108枚目 「サブスターエンカウント」


「あのねぇ。やっぱり昨日、何かあったでしょう!?」

「あはははは」


 少年は針頭をもさもさと撫でる。視線の先には、先程ちょっかいをかけてきたならず者のが、ふてくされた様子でこちらを眺めていた。


 極端に細い栗毛の髪が、何本も編まれている――ドレッドヘアとでも言おうか――ぱっつんと眉下で揃った前髪を見る限り、地毛はストレートなのだろう。


 空を映したように青い双眸。尖った唇。顰められた眉に褐色の肌――男の子と女の子は。背丈も背格好も大して変わらない。


ふたかしら」


 あまりにも似た顔をしているのでラエルがそう呟いたが、ハーミットは首を振る。


「いいや。彼らは兄妹だと思うよ。服の紋章に心当たりがあるんだ」

「……心当たり?」

「うん。この近くに昔馴染みが住んでてね」

「賊に? 知り合い?」

「うん」


 ふうん、そうなんだ。と頷きそうになって、少女は顔を上げる。


「……賊に?」

「そう、賊に。何なら世話になったかな」


 ……この少年、魔導王国の役人として法外の人間を取り締まる立場の人間だった筈だ。しかし、ラエルらは子どもたちと力量差がありすぎて被害らしい被害を受けていないので、法的に訴える為の物理的な証拠は存在しない。


 それは正しいことだろうか? そもそも賊と昔馴染みの役人って……?

 だが、目下の疑問は年端もいかない彼らがどうして自分たちを襲おうとしたのか、である。


 停めたクラフトにもたれてぶつぶつ言いながら百面相を始めてしまったラエルを置いて、ハーミットは腕ごと胴体を拘束した子どもらの前にしゃがみ込む。


「どうして俺たちを狙ったんだ?」

「この辺で子どもがクラフト乗り回してたら不自然だろうが」

「この辺りで子どもがクラフトなんか乗り回してるからよお」

「うーん、息ピッタリ。そして子どもと言ってくれるな。これでも俺たち、君らよりは歳くってるんだから」


 吐き飛ばされた唾を避けつつ、鼠頭は質問を続けようとする。

 男の子の方が再度唾を飛ばした。ハーミットは無言で避ける。射線上に居たラエルも避ける。


「はぁ? それじゃあおっさんって呼ぶか?」

「へぇ、それじゃあおじさんって呼ぼうか?」

「それも君たちの身の安全が保障できないから辞めなさい」

「それなら鼠って呼ぶ」

「なら、鼠って呼ぶよ」

「いいぞ」

「えっ」

「えっ」

「えぇ……?」


 黒髪の少女までも、百面相と自問自答をやめて振り返って疑問符を浮かべた。


「いいの……!?」

「変な人……!!」

「変人扱い鼠扱い大いに結構。で、俺たちを襲おうとした理由はそれだけかな? あわよくば金をせびろうとか思ってなかった? 物品盗もうとか算段してなかった? うん?」

「ひえ」

「ひえ」

「傍から見ると子どもを縛り上げて脅してる変人よね……」

「そこ、冷静なツッコミを入れないでくれ。素直に怖くなるから」

「……」

「……」


 栗髪ドレッドヘアの子どもたちは顔を見合わせて、盛大な溜め息と共に縄を解く。


 どうやら数分前には縄を抜けていたらしい。ラエルは身構えたが、そのような空気ではないと判断して拳を下ろす。ハーミットも彼らを拘束し続ける意味を感じていないようだった。


