第030話 私の愛剣

「いってて……みんな、みんなは、大丈夫か?」


 グレインは見知らぬ森の中に転がっていた。


「私は大丈夫ですが……ひどい有様ですね……」


「あぁ、まさかあんな事になるなんてな……」



********************


「ププルプゥ!」


 グレイン達を乗せた馬車が北門をくぐり抜けた途端、ポップは大きく嘶くと、背中の翼を羽ばたきながら猛然と加速を始める。


「おぉぉ、これが聖獣の本気ってやつか!」


 すでに馬車は通常では有り得ない速度にまで加速しているのだが、グレインは嬉しそうに興奮してはしゃいでいる。

 次の瞬間、この世の物とは思えないほどの速度で走る馬車は車体ごと、宙に浮かんだのだ。


「ひゃぁぁぁ!」


 ハルナは馬車の中で、不意に訪れた浮遊感に悲鳴を上げる。

 しかし依然として上昇を続ける馬車。

 辺りの景色は、全ての物が模型のようにどんどん小さくなっていく。

 雲にも手が届きそうな光景に、グレイン達は感動する……どころではなかった。

 元来、馬車と言う物は空を飛行する目的で作られている訳ではない為、何もしなければ荷物や乗客が零れ落ちるのだ。

 先程まで歓喜していたグレインも一転、ハルナと共に必死で荷物とお互いの身体を車体に繋ぎ止め、セシルは御者台にしがみついていた。

 そんな中、まず最初に限界を迎えたのは幌であった。

 風を受けて大きく拉げていた幌が、車体との接合部からビキビキと大きな音を立てて剥がれていく。


「幌には触るな! 持っていかれるぞ!」


 グレインの叫び声が響く中、ついに幌は車体から外れ、空の上で置き去りにされる。

 次に限界を迎えたのが、何とポップと車体との繋ぎ目であった。

 こちらはグレインが叫ぶ間もなく、バキッと短い音を立てると、あっと言う間にポップと車体が別になる。

 ポップが慌てて後ろを振り返るも時既に遅しで、車体は慣性による高速移動を続けながら、重力に従って落下していく。

 そして馬車にしがみついているグレイン達が見たものは、高速で近付いてくる山肌であった。

 落ちていく車体をポップが上空から追い掛け、車体が山に激突する直前、ポップが魔法を発動する。

 突如、馬車の周囲は風の球体に包まれ、激突の衝撃を和らげる。

 その結果、グレイン達は一命を取り留めた。

 ただし、魔法によって衝撃が完全に無くなったわけではなく、車体は粉々に砕け散ったのだったが。



********************


 辺りには馬車に積んでいた荷物や、車体の部品が散乱している。

 グレインとハルナは車体に乗っていたため、近くに倒れていたのだが、セシルの姿が見当たらない。


「グレインさま、足が折れていますね……いま治療しますっ」


 そう言ってハルナは腰のレイピアに手を伸ばすが、そこに剣は無かった。


「わ、私の愛剣レイピアがない……」


「いや、完全に私物化してるけど、あれギルドからの借り物じゃなかったか?」


「あ、そう言えばそうでしたね。じゃあ良いですかね」


「良くない! 無駄にお金掛かるから探してくれ! ……あっ」


「……ひょっとして、グレインさまも気が付きましたか?」


 二人は目を見合わせて、無言で頷く。


「「ギルドに装備のレンタル料払ってない!」」


「装備はナタリアから借りて、報酬貰うときは眼鏡さんだったからな。こういうのってギルド内で情報共有されてないんだろうか……。この依頼が終わって帰ったら、ナタリアに相談しよう」


「そうですね……レンタルについては一旦忘れましょう。あの剣は私の愛剣、あの剣は私の愛剣……」


「それは『忘れる』とは言わないぞ」


「と、とりあえず治療をしますので強化をお願いします」


 そう言ってハルナは、懐から例の矢を取り出す。


「いっその事、魔導鉄で鍼でも作るか?」


「そうするとますます得体の知れない職業になるじゃないですかぁ! 私はヒーラーで、これは治癒剣術なんですよ!」


 そう言いながら強化されたハルナは、有り得ない方向に曲がったままのグレインの足に矢を突き刺す。

 しかしグレインは不思議な顔をしたままだった。


「グレインさま、どうかされましたか? ……これは矢ですけど、れっきとした剣術なんですからね!」


「痛く……ないんだ」


「はい、折れている足を治療してますから」


「そうじゃなくて、矢を突き刺した時の痛みがなかったんだ!」


「えぇぇぇっ!?」


「これも強化の効果なのかもな」


「……確かに、魔導鉄を使った状態で、強化した治癒剣術を使うのは初めてですからね。これは……お師匠さまの剣術に一歩近付いた気がしますっ!」


「お師匠さまの治癒剣術は痛くないのか?」


「はい、痛みなどは一切感じませんでしたねぇ」


「本来そういうもんなのか……。ハルナのおかげで『治癒剣術は痛い』っていう固定観念が生まれるところだったぞ」


「えぇぇぇ、ひどいですぅ」


 そう言いながらハルナはグレインの足にグサグサと矢を突き立てる。


「ハルナ、痛くはないけど八つ当たりはやめてくれ。目の前で自分の足に次々と矢を刺されるのは、あまり良い気分がしないぞ」


「いえ、これは治療ですので……。……治癒剣術は痛みを伴うものではないのです……決して……痛くない……」


 ハルナは小声でぶつぶつ呟きながら、矢を突き刺すペースを上げていく。


「よ、よし、もう大丈夫そうだ。もういいよ! 立てるようになったよ! ハルナ、ありがとう」


 グレインは若干痛みの残る足でよろよろと立ち上がる。


「まだ治療は終わっていない気がするのですが……」


「いやいやもう結構です! こ、この通りピンピンしてるからさ!」


「そうですか? ……ならいいですけど、無理はしないでくださいね。それでは、まずセシルさんを探さないといけないですね」


「あぁ、彼女も助かってるといいんだが……」


 その時、セシルの声が響き渡った。


「皆さま、お怪我はありませんの!?」


 上空から、ポップの背に乗って傷一つ付いていないセシルがゆっくりと下りてくる。


「「セシルさんの待遇違いすぎ」」

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