第050話 満場一致

「トーラスが……『ジョブ無し』だって……?」


 一同が唖然とする中、グレインが呟く。


「でも、トーラスは闇魔術師の一族だったんじゃないのか?」


 トーラスは笑って言う。


「ふふっ……闇魔術が使えれば、誰だって闇魔術師さ。以前、ソルダム一族は代々闇魔術師の家系……そう言ったよね。でも、別に魔法使い向けのジョブばかりが生まれてきた訳じゃない。中には戦士だって、ヒーラーだって居たんだ。みんな自分なりに努力して、闇魔術を継いできたんだ。ジョブはあくまで適正があるってだけで、職業を決められるものじゃない。前にも言ったけど、ジョブなんて『些細な』問題だよ」


「あれは……そういう意味だったのか。まさかトーラスも俺と同じだったとは……。いや、でも違うよな。トーラスは闇魔術を使いこなしているが、俺にはこれと言って取り柄がない」


 グレインは苦笑混じりにそう漏らす。


「あっはっはっは! いやいや、グレイン、まさかそれ本気で言ってるのかい? ヒーラーを強化できるなんて、そんなふざけた能力は聞いたことがないよ。実際、『緑風の漣』にいたヒーラーも、君を追い出して苦労してたんじゃないかな。 ……そのあたりはパーティメンバーに聞いた方が早いか。どうだったのかな、お姉様?」


 いきなり大笑いするトーラスから悪戯気味に話を振られ、一気に周囲の視線が集中したラミアは、やや怯えたように全身を震わせている。


「ヒィィッ! わたしは……トーラス様、いえ、弟様に『お姉様』と呼ばれる資格などありません! ただのゴミです! 殺さないで! どうかお許しを……」


 どうやらラミアは水晶の映像を見て、当時の記憶がフラッシュバックしたようだった。


「ギルドの受付にやってきては、『手続きぐらい早く済ませなさいよ! この愚図!』とか、『わたしをいつまで待たせるの? 出来損ないの受付!』とか言ってた、あのラミアがここまで改心するとは思わなかったわ」


 ナタリアが心なしか晴れ晴れとした顔で、妙に感心している。


「改心というか……わたくしにはただ恐怖で心が壊れているだけに見えますわ。ただ、生前のその暴言はちょっといただけないですわね……」


「「「「彼女まだ生きてます」」」」


「さぁ、ラミアさん、落ち着いて下さいまし! 深呼吸をするといいのですわ。生きていた時の、人間だった頃の長閑な記憶を思い出して」


「「「「生きてるって」」」」



「お姉様、そろそろいいかな? 『緑風の漣』のヒーラーは……確かセフィストという名だったかな。グレインが抜けた後、彼の様子に変化はなかったかい?」


 深呼吸を繰り返し、落ち着いた様子のラミアに再び問い掛けるトーラス。


「はい、変化はありました……。セフィストも最初はいつも通りでした。ただ、何度かヒールを使っていくうちに、明らかな違いが見て取れるようになりました。まず、回復量が目に見えて減っていました。これまでは一度のヒールで全回復したような怪我も、二度、三度掛けしないと回復できなくなりました」


「なるほど、単純に治癒力の強化だね。『まず』ということは、それだけではなかった?」


「はい。弟様の仰る通り、もう一つ、セフィスト自身の疲労も跳ね上がっていたようです。一日に使えるヒールの回数が半減していましたから。本人は『君達のレベルが上がり、基礎体力も上がったせいで、ヒールに使う魔力が数倍に跳ね上がった』と言っていましたが、今考えると、あれは単純にグレイン様の強化が無くなった為だと思われます」


「治癒師本人の負担も減らす、と。その様子だと、消費する体力も魔力も、大幅に軽減されていたみたいだね。さてグレイン、いいかい? 君が抜けたことでセフィストのヒールは、これまで君の強化を受けていた時に比べて倍以上の魔力を消費して、回復量も半減しているとする。そうするとセフィストが、君を追い出す前と同じ回復量を出すためには、単純計算で四倍の負担を強いられることになるんだ。逆に言うと、君がいることでヒーラーの能力は四倍以上に跳ね上がる。こんなふざけた能力があって、それでも『取り柄がない』と言い切れるかな?」


 トーラスに理路整然と説明されたグレインには返す言葉が見当たらない。


「はぁ……分かった。前言撤回するよ。俺は自分じゃろくに戦えないから、役立たずで無力だと思い込んでいたのかも知れない」


「いや、おそらくそれは意図的なものだ。君はそう思い込まされたんだよ……『緑風の漣』でね」


 トーラスはまたもや意味の分からないことを言い出すが、その目は確信の色を帯びていた。


「思い込まされた……? 一体何のために……」


 グレインは急展開する話に半ばついていけず、混乱気味であった。


「君をパーティから追い出すためだろうね。あのパーティのリーダー……リーナスはそういう男らしい。例えば自分が一番でなければならない、自分が女性陣全員から想いを寄せられていなければならない、自分がいないと成り立たないパーティでなければならない。それにはグレイン、君が邪魔だったんだよ。彼が君を追い出すに至った理由としてはそんなところじゃないかな」


「フン、やはりあいつはその程度の男だったか」


 これまで沈黙を貫いてきたダラスが口を開く。


「トーラスの予想は概ね当たっていると思うぞ。そして、ラミアも少なからずその思想の影響を受けていた。『無職の人間なんて死んだ方がマシだ』とな」


「確かにそんなこと言ってたな……。でもあれは、俺がジョブを授かる前から言ってた事だぞ?」


 グレインの頭の中では疑問がどんどん膨らんでいくが、その全てに回答が示され、グレインは却って困惑する。


「ジョブは生まれつき授かっているものだ。つまり、教会で洗礼を受ける前だって、鑑定士が見ればジョブは分かるんだ。洗礼よりかなり前から、リーナスはお前の、いや、全員のジョブを密かに鑑定していた可能性はある」


 静かに答えを導き出すダラス。

 確かに全て証拠のない推論ではあるのだが、逆に反論するほどの証拠もなかった。


 グレインは、一旦全ての議論を飲み込むことにする。


「とりあえず、逃げた奴らの話は今はいいかな。これからの事を話さないか」


 トーラスは、グレインの目を見て頷く。


「それじゃ、闇ギルド対策組織を、ここサラン冒険者ギルドに設置するとして、リーダーはグレインとすることで異論はないかな?」


「「「「「「異議なーし!!!」」」」」」


 満場一致の議決であった。


「おい!」


 否、一人だけ異議を唱えている者はいたが。


「いやー、すんなり決まってよかったね。僕もこんなにアッサリいくとは思わなかったよ」


 相変わらず涼しい顔のトーラス。


「おい!」


「グレイン様であれば全く問題ありません」


「あぁ、これ以上の適任は居ないだろうな」


 ラミアの意見を全面肯定するダラス。


「おいぃぃ!!」


「良かったわね。早く稼いで借金返してちょうだいね」


 ナタリアまでも、グレインの肩をぽんぽんと叩いている。


「何で俺なんだよ!」


「今の話の流れで分からなかった? リーナスが、パーティリーダーの座を脅かされる存在としてあんたを追い出した。つまり、あんたはリーナス以上にリーダー向きってことじゃない。それにあとのメンバーはみんな、あんたのとこか、リーナスのとこのメンバーだけでしょ?」


「トーラスは……」


「トーラスさんは依頼人じゃない。冒険者でもない人がギルドに立てた組織のリーダーやってどうすんのよ」


「って事は、今までの話の流れは、全部俺にリーダーをやらせるためだったのか……」


 軽く人間不信に陥りそうなグレインであった。


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