草ミックス紅茶は効き目バッチリだったでしょ〜?」


 得意気に胸を張るミスティ。


「あぁ、流石だな。おかげで計画通り『金額を二桁水増しした』契約書を書かせることに成功したよ。……今の王宮からは幾ら踏んだくっても心が全く痛まないからな。まぁ、この隊長には少し悪い事をしたが」


「幻覚、幻聴、目眩、意識混濁、眠気ぐらいで命に別状は無いから大丈夫だと思うよ〜?」


「よし。騎士団の捜索活動の妨害も上手くいってるようだし、あとは……ナタリアさんが帰って来るまでに」


「「サランギルドを金持ちに!!」」


 ソファーで眠っている隊長のそばで声を合わせる二人であった。



********************


 遠くサランの地でそのようなやりとりがなされていた頃、ローム公国の首都バナンザでは、ヘトヘトになったグレイン達がギルドから解放されたところであった。


「はぁ……やっと終わったな」


「そうね……。皆魔界だ何だと怖がっている癖に、なんでサブリナがあんなに人気あるのよ……。ギルドの冒険者にまで取り囲まれちゃって」


「第一夫人よ、妾と違って誰一人にも見向きもされなかったからといってそう僻むでない。……それにしてもこの街の民はみな魔族に寛容じゃのう。今夜、酒場のパーティーにまで招待されてしもうたわ」


「ひっ、僻んでなんかいないわよ! ……あたしは宿の夕飯食べるから、パーティーはグレインと一緒に行ったらどう? せっかく楽しみにしてた海の幸なんだから!」


「残念ながら招待されたのは妾だけなのじゃ。まぁ、適当に切り上げて帰るから一人でも問題なかろうて」


「一応見知らぬ土地なんだ。くれぐれも気を付けてな」


「分かったのじゃ。それじゃ、妾は直接酒場へ向かうからの」


 そう言って一人酒場へと向かうサブリナの背中を、グレインとナタリアは見送ったのであった。

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