第20話 弥助、おめーえは死なねぇんだ

 じぶんたちのまわりが敵兵に取り囲まれているのを見て、マリアがすっくと立ちあがった。

「おい、エヴァ。どういうことだ?。つねの間(寝所)のほうに兵がきてるぞ」

「マリア、ごめんなさい。弾切れしちゃった」

 上空を見あげると、屋根のひさしのうえにピストル・バイクにまたがったエヴァがいた。舌を半分だして、片手で自分の頭をこづくようなポーズをしている。

「エヴァ、こんなとこで『てへぺろ』たぁー、どういう了見だ」

 無数の槍先をつきだされたまま兵たちがじりじりと近づいてくる。マリアが叫んだ。

「おい、てめぇ、弥助。さっきは詫びをいれたんだから、おまえはこっちを手伝え」

「イヤ、シカシ……」

「心配するな。おまえはこの本能寺では死なねぇ」

「ソ、ソウナンデスカ?」

「あぁ、オレが保証する」

「ワカリマシタ!」

 マリアのことばに勢いを得て、弥助は最前面へ飛び出して、槍持ちの足軽たちを睨みつけた。その巨躯と黒い顔は、彼らが畏怖を与えるに充分な力があった。だが、足軽たちは恐れのあまり、うわーーーっと大声をあげると、弥助にむけて一斉に槍を突き出した。

 弥助の顔が苦悶にゆがむ。

 突き出された何本も槍先のうちの一本が、黒光りする弥助の右腕を貫いていた。

「弥助!」

 その様子を背後から見ていた信長が思わず、奥の間から飛び出してくる。

 が、突き出された何本もの槍先のうち、弥助のからだに刺さったのはその一本だけだった。それ以外は弥助の正面に、突然あらわれた「盾」によって防がれていた。

 それはマリアの大剣の刃だった。

 背中の大剣の刃をとっさに引き抜いたマリアが、彌助やすけの前にかざして、槍の突きを受けとめていた。

 マリアが信長にむかって叫ぶ。

「信長、なにもどってきやがった。はやく奥にひっこんでろ」

「マリアサン、ヤラレタデス」

 彌助やすけが顔をしかめながら言った。

「ざけんな。弥助。刺さったのは腕に一本だけだろうが!。おめーえは死なねぇんだ」

「シカシ……」

「しかしもへったくれもねぇぞ」

 マリアはそう言い捨てるなり、大剣を槍を突き出した体勢の足軽たちのほうにふるった。

大剣をもったまま、マリアがぐるんとからだを一回転させる。勢いあまって剣先が、ちかくにあった石灯籠にふれた。石灯籠はゆらりと揺れて傾いたかと思うと、自重に耐えきれず、ドスンという音させて倒れた。

 そのわずかな振動に呼応するかのように、取り囲んでいた兵士たちの首から血が噴き出し、ぼとり、ぼとりと地面に転がり落ちた。


 それを目の当たりにした信長が目を輝かせるのも当然だった。

「なんと、あんな大剣ををふりまわしておるぞ、あの稚児は……」

「おい、信長。なんど言わせる。オレを稚児よばわりせんでもらおうか。次、稚児扱いしたら……」

 マリアはドンと大剣の刃を地面に突き立てて言った。


「信長、おまえ、ぶった斬るからな!」


 その脇で森三兄弟がとまどった表情で、お互いの顔を見合っていた。さっきの宣言は、なんだったんだ、ということらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る