 草の上に座っていた尻をぽすぽすと払って、同じ顔をした男の子と女の子はシンメトリーに立ち上がる。女の子は短い弓を、男の子は幅の広いナイフを腰に提げていた。


「……あんた、昨日派手にやり合ってた金髪の奴だな?」

「……あなた、昨日派手にやってた金髪の人でしょう?」


 青い虹彩が四つ、鼠顔の少年へと向けられる。


「不本意ながら本人かどうか確認させてもらったぞ」

「不本意だったけど怪我させちゃ駄目って言われて」

「そもそもあんな目立つクラフトなんか乗ってるから狙われるんだ」

「あんなに分かりやすい標的の目印なんてないから呆れちゃったわ」

「まあ、あいつらに狙われて生きてるんなら手練れだな」

「ま、あいつらを相手して生きてるんだから相当だよね」

「それで」

「それで」

「『腕の調子はどうだい』というのが親方さまの言だ」

「『腕の調子はどうだい』だって。親方さまの言伝ことづてね」


 交互に一息に、必要最低限のことは伝えたからこれ以上無駄な会話はしたくないというオーラを全身から発しつつ頬を膨らませる子どもたち。


 ラエルは「親方さま」という人物を知らないが、ハーミットにはそれで通じた様だ。

 苦笑すると、少年は黒い長袖をまくる。


 簡易的に包帯で止血されているが、そこには傷痕らしきものがあった――鼻に衝く血の匂いはここからだ。ノハナ草の金属臭とは違う、人の血の匂い。


 しかし少年はなんてことないようにその右腕をぶんぶんと振り回し、握っては広げてを繰り返し、呆気にとられる子どもたちにその様子を見せつける。


「――『息災だよ』って、伝えてくれる?」

「……じゃあ、ひとつだけ」

「……なら、ひとつだけね」


 子どもたちは同時に呟くと、それぞれ小瓶を取り出した。魔力補給瓶のような外見だが、内側には青く透明な液体が入っている。それが二本、地面に置かれる。


「ここ最近、第一大陸を根城にしてた賊が移って来てて、質が悪い」

「第一から流れてきた賊が面倒な奴等でこっちもほとほと困ってる」

「荷物や命を奪う夜盗だ」

「商人や旅人を襲う賊よ」

「用心、しろよな」

「忠告はしたから」


 ――その言葉を最後に、子どもたちは音も無く姿をくらませた。

 ラエルは周囲を見回すが、気配はおろか痕跡すら残っていなかった。


 踏みつけられていた筈の長草も、ピンと伸びて風に吹かれている。


「……幻影……!?」

「分身を捕まえても本体は逃げおおせる。『身代わりサブスター』っていう魔術らしいね。分身に実体があると、中々見分けがつかない」


 ハーミットは鼠顔の位置を調整して地面に立てられた二つの小瓶を手に取ると、その一方をラエルに手渡す。少女は得体のしれないそれを受け取って、怪訝な顔をして見せた。


 少年はどうやら拘束した際に彼らが実体ではないと分かっていたらしい。終始落ち着き払っていたのはそのせいだった。


 すっかり煙に巻かれた気分の少女は腕を組み、状況の整理を試みる。


「さっきの子たち、昨夜に襲って来たっていう相手とは別なの?」

「うん、別だよ。……まあ、この辺りで『親方』を名乗るのはあの人ぐらいだろうから問題ないよ。昨日の今日で俺に接触して来た理由も、頷ける。大方、縄張りに入って来た賊たちと対立してるんだろう」

「賊にも派閥があるの?」

「あるみたいだね。というか、その『親方』の一派はそもそも夜盗や追剥をしないことで有名なくらいだし。寧ろ街町とカムメ養殖で商売してるからお金にも困っていないそうだよ」

「……カムメ……」


(さらっとカムメの仕入れ先が判明したわね)


「あと、彼らには浮島の焼肉屋さんにも魔獣の肉を降ろして貰ってるよ」

「それもう賊じゃなくて生産者じゃない?」

「俺も同じように突っ込んだことあるけど、『賊』であることに意味があるんだそうだ」


 腕まくりを元の様に戻して小瓶をポーチに突っ込んだ少年は、少女が手元の瓶をどう処理したものか決めあぐねていることに気づくと、その肩を叩く。


「それは解毒薬だよ。買うとなると、かなり高級な部類のものだ」

「え……そんな凄い物をどうして私たちに?」

「顔なじみへの忠告と、先日の襲撃で俺たちが毒を負ったかもと思ったんじゃないかな。あと『親方』って人が自分で調合できる唯一の合法薬だから売り込みたかったのかもね」


 途中までいい話だったのが風向きを変えたのでラエルは目を線にしつつ、一応何かに使うかもしれないからとポーチへ薬瓶を収納した。


「その考え方は最早生産者の域を超えて商人向きだと思うのだけど」

「商売根性のある『賊』だってば」

「商売根性って言っちゃってるじゃない」

「薬を商売根性で売り込もうとしてる時点で『賊』だよ」

「あぁ、そこは否定できないわね……」

「だろう? まぁ、言い得て妙ではあるけど」

「?」


 クラフトの駆動に魔力を注ぎ直しながら、黒髪の少女は振り返る。

 鼠顔の少年は何もなかったように、ひらひらと手を振って見せた。







 草原を駆けていくグラスクラフト。

 紅蓮のフレームが日の光に反射して、草の海の中を鮮やかに色づける。


 栗髪の子どもたちの襲撃があったとはいえ、その後順調に距離を稼いだ彼らが湖のほとりに辿り着いたのは、夕日が沈み切る少し前のことだった。


 第三大陸南部中央に位置する巨大な湖、シンビオージ。

 サンドクォーツクから目的地であるイシクブールとの間にある中間地点だ。


 街が一つ入るほどに巨大な湖のほとりは、先を行った商人隊キャラバンと旅人たちが作った補給地点――天幕市場テントバザールと化していた。




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