第048話 命乞い

「ここは……」


 トーラスの転移魔法でニビリムから脱出したグレイン達は、先日打ち合わせをした洞窟に出現する。


「屋敷には戻らなかったのか?」


 グレインがトーラスに問い掛けると、トーラスは軽く笑って答えた。


「イングレ、君すっかり忘れてるね? 僕の家には、何者か分からないけど闇ギルドの内通者がいるんだよ? ミゴールの奴、最初は事故を装っていたけど、最後は形振り構ってられないと思ったのか、直接的な攻撃手段に出てきたじゃないか。そんな状態で、確実に闇ギルドの回し者がいる場所に飛ぶのは自殺行為だよ」


「そうか……内通者がいれば、そいつが直接命を狙ってくる可能性があるな」


「もしくは屋敷に戻った事を連絡して、大勢で取り囲むとかね。……まぁいずれにせよ、この場所も奴らには割れている筈だから、ただの時間稼ぎさ。ここからもう一度別の場所へ飛んで仕切り直しとしよう。……でも、その前に」


 トーラスは未だ意識を失っているラミアを見る。


「そうだな。ラミアの意思を確認しよう」


 そう言って、グレインはラミアの頬をペチペチと叩く。


「おい、起きろ! もう傷は癒えているはずだぞ? いつまで寝てるんだ」


 すると、傍らにいたダラスがグレインの行動を見るなり喚き立てる。


「ぐっ、イングレ、貴様ァー!」


 突如グレインに殴りかかるダラスだったが、その瞬間、彼の周囲に黒い靄が出現し、彼の身体を締め付ける。


闇の束縛ダーク•バインド……はーい、ダラス、ストップだよ」


 ダラスの動きを完全に封じ、魔力を放出し続けているにも関わらず、トーラスは涼しい顔をしていた。


「なぁダラス、俺が何かしたか? ラミアの頬を叩いたことか? それなら別に危害を加えるつもりじゃないから、大して強くは無いぞ」


「そんな事じゃない! 貴様……ラミアの頬に触れたではないか! さっき肩に抱えたのは緊急事態なので仕方ないとしても、今のは許せんぞ! 俺以外の男がラミアに触れるなど……俺だって……俺だって触りたい!!」


「「「「「えっ?」」」」」


 一同は驚きと困惑の入り混じった、何とも言えない表情になる中、グレインがニヤリと笑みを浮かべる。

 トーラスも力が抜けたようで、ダラスを拘束していた魔法を解く。


「ダラス、いい考えがあるぞ」


 グレインがダラスに近寄る。


「ダラス、お前にラミアを起こしてもらいたい! って言うか意識ないんだから、頬でも何でも触っちまえよ。今のうちだぞ?」


 しょうもない提案をするグレインを見て、ハルナはただひたすらに苦笑し、セシルは額に手を当て、洞窟の天井を仰いでいる。


「よし! よよよよし! わわかった」


 顔を真っ赤にしながら狼狽えるダラスを、楽しそうに見るグレイン。

 そしてダラスの手がラミアに触れようとしたその瞬間。


「う……うぅ……わたしは……。あれ、ダラス? どうしたの?」


「いいいいや、なんでも……ない。おはよう。……怪我は、大丈夫か?」


 慌てて手を引っ込めるダラスを見て、グレインは腹を抱えて笑っている。


「ダラス、わたし……助かったの? それにここは……うわ、あの変な仮面の奴まで一緒に逃げてきたの?」


 ラミアは明らかに嫌悪感を抱いた眼差しでグレインを見る。

 セシルもまた、グレインにジト目を向けて窘める。


「イングレさん、……もう! 性格が悪いですわよ!? 男性が女性を好きになってどこが悪いんですの? ダラスさんは心から、文字通り命懸けでラミアさんの事を愛しているのですわ! それはとても尊く、素晴らしいことではありませんか! 自らの腹を切り裂いてまで、トーラス様とイングレさんに対して、ラミアさんの命乞いをするダラスさんの姿に、わたくしは感動したのです」


「あっははは! さ、さすがセシルだ!」


 グレインの笑いは最高潮に達していた。


「な、なんでまだ笑っているんですの?」


 セシルは頬を膨らませて抗議するが、グレインは親指で二人を差し、セシルの耳元で説明する。


「あの二人を見てみろよ。お互いに意識しちゃって真っ赤になってるじゃないか。あの様子だと、ダラスは自分の気持ちをラミアに伝えてなかったみたいだぞ? セシルが全部ばらしちゃったんだよ」


