第002話 あの頃の記憶

 厳かな雰囲気に包まれた礼拝堂で、グレインは『緑風の漣』の仲間達と談笑していた。


「次の方、リーナスさま」


「お、俺の番だな。俺絶対戦士系ジョブだと思うぞ。魔法苦手だし、身体の感覚で分かるんだよ」


「そんなこと言って、魔法使いだったらリーダー降りなさいよ。代わりに私がやってあげるわ」


 ラミアが歯を見せて笑いながら冗談を飛ばす。

 ラミア達は既に呼ばれてジョブを授かっており、残すはリーナスとグレインだけであった。

 教会の洗礼で『ジョブを授かる』と表現しているが、ジョブは本人の意志とは無関係に生まれつき授かっている才能のようなものであるため、洗礼は単に、教会に仕える『鑑定師』が、その者に宿るジョブを鑑定する儀式なのである。

 戦士であれば生まれつき防御力、攻撃力、体力が成長しやすいとか、ジョブ毎に伸びやすい能力がある程度分かっているため、それに合わせた訓練を積むことで飛躍的に能力を伸ばすことができるのだ。

 そしてジョブは生まれつき備えているものなので、リーナスのように自分のジョブ系統がだいたいどんなものなのか、ある程度予想できている者は少なくなかった。


 リーナスが洗礼を受けている最中、残りのメンバー達は再び談笑していた。


「グレインのジョブは何かしらね?」


「キミは特徴がほとんど無い分、どんなジョブでもこなせそうな気がするよ」


 ラミアとアイシャが期待の眼差しでグレインを見つめている。


「しかし、冒険者に不向きなジョブ、たとえば鑑定師とか鍛冶職人、はたまた無職なんて可能性もありますので、その場合の事も考えておいたほうが良いですよ。グレイン君は特殊能力持ちなので、無職というのはあり得ないとは思いますが」


 礼拝堂の奥の小部屋から、神官の声が僅かに聴こえる中、セフィストが女性陣を宥めるように静かに語る。


「それはそうだけど……無職なんて事あるのかしら?人間、生まれつき何らかのジョブを持っているんでしょう?何にも才能が無いなんて、そんな人間死んだ方がマシなんじゃない?」


「ラミアさん、そんな過激な冗談は大声で言うべきではありませんよ」


 セフィストが眉をしかめながらラミアに注意する。


「おい、リーナスの奴終わったみたいだぞ」


 おぼろげに聴こえる神官の声に耳を傾けていたグレインは、他のメンバーに声を掛けて小部屋の扉に目を向ける。

 パーティメンバーが注目する中、小部屋から出てきたのは、満面の笑みを浮かべたリーナスだった。


「やったぜみんな! 俺のジョブは戦士だった!」


 グレイン達は拍手で祝福するも、何となく予想できていたことだったので驚きはない。


「次の方、グレインさま!」


 『緑風の漣』が騒いでいる礼拝堂に、修道女の声が響き渡る。彼らが五月蝿いので普段より声を張ったようだ。


「お、よっしゃ俺の番だ! すげージョブ引き当てて来るからな!」


「もう持ってるものをただ鑑定してもらうだけよ?くじ引きじゃないんだから」


 そう言いながらも、ラミアの態度からは期待感がありありと見てとれた。

 はっきりと自覚してはいないが、彼女はグレインに淡い恋心を抱いている事は、他のパーティメンバーもそれとなく気が付いていた。


 儀式の小部屋に入ったグレインの前に、神官の老人が立つ。


「汝、齢二十歳を迎え、如何なるジョブに恵まれておるか、これから鑑定を致す」


「はい、よろしくお願いします」


 そして神官の右眼が淡い赤色に輝く。『鑑定』能力を発動したようだ。


「……む? ……お主のジョブが見えん」


「え? あれ?」


「なかなかおらんのじゃが、おそらく……お主はどのジョブにも恵まれておらん。天賦の才能を持って生まれてこなかったのじゃろうて」


 グレインが握り締めた拳にはじっとりと汗が滲み出している。


「本当に、ジョブは見えないのでしょうか?」


「んーむ……どうやらお主はジョブを持っていない代わりに、特殊な能力を持っているようじゃ……。こんなのは儂も初めて見たぞ。ちなみにお主の特殊能力は『女神の守護』とあるな。どうやら味方の治癒能力を底上げする能力のようじゃ」


「神官様、失礼を承知で申し上げるのですが、神官様の鑑定能力で見えていないだけで、私が何らかのジョブを持っている、という可能性はないのでしょうか?」


「儂はこの王国の鑑定師の中で最も年寄りで、経験豊富なんじゃ。これまで儂に見えないジョブは、無職の者だけじゃった。まぁ、特殊能力を持っているのはお主が初めてじゃったがの」


 グレインは身体の中から血の気が引いていくのを感じた。


「わ、わかりました。……ありがとう……ございます」


 グレインは明らかに落胆した様子で小部屋のドアを開ける。

 グレインのところに真っ先にラミアが駆け寄ってくる。


「ねぇグレイン! なんのジョブだったの?」


 グレインは軽く目を瞑り、ゆっくりと首を左右に振る。


「え……どういうこと?」


「俺、無職なんだってさ」


 途端にラミアがグレインを睨みつけて、その頬に平手打ちをする。

 甲高い音が礼拝堂の中に鳴り響いた。



********************


「ぅ……ん? ……」


 グレインは現実に引き戻された。

 ラミアの平手打ちの痛みが全身に広がるような感覚をおぼえたが、それは平手打ちの痛みなどではなく、そのラミアを含む、パーティの仲間達全員から受けた苛烈な暴行による痛みであった。


「はぁ……夢、か……。あー、痛ぇ」


 グレインはベッドに横たわっており、その傍らには青銀髪をポニーテールに纏めた、碧眼の女性が座っていた。

 女性は、グレインが目覚めた事に気が付き、彼の手を握って声を掛けた。


「あっ! 気が付かれましたか!」


「ここは? そしてあなたは……失礼ですがどちら様?」


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