第2話 ここはどこだじゃない。いつだ、が正しい

 派手な音をたてていた馬車の車輪の音がとまった。

 そのとたん、牢屋のなかにとらわれていた人々が悲痛な声をあげた。なかの数人かが胸のまえで十字を切って神に祈りはじめた。

 そのなかにまだ十歳にも届かないような風貌の少年がいた。どこか一点だけを見つめている。隣にいた彼の母親はもうずっと前から五指を組んで、一心不乱に神への祈りを唱え続けるだけで、自分からの問いかけには答えてくれない。

 ただ、自分がもうすこししたら死ぬ、ということだけはわかっていた。観衆のまえで猛獣に食われるのか、はりつけになるかはわからなかったが、死からは逃れられない。少年はただ頭を垂れてじっとその時を待っていた。


「ドナルド・カード!!」

 聞きなれないことばが遠くから聞こえてきて、少年は耳をそばだてた。

「ドナルド・カード」

 もう一度、おなじ響きのことばが聞こえてくる。

 不思議なことに、そのことばに聞き覚えがあった。あきらかに異国のことば、と思われる発音にもかかわらず、なにか懐かしい気持ちになった。


「カードさん。見つけたよ」

 ふいにすぐそばで、その声が聞こえて、驚いて少年は顔をあげた。

 目の前に見慣れない格好をした少年と少女が立っていて、牢の格子越しにこちらをじっと見つめていた。少年は自分の周りになにがあるのか、と左右を見回した。

「あなたですよ。ドナルド・カードさん」

 牢屋の外から自分を見つめる少年を怪訝そうに見つめていると、彼は手のひらをこちらのほうへつきだした。

 とたんに、ふっと自分の頭のうえから、なにかが浮き出すのが感じられた。

 少年のあたまの上に、男性の顔が浮かびあがっていた。老年にさしかかった白人の中年男性の顔。ごつい顔つきの脂ぎった顔立ちからは、傲慢そうな性格が見て取れる。


「君たちはなにものだ?。なにが起きているんだ?」

 零体のように浮かびあがったドナルド・カードが声を震わせて訊いた。

 セイは会釈するように頭をさげて自己紹介をした。

「ぼくは夢見・聖ゆめみ・せい。二十一世紀の人間です」

「ユメミ?。21世紀……」

「ええ。21世紀はあなたが元々いた時代です」

「あぁ……。そうだ。わたしは、21世紀の人間だ」

 彼はあたりの風景を見回すと、その様子の違いにあらためて驚いた顔で訊いた。

「ここはどこだ?」


どこだWHEREじゃない。いつWHEN』だ、だ」

 横からマリアが口を挟んできたので、あわててセイがふたりを紹介をした。

「あ、こちらはマリア・トラップ。そして、こちらがエヴァ・ガードナー。ぼくらは、あなたを助けにきました」

「助けに?。それはどういうことだ?」

「おい、カード。おまえは『昏睡病』って覚えているか。21世紀のあたまっから流行しはじめた不治の伝染病だ」

 マリアのあまりに慎みがない物言いに、あわててエヴァが口を挟んだ。

「カードさん、あなたは先日、昏睡病にかかってしまいました。あなたはその病気のせいで、今あなたの『意識』はこの『前世』の記憶のなかに取り込まれてるんです……」

「ばかな。つまりこの子はわたしの前世だというのか……」

 憤慨したような表情をみせるカードにむかってセイが言った。

「この少年の『未練』をはらしてあげないと、あなたは元の世界に戻れないんです」

「このまま戻れないと、おまえは『植物人間』になるぞ」

 マリアのストレートなもの言いにカードがことばをうしなった。

「植物……人間……だと」

「マリアさん。ことばが過ぎます」

 エヴァがマリアを諌めたが、「本当のことを言ってなにが悪い。嘘は罪だからな」と仏頂面で反論した。

「じゃあ……、き、君らはどうやって……、ここに……?」

 ドナルド・カードがいくぶん蒼ざめてみえる表情で、セイに尋ねた。


「ぼくらは特殊な精神感応の力で、あなたの『前世の記憶』にダイブしてきました」


 マリアがしたり顔でそのあとを続けた。

「オレたちは、Psychic Cooperative Divers……。略して……


『サイコ・ダイバーズ(PSY・CO DIVERS)』と呼んでるがな」

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