第82話 救助

冷たい部屋の床にアリシヤは座り込む。


レジーナの話は嘘だ。

嘘に決まっている。


アリシヤは何度もそう唱える。

だが、ルーチェの言葉がそれを邪魔する。


『物語に組み込まれてはいけない』


レジーナが語った真実が本当ならばすべて説明がいくのだ。


ルーチェがアリシヤと逃げていた理由。

国から逃れるため。

アリシヤは見つかれば魔王の子として殺される。

そして、スクードという役割を振られ、そこから逃げ出したルーチェもまた―。


だが、疑問は残る。


エレフセリアはなぜスクードであるルーチェにアリシヤを託したのか。

敵にそんなことを頼むなんておかしい。


「そうだ…おかしい。こんなの嘘だ。…そうだよね。ルーチェ」


狭い部屋の中、アリシヤの声が響く。

頭の中から探し出す。

レジーナの言葉を否定するための材料を。


そうだ。


アリシヤは見つけた。


自分が英雄になったのはデイリアを殺したからだ。

多くのエーヌを屠ったからだ。

そういった事柄が重なったからだ。

誰かに仕組まれたわけじゃない。


そもそも、アリシヤが王都に来て仕事をするようになったのは偶然だ。

リベルタやタリスが助けてくれなかったらあのままエーヌに連れていかれていただろう。

ただの偶然の産物だ。

仕組めるものではない。


リベルタの言葉を思い出す。


『信じて進むんだ。今はまっすぐ』


アリシヤは顔を上げた。


信じるんだ。

今まで自分が行った行為。出会った全ての人々。

功績もそれに感じる後悔も含めて。


手枷足枷は重い。

どうにかして外れないものだろうか。


アリシヤは扉睨む。


外に人の気配はない。

先ほどから足音もしない。


この重厚な扉が開くことはないと思っているのだろう。 

なら、チャンスはあるかもしれない。


アリシヤは辺りを見渡す。


使えそうなものは見当たらない。

それでも何かできないか。


アリシヤは思考をめぐらす。


何時間かそうした。


カチャン。


扉が開く音がした。

アリシヤは構える。


見張りだろうか。

うまく体当たりを食らわせれば逃げることができるかもしれない。


だが、入ってきた人物の姿にアリシヤは目を見開いた。


「迎えに来たぞ」


小声でそう告げ、リベルタはにこりと笑った。


***


枷を外してもらったアリシヤは、暗い通路をリベルタに続いてひたすらに歩く。

わかれた道を右に左に曲がり、進む。

どこから来たかもう思い出せなさそうだ。


何時間そうしていたか分からない。


リベルタが立ち止まり、上を指さす。

出口のようだ。


地下から這い上がると、そこは荒野だった。

あたりには廃屋がちらほらと見えるが、基本的には何もない。


目に入った空には月明かりが広がっていた。

まだ晩なのか。

それとも、丸一日が経っていたのか。


「もう、声出していいぞ」


リベルタに言われて、アリシヤはまず大きな息を吐いた。

そしてリベルタに頭を下げる。


「助けていただき、ありがとうございます」

「いいよ、仲間だろ?」


その言葉が今のアリシヤにとっては嬉しいものだった。

リベルタは歩き出す。


「夜間の移動は危険だから、そこら辺の廃屋で夜を明かす。いいな?」

「はい…。ここは?」

「んー?王都からちょっと離れた、かつて魔王に滅ぼされた村」


月当たりの中を二人は歩く。

リベルタの背にアリシヤは続く。

その広い背中を見ているだけで、涙が溢れてくる。


助けに来てくれた。

終焉をもたらす悪魔と、言われたこの自分でも。


「タリスが連絡くれたんだ。アリシヤさんが攫われたって」

「タリスさんが…」

「血相変えて心配してたぞ?帰ったら会ってやってくれよな」


アリシヤは答えられず俯いた。

涙がこぼれる。


タリスもまた、己を大切に思ってくれていたのだ。


リベルタが足を止める。

目の前に古びた教会が現れた。


「ここで、風をしのごう。今夜は雨も降りそうだしな」


リベルタが天を仰いで見せた。


月明かりはとぎれとぎれに雲に隠された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る