後編

どうしてあの日私はもっと周囲に目を配っていなかったのだろう。私が注意していれば、ルルリアナ様はあんな場面をご覧になられずに済んだというのに。


ルルリアナ様が礼拝のため神殿内を移動する際に、ふと王立学院の中庭に目を向けたときだった。


運の悪いことにそこにはベルリアナ様を愛おし気に微笑まれるレオザルト殿下の姿があった。つい先ほど昼食会を無断で欠席されたレオザルト殿下が。


その姿を見たせいかルルリアナ様の顔は見る見るうちに蒼白になり、まるで崩れ落ちるように蹲り動けなくなってしまったのだ。


ルルリアナ様を一人残して私は人を呼びに行ったが、不幸なことにカルロ侍女長にしかおらず、私は仕方なしにカルロ侍女長にルルリアナ様の具合が悪く蹲ってしまったことを報告する。


カルロ侍女長は獲物を見つけた猫のように目を鋭く光らせていた。


きっと体調管理が出来ていないと、嫌味でも言うつもりだ。


そんな侍女長と急いでルルリアナ様のもとへと向かう。


ルルリアナ様は騎士科の生徒のジャケットを肩にかけ騎士科の生徒とお話をされていた。


顔色が少し戻っていることに、私はほっと肩を撫でおろす。


リースと名乗ったその生徒は、ルルリアナ様を責めるカルロ侍女長に食ってかかり、カルロ侍女長を言い負かしてしまったのだ。


その時は本当に胸がすっきりした。


私に必要な強さはこれなのだと教えられた気がした。


大切なものを守る強さが。


ルルリアナ様が王立学院で倒れられたと聞いたのはつい先ほどのことだった。


どうしてルルリアナ様が王立学院にいたのか、リースという男子生徒と何をしていたのか、神殿や王立学院内を憶測が飛び交う。


中にはルルリアナ様の不貞を疑う声まであった。


ルルリアナ様が密会なんてするわけがない!ルルリアナ様はレオザルト殿下を一途に思っていられるのだから。


更にルルリアナ様が気を失ったと聞いたのだ。


 私はいてもたってもいられず、神殿へと戻る。護衛たちに忘れ物をしてしまったと嘘をつき神殿内にいれてもらった。


しかし、ルルリアナ様と入れ違いになってしまったようで、ルルリアナ様は礼拝のために礼拝堂へと向かったと護衛から教えてもらったのだった。


ルルリアナ様のことだからきっと冷たい床に座り、何時間もお祈りするのだろう。世界の安寧を願って。


私はルルリアナ様のために練習した腕を披露すべく、台所によりお茶を入れるための湯を沸かしてから、ルルリアナ様の私室へと向かった。


ルルリアナ様の私室に向かった時なんだか神殿の雰囲気ががらりと変わっていることを肌で感じたのだ。どこが変わったかと言われれば、何も変わっていないのだが、何か大切なものがするりと抜け降りていく錯覚にとらわれる。


その不安はルルリアナ様の私室が近づくにつれ募っていったのだった。


ドアの前に立った私はなぜか予感がしたのだ。ドアを開けたら自分の運命すら変わってしまうような、運命が自分の手からすり抜けていく予感が。


そっとドアを開けなかを覗き込んだ私は、ルルリアナ様の綺麗な御髪が無残にも切り刻まれ、床の上にそのまま放置されているのを発見したのだった。


誘拐?


一瞬、不吉な考えが頭をよぎるが、ルルリアナ様の机の上には「お世話になりました」とルルリアナ様の綺麗な字で書かれたメモが一枚残されていた。


それを見て私は騒がなかった。


カルロ侍女長に報告もしないし、衛兵も呼ばない。


私はルルリアナ様の銀髪を丁寧に集める。それこそ一本も残さないように丁寧に。そうやって自分を落ち着かせてもいた。


こうして少しでも時間を稼いで、ルルリアナ様が少しでも遠くに逃げられるように。


沸かしたお湯がすっかり冷めたころ、ルルリアナ様がいた礼拝堂で大きな地震があり、衛兵たちがルルリアナ様が誘拐されたと騒ぎはじめたのだった。


どうやらルルリアナ様はこの神殿から逃げ出すことができたようだ。


きっと、あの時のリースがルルリアナを逃したに違いない。


リースにルルリアナ様を預けることら不安ではあったが、少なくともこんなところにいるよりはルルリアナ様は幸せになれると思ったのだ。


なぜなら、ルルリアナ様はご自分の意思で自由をお求めになったのだから。


なぜか一度会っただけのリースはルルリアナ様の嫌がることはしないと確信があったのだ。


騒がしい外を窓から覗くと大勢の兵士たちが四方八方駆けずりまわっている。その中心には指揮を出すレオザルト殿下の姿もあった。


レオザルト殿下はいつもの冷静沈着な様子はすっかり消え去り、顔を真っ赤にし焦った様子で兵士たちに怒鳴りながら指示をだしていた。


そんな慌てふためくレオザルト殿下に、私はルルリアナ様が残したメモを差し上げたのだ。


「これだけなのか?本当に、ルルリアナ様が残した手紙はこれだけなのか?」


 そう私を問い詰めるレオザルト殿下にとても腹が立った。


 レオザルト殿下だってルルリアナ様に手紙一つよこさなかったではないか。食事会を欠席した時も、ルルリアナ様の具合が悪かった時も何一つよこさなかったではないか。


 ルルリアナ様、どうか…どうかお幸せになってください。


 恵まれた運命の中にいたからと言って、人は幸せになれないのだと私はあなたに教えられました。


 私も自分の足で自分の運命を切り開いていきたいと思います。


 幸せになるために。



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