 セシルは、あまりの驚きに声も出ないようで、ただ口をパクパクさせているだけだった。

 そんなセシルを見て、ダラスが優しい口調で言葉を掛ける。


「セシルさんは気にしなくていいさ。いつかは伝えるつもりだった事だ。まぁ……あの時俺が死んでいたら、伝えることは出来なかったんだがな」


 ダラスの言葉を聞いて、ラミアはますます真っ赤になっている。


「取り込み中のところすまないが、あまり時間はなさそうなんだ。……ラミア姉さん、突然だけど僕達は闇ギルドと戦う事にしたんだ。貴女はどうしますか?」


「闇ギルドって……何人居るかも分からないじゃない。こんな少人数で戦える訳ないし。わたしパス。このまま家の財産を持って、どこか見つからない所に逃げるわ」


 そんなラミアの様子を見ていたグレインが口を開く。


「おーおー、それならさっさとどっか行っちまえ! 屋敷に戻って殺されるか、潜伏先で死ぬか、どっちみち死ぬしか無いけどな!」


 ラミアは顔を顰めながら、再びグレインを見る。


「失礼ね! そもそもあんた誰よ? 気持ち悪い仮面なんか付けて、変態なの?」


「拙者、イングレと申す」


「……キモチワルイ。どっか行って」


「何言ってんだ、どっか行くのはお前だろ?」


 グレインの少し小馬鹿にしたような態度が、ラミアの癪に障ったようだ。


「キィィーッ! あんた殺してやるわ! イングレとか言ったわね? 覚えてなさい?」


「それじゃ、俺達は闇ギルドと戦う算段をつけるからな。戦わない邪魔者はここでバイバイだ。元気で死ねよ。じゃあな」


 グレインはラミアを一瞥すると、犬でも追い払うようにシッシッと手を振っている。


「イングレさま、『元気で死ね』って矛盾してますよっ」


「ねぇイングレ、ここからどこに飛ぼうか」


「おいイングレ、俺はラミアと一緒に居てもいいか?」


 ラミアはぷるぷると怒りに打ち震えていた。


「何なのよ! どいつもこいつも雁首揃えてイングレイングレイングレと! ……ってあれ? イングレイングレ……イン? ……まさか!」


 ラミアはグレインに駆け寄り、着けている青い蝶の仮面を強引に剥ぎ取る。


「ぐ、グレイン! あわわわ……わ、わたしに復讐しに来たのね? お願い、殺さないでェェェ!」


 ラミアは慌てて尻もちをつく。

 さっきまで怒りに震えていたラミアの身体が、今は恐怖で震えている。


「まだ何もしてないだろ? まぁ、俺とトーラス、お前が殺そうとした相手が二人もここにいるってことは、どういうことか分かってるよな? お楽しみは……これからだぞ?」


 わざと大袈裟な動きで腰の剣に手をやり、ニヤリと笑うグレイン。

 それを見て、この先起こるであろうことを想像したのか、ラミアは涙を流し、何事かを喚きながら嘔吐し、失禁もしている。


「グレインさま、お気持ちはお察ししますが……もうこのあたりで良いのではないでしょうか?」


 口を開いたのはハルナだった。


「……まぁ、そうだな。こんな、女どころか人間とも思えない、動物みたいな奴に俺は殺されかけたのか」


「でも、大体人間を襲って殺すのはモンスターですから、人外ですよっ」


「そうか、モンスターだと言うなら、ちゃんと討伐しておかないとな」


 そしてグレインは剣を抜き、ラミアが色々なもので濡れ汚れた修道服を引きずって逃げ惑い、泣き喚く。


「はひー、はっ、わ、る、かったでず! 私が、悪かったです! グレイン、ごめんなざい、ごめんなざい、ごめんなざいぃぃ!」


 グレインは軽蔑するような眼でラミアを見る。


「なぁ、あの『送別会』は誰の提案だったんだ?」


「りー、リーナスでずぅ」


「やっぱりそうか。でもまぁ、その提案に乗った全員が共犯だから、お前の罪の重さは何も変わらないけどな。とりあえず、これでもう俺はお前に用はない」


「やめでぇぇぇっ! ご、ごろさないでぇぇ!!」


「おい、『俺は』用がないだけだぞ? 他にも謝らなきゃいけない奴がいるんじゃないのか?」


 ラミアははっとトーラスの方を見る。


「ごめんなざい、トーラス! もう、財産とか、おかね要らない、要らないから、命だけは! たすげでぐだざい! 駄目な姉で、出来の悪い姉でごめんなざいぃ」


 トーラスは、自分の目の前で跪き、必死に命乞いをする姉の姿を見て、溜息を漏らす。


「あぁグレイン、僕も同感だ。これを見て殺そうとは思わないね。こんなのを殺しても、自分の拳が汚れるだけだ」


「だろ?」


「姉さん、僕達は貴女を殺さないよ。ダラスの命懸けの頼みでもあるからね。でも、僕達は今まで貴女がしてきた事を許したわけじゃないから。それだけは肝に銘じておいて」


 トーラスはそう言うと、掌から闇の靄を出し、ラミアの体を包む。

 少しの後、靄が晴れると、汚れていたラミアの衣服が全て元通り綺麗になっていた。


「闇魔術、本当に素晴らしいですわ……トーラス様も……素敵ですわ……。おっと、変な呟きが入ってしまいますわ。停止っと」


 セシルは、これまでの一連のやり取りを、全てアウロラの水晶玉に記録していたのだった。


「さて、ラミア。一緒に闇ギルドと戦ってくれるな? 俺とトーラスが命懸けで戦おうとしてるんだ。まさか逃げたりなんてしないよな?」


 ラミアは何も答えず、ただただ首を縦に振るのみであった。


「「「「間違いなく脅迫」」」」


「グレインさん、ラミアさんの意思を確認するという話ではなかったのですか?」


「あれ? 見てなかった? すごいやる気で賛成してくれたじゃん」


「ふふ……それじゃあ、転移しようか。場所は……飛んでみてのお楽しみ」


 グレインの言をさらっと流してトーラスがそう言うと、たちまち転移渦が生み出され、皆慣れた様子で渦に飛び込んでいく。


 転移渦を抜けたグレインは、四方を建物で囲われた、見知った空き地に出現する。

 そこは、サランの冒険者ギルド裏庭であった。


「なんか……十日ほど前の話なのに、妙に懐かしいですわ」


 セシルは、かつて自分が収監されていた小屋がそのままの状態で残っているのを見て呟く。


「これは……新品に買い直したんだな」


 グレインが腕を切り落とした木人は、きれいな新品に入れ替えられていた。

 グレイン達が感慨に耽っていると、不意にギルド側から声が掛かる。


「あんた達! 裏から入ってくるなんて非常識よ!?」


 ナタリアは今日もカリカリ怒っていた。


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