第136話 仇を討つのです!

「まあ良いや、ナタリアが言いたくないんだったら、ジョブの話はまた今度にするか。とりあえず、ハルナは良かったな。これで数百万はする魔法剣を買う必要が無くなった」


「で、でも……その代わりに数億ルピアするっていう魔法真剣を使う事になるのよ!? ほんとに大丈夫なの?」


 あっけらかんと笑顔で言うグレインと、不安そうな表情を浮かべるナタリアが、魔法真剣を嬉しそうに眺めるハルナを見ている。


「魔法剣で一番不安なのは、刀身が折れてしまうことなんです。魔導鉄を練り込んだ刀身が一番高価で、一番壊れやすいので心配なんですっ! でもこの剣はその刀身がないので、すすすすす数億のかかかか価値があってもききききききにしないですっ」


「「「絶対気にしてる」」」


「トーラスもさ、『これはゴミですね』とか言ってくれりゃいいのに、余計なことを言うからみんな気軽に使えなくなるじゃないか」


『おい……』


「そうよ! あたしだってこれがただの屑鉄だって言うなら、あんなに狼狽えることは無かったわ」


『なぁ……』


「いやぁ……。僕も商売人の端くれだ。鑑定は真剣にやるさ。さすがにどんなガラクタに見えたとしても、ちゃんと鑑定すれば価値がある物だったりするからね」


『てめえら!』


 ハルナの傍でがやがやと騒ぎ立てる三人に、大声で怒鳴りつけたのはレンだった。


「うちの家宝に向かって……よくも屑だとかゴミだとか散々な事を言ってくれたなぁ! 死刑になる前にてめえら全員の首を刎ねてやる! そこに並べぇっ!!」


 凄い剣幕で三人に迫るレンの前に、ハルナが立つ。


「お父さん、やめて」


「どけ、ハルナ! こいつらはここで殺して──」


 そこでレンの言葉が止まる。

 見れば、彼の鼻先にはハルナの手元から伸びた白銀の刃が突き付けられていた。


「お父さんがこの剣を使えない理由が……治癒剣術の奥義を使えない理由が分かったよ」


「な……。なん……だと……?」


「お父さん、怒ると周りが見えなくなるでしょ? 剣気も暴発させて、周りの物を吹き飛ばしちゃうし。癒やしの刃に必要なのは、『たとえ何があっても心を乱さない』ことなんでしょ? お父さんにはそれが間違いなく、致命的なほど、決定的に足りてないよ」


「そ……そうだったのか……。全く気が付かなかった……」


「「「いや、何となく想像つくだろ」」」


 一生懸命にレンを諭すハルナと、地面に両手をついて項垂れるレンを、グレイン達は冷ややかな目で見ていた。


「あれ、そういえばティアはどうした?」


 グレインは、さっきまで一緒にいた筈のティアの姿がない事に気付く。


「ここに居なかったら、ギルドか牢小屋じゃない?」


 ちょうどナタリアがそう言った時、小屋の中から悲鳴が聞こえる。


「小屋だ!」


 グレイン達は練習場から小屋に向けて走り出す。


「あの声は……ティアじゃないな」


「たぶん……ミレーヌ」


 ナタリアはそう言いながら走っている。

 グレインとナタリアが小屋に入ると、剣を持ったティアをトーラスが抑え込んでいた。


「ん? トーラス、お前さっきまで外にいなかったか?」


「ああ、転移魔法だよ。走るより楽だからね」


「お前……いつか運動不足がたたって寝たきりになるぞ……?」


 グレインが呆れながらそう言って、入り口付近の檻に入っているミレーヌの前に歩み寄る。


「何があったんだ?」


「その娘が、いきなり剣を抜いてアウロラ様に襲い掛かったんです……」


「うぐっ……父さんと……っく……母さんの……仇を討つのです!」


 そう言ったティアは、トーラスによって地面に押し付けられた状態で、顔中ぐしゃぐしゃになるほど号泣している。

 それに対してアウロラは、無抵抗である事を示すように両手を広げ、目を閉じて檻の近くに立っている。


「なぁティア、国王を殺したのはアウロラじゃないし、闇ギルドの者でもないぞ? ここで怒りに任せて人違いでアウロラを殺すと、きっとお前は一生後悔することになる」


「どういう……意味ですか? アドニアスが闇ギルドの犯行だと言っていたではないですか」


 感情を抑えきれないティアは、怒りに任せてグレインを睨みつける。


「あぁ、言ってたな。犯人の最期の言葉が『闇ギルド万歳! アウロラ様に栄光あれ!』だっけ? ……なあアウロラ、お前が闇ギルドの総裁、あるいは関係者だと知っている人間は何人ぐらいだ?」


 あっ、とアウロラは小さく声を上げる。


「闇ギルドの中でウチの正体を知ってたのは……レンさんとじいやぐらいだね……」


「だよな。今まで会った闇ギルド関係者はみんな、『ギリアム様』って呼んでたし、性別すら分からないって話だったんだ。……じゃあなんで国王殺しの犯人はお前のことを知っていたんだ?」


「まさか……レンさんかじいやのどっちかが裏切って……」


「やほほーい! みんな、ただいま! ようやく長いお務めから解放されたよ〜! そして大ニュース! まだ一般には知らされてないけど、国王陛下が暗殺されたんだよ!」


 小屋にハイテンションで飛び込んできたのはミスティであった。


「「「情報遅い」」」


「ミスティ……お前……今まで何してた……?」


 グレインがミスティの方へ振り向くと同時に、彼の表情は怒りの形相に変化する。


「グレインも久しぶ──ひっ……!」


 彼の表情に気付き、慌てて言葉を引っ込めるミスティ。


「俺は……お前とリッツに、アウロラとナタリアの警護を頼んだよな……?」


「グレイン、怒らないであげてくれる? ミスティは、ウチが王都で襲われて命が危ないって連絡を受けて飛んできてくれたんだよ。……嘘の情報だったけどねー」


 檻の中から必死にミスティを弁護するアウロラに、ミスティも気が付く。


「……えぇぇぇぇぇっ!! なんでギルマスが檻の中にいるの!?」


 えへへ……と檻の中で舌を出して笑みを浮かべるアウロラ。


「ミスティも、リッツとどっちか片方だけが行けば良かったじゃないか」


「鏡面魔法で生み出した分身って、本体とあまり離れると分身の方が鏡の世界に戻っちゃうんだよね……。それに、あの知らせを聞いた日は調子が悪くて、リッツさんを顕現することができなかったの」


 グレインは、はっと気付いて振り返り、アウロラを見ると、彼女は再び舌をぺろりと出して言った。


「見つからないように、物陰から魔法で鏡面魔法を封じたの」

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