♦♦ 2 ♦♦ 幸せな世界で、ふたりきり


「さぁ、入って」


 それから私は、ハルカと一緒に、丘の上に建つ小さなお菓子の家にやってきた。


 クッキーでできた外壁と、色鮮やかなチョコレートの屋根。だけど、そのカラフルな外観とは裏腹に、中はごくごく普通の家だった。


 別にお菓子でできているわけではなく、あるのは、布製のソファーとか、木製の家具とか。他にもキッチンに、リビングにお風呂。普通の家にありそうな家電もあって、それはお菓子の家と言うだけあって、少しポップな雰囲気のデザインだったけど、センスが良くて、とてもオシャレな部屋だった。


「中は、お菓子じゃないんだ」


「そうだよ。綿菓子でできた布団で寝たりしたら、ベタベタになっちゃうからね」


 家の中には入ると、ハルカが中央に置かれたテーブルの椅子を引いてくれて、私はそこに腰掛けた。


 確かに、ふわふわの綿菓子の上で眠ったら気持ちよさそうだけど、朝起きたらベタベタになってそう。


「アンナ、見て。焼きたてのアップルパイ!」


「!?」


 すると、今来たばかりだと言うのに、ハルカは私の目の前に、美味しそうなアップルパイを差し出してきた。


 まるで手品みたいに、一瞬にして現れたそれを見て、私は目を丸くする。


「え、なんで!? どこから出したの!」


「凄いでしょ。ここでは、思い描いたものが、なんでも現実になるんだよ」


「思い描いたもの?」


「うん。頭の中で『これが欲しい』と願えば、なんだって出てくるんだ。アンナもやってごらん」


「わ、私もできるの!?」


「できるよ。まずは、頭の中で欲しいものの映像とか味をイメージしてみて」


 そう言われて、私は半信半疑ながらも試してみることにした。


(何をイメージしよう。そうだ、アップルパイがあるなら、飲み物もあった方がいいよね?)


 そう思うと、私は祈るように目を閉じて頭の中で飲み物をイメージする。


「アンナ、目を開けて」

「?」


 一瞬だった。目を開ければ、そこにはティーカップに注がれた紅茶が置かれていた。


「うそ、すごい!!」


「すごいのはアンナだよ。みんな最初は上手くイメージできなくて失敗しちゃうんだ」


「そうなの?」


「うん。アンナ才能あるよ。この調子なら、すぐに、こっちの世界に馴染めそうだ」


 ニコニコと笑って褒めてくれるハルカに、私は顔を赤くする。


(どうしよう。嬉しい……っ)


 才能があるなんて言われたのは初めてで、それに、不思議とハルカとは話が弾んだ。


 元々、人と話すのは苦手だったし、初めて話す相手、しかも異性とこんなふうに自然と話せるなんて、自分でもビックリだ。


「アンナ」


 すると、ハルカがまた私を見つめて、声をかけてきた。


「なに?」


「今日から、この家で一緒に暮らそう」


 ハルカが私を見つめて、そう言う。


 この言葉に、驚かない女子がいるだろうか? いや、いない。


「な、なな、何言ってるの!? 一緒に暮らすなんて、そんな」


「なんで? 別に変なことしたりしないよ」


「そ、そういうわけじゃなくて……っ」


「じゃぁ、一緒に暮らそうよ。この付近、星は出るけど、夜になると真っ暗になるんだ。それに、ここは絵本な世界だから、たまにゴーストとか、狼もでる」


「お、狼!?」


「うん。狼に食べられたくないでしょう?」


「そ……れは、嫌」


「なら、僕と一緒にいた方が安全だよ」


 そう言って、軽く小首を傾げたハルカは、またニコリと笑う。


 その姿は、なんだか見惚れてしまいそうなほど、綺麗で


「そう、だよね。ハルカと一緒にいた方が……いいよね」


「うん。じゃぁ、決まり!」


 するとハルカは、パッと顔を明るくすると、目の前のテーブルに、次から次へと美味しそうな料理を作り出して、ついでに部屋の中も鮮やかな飾りでいっぱいにした。


 まるで、今からパーティでも始めるみたいに


「ようこそ、アンナ。僕たちの家へ!」


 可愛いお菓子の家と、美味しそうな料理と、優しくてカッコイイ男の子。


 絵本の中は、とてもとても魅力的で、それは、私がずっと夢見ていたような


 ────幸せな世界だった。






 ◆


 ◇


 ◆



 ホーホー……


 静まり返った深夜2時。どこかでフクロウが鳴いた。


 ギラギラと目を光らせるフクロウが、外から見つめるなか、ハルカは薄暗い部屋の中を進み、扉を開けると、その奥のベッドで小さく寝息をたてているアンナのそばに歩み寄った。


 月明かりだけがさす部屋の中、ハルカは、そのベッドに腰掛けると、眠るアンナの頬にそっと指をわせる。


「アンナ」


 ポツリと囁いて、眠りが深いかどうかを確認する。すると、どうやらアンナはぐっくり眠っているようで身動きひとつしなかった。


 そんなアンナを見て、ハルカは、どこか楽しそうな笑みを浮かべると、アンナの髪を優しく撫でる。


「やっと、来てくれた」


 目を細めて、嬉しそうに呟く。


 ずっとずっと待っていたアンナが、やっと、この世界に来てくれた。


 すると、ハルカは今日の出来事を思いだした。


 あの後、自分に出された料理を美味しそうに食べたアンナは、ベッドが一つしかないことに気づいて、二人でアンナの部屋作りが始まった。


 大きな家具を描き出すのに、少し苦戦しながらも、なんとか可愛い部屋を作り上げたアンナは酷くご満悦で、そのあとは、頭を使って疲れたのか、お風呂に入ったあとは、まるで倒れ込むように、ベッドの中で眠ってしまった。


「僕は、一緒に寝たかったんだけどな」


 狭いベッドの中で、アンナと一緒に眠りたかった。


 そんなことを考えながら、ハルカは眠るアンナを見つめると、その後、胸ポケットから懐中時計を取り出した。


 チクタクと時を刻む懐中時計の針。

 それを見つめ、ハルカは妖しく微笑む。


「あと……42時間」


 アンナの枕元で呟いたハルカの声は、深い深い闇の中に、静かにとけていった。

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