第96話 逃走

白く薄暗い一本道をひたすらに走る。


だが、その足は止まる。

先には一つの人影が見えたのだ。


「はい、ご苦労」


壁に背をつけ、こちらを見下す蒼い目。


「何で」

「いつかは来ると思ってたんだ。だから門兵をソーリドに頼んだ。あいつもスクードという手駒を欲しがってたからな」


リベルタは剣を抜いた。

アリシヤは唇を噛む。


そうか。

門兵がソーリドだったのはリベルタの差し金か。


リベルタは震えるルーチェを見やると笑った。


「つれないなぁ、スクード。俺は続き、楽しみにしてたんだけど」


タリスが剣を抜いた。

ルーチェの手を離し、アリシヤもそれに倣う。


「まあ、ちょうどいいか。アリシヤ、目の前で殺されて泣きわめくお前も見ものだな」


飄々と恐ろしいことを言うものだ。


アリシヤは剣を深く構える。


ここで殺されるわけにはいかない。


が、その手が後ろから抑えられる。

ルーチェの手がアリシヤの腕を握っている。


「ルーチェ?」

「貸せ」

「え」

「その剣を貸せ」


ルーチェの強い語気にアリシヤは剣を渡した。

ルーチェはふらりと前にでる。


「クズ野郎が…今、お前をここで殺して終わりにしてやる」

「あはは、良い殺気だなぁ。スクード!来いよ!相手してやるよ」


ルーチェは踏み込んだ。


刃と刃がぶつかり合う音が狭い通路に響く。

ルーチェが、リベルタの首元を狙いに行った。

だが、それは簡単にはじかれる。


「おいおい、スクード。剣筋が読めるんだよ!お前の剣はそんな感情的だったか⁉」

「うるせぇ!黙れぇぇ‼」


アリシヤでもわかった。


ルーチェは今感情に支配されている。

リベルタはルーチェの剣筋を弄ぶように受け流している。

リベルタが本気を出せばルーチェは今すぐにでも負けてしまう。


だが、隣でタリスが踏み込めずにいるのがわかる。

二人の戦いは高度すぎるのだ。

下手に手出しができない。


ルーチェの大きすぎる振り。


「腹ががら空きだぞ、スクード?」


リベルタが剣を振った。

あの日と同じ光景だった。


「ルーチェっ‼」


アリシヤの目に涙が浮かんだ。


だが—。


「ふう、何とか間に合った」


ルーチェとリベルタの間で、彼の剣を止める人物が一人。

茶色交じりのもふもふした白髪を一つにまとめた―。


リベルタが目を見開く。


「あ、アウトリタ⁉…一瞬のうちに老けたか⁉」


アリシヤは悟った。


この男、素で天然なのだ。

だがそんなことは、今はどうでもいい。


ルーチェの手を取り、リベルタから距離を置く。


タリスとラナンキュラスが並んでリベルタに剣を向ける。

ラナンキュラスが口を開く。


「タリス、スマン。檻の鍵、間違えて渡しておった」

「ああ、そうだな、ジジイ。でも今はそのことに感謝しかねぇよ」


タリスの言葉で気付いたのかリベルタがきょとんとする。


「え、あんた噂屋の爺さんか」

「そうだよ。勇者の坊ちゃんよ。さあ、タリス、行け」


ラナンキュラスがタリスの背を押す。


「ここは老いぼれに任せていけ。お前は嫁を守れ」

「でも」


後ろからの足音にアリシヤは振り返る。

そして声を上げる。


「クレデンテ様⁉」

「はあ、久々に友人に会ったと思えば一緒に戦えと。老体に無理を言う」

「けどクレデンテお前もそれなりに鍛えてたんだろ?」


快活にラナンキュラスが笑う。


「まあまあですよ。さて、勇者様。ここは老いぼれ二人がお相手しますよ」


クレデンテとラナンキュラスが隣に並ぶ。

それは一枚の絵のようにとても様になっているものだった。


そういえば聞いたことがある。


かつてジオーヴェ家とサトゥルノ家。

両家の隔たりを超え、共に戦った剣聖の話を。


「さあ、走りなさい!若者よ!」

「ここはワシらに任せとけ!」


二人の言葉にアリシヤ達は走り出した。

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