キミは絶対に騙される(敢えてそのまんまのタイトルで勝負!)

齋藤 龍彦

第1話【キミは絶対に騙される】

「しかしまさかキミがまだこうして僕と話しをしてくれるなんて思わなかった。ずいぶんと偉くなってしまったからな」自分はそう口にした。

 友はハハっと屈託なく笑い、

「オイオイ、学生時代を同時代に過ごした仲だろう。この奇跡に乾杯だ」と言った。

 その笑顔は崩れる様子がない。しかし、敢えて〝笑ってみせた〟と思えなくもない。そう見えてしまうのだ。とにかくあまり杯の進まぬうちにこの友に忠告してやらねば、と思う。こんな機会は最初で最後だろうから。


「キミとは考え方の違いでよくやり合ったもんだ」まずはこう切り出した。

「なあにあれは学生時代のサークルの話しじゃないか。僕らのサークルは、そう、真面目だった。とにかく真面目だったからな。他所とは違って」と友は言った。

「まあ今はその話しは横へ置いておこう」、そう言うと友は怪訝な顔をした。

 すっ、と静かに息を吸う。

 これから、ひょっとしたら友を怒らせるのかもしれない。にもかかわらず〝言おう〟としているこの自分は昔と比べてなんの進歩も無いのかもしれない。

「——実はこれは風聞に過ぎないのかもしれないが……」と奥歯にものが挟まったかのようなことわりをまず入れる。「——悪い噂を聞いている」

「ふむ? ウワサ?」

 しかし、そのことばとは裏腹に友は自分がなにを言わんとしたか瞬時に理解したような顔をした。それは〝不快〟という感情を躊躇なく露わにした顔だった。

「キミは絶対に騙される」、そう端的に自分は要点を言った。この友は気が短く、長々とした前置きを極端に嫌う。しかし直後にフォローは入れる。「そう懸念している」と。

「今度は大丈夫だ」間髪入れずそんな〝返事〟が戻ってきた。まったくその可能性を考慮しないような、なにも考えずに反射的に口から出たと、そう思わせるに充分な言いざまだった。

「いや、〝自分だけは大丈夫〟だと信じ込んでいる人間ほど危うい」

 ハハッとまた友は笑ってみせた。

「聞いたことのあるデータだ」と、友はまず言ってみせた。それを受けこっちが口を開こうとしたその時、制された。

 目がものを言っていた。

 みなまで言うな、と。

「オレオレ——、いや振り込め詐欺の被害者に対する聞き取り調査の結果だろう? 確か誰もが『自分だけは大丈夫』だと信じ込んでいたとか、そういう話しだろう?」

「ああ、そうだ」と応じた。事実その事を言おうとしていたのだ。

「しかしだね、それも行きすぎれば『人を見たらドロボーと思え』になる」

「議論で人の揚げ足取りは邪道だが、ドロボーは勝手に盗っていくだけで人は騙さないだろう?」そう言うと友は一瞬中空に目をやり、

「確かに揚げ足取りだが……まあそれも道理かな。確かにドロボーは勝手に盗っていく、強盗は無理矢理盗っていく」

 ずいぶんと〝ご機嫌〟になっている。こちらはそもそも〝ドロボー〟など持ち出してはいないしそれに〝強盗〟の話しなどもしていない。こういう時は危ない……不安がだんだんと膨らんでくる。

「詐欺じゃないのか?」、そう直球を投げてみた。

 友はじろりとこちらを見た。

「詐欺師は言い過ぎだろう」

 〝詐欺師〟とは言わなかったが大意において友が言ったとおりなので敢えて否定はしない。

 しかしなにぶんにもこの友は気が短いのだ。最低限の言葉づかいには注意を要する。

「共に歩まねばならないパートナーに詐欺師とは。公然とそれを言ったら人間性が問われる問題となる」

 〝人間性〟ときたか。不安はいよいよ確定的になっていくのを自覚する。

「キミは自分だけは大丈夫だと思っているな?」と訊く。

「まあ君みたいな心配性では何もできないよ」


 まるでこの自分のことを『何も成せない人間だ』と言わんばかり。正直腹が立つが、たった今湧いたこの感情は私憤に過ぎないものと自覚すべきだ。

 それにこの自分より目の前の友の方が客観的には何かを成してきた人間だと、余人は友の方に軍配を上げるに違いないのだ。この自分にもつまらぬプライドだけはある。少なくともこの友には〝嫉妬〟だとは思われたくはない。


「今まで何人もの人間が同じような話しを持ち掛けられて騙されている。一度だけという甘い言葉を信じて一度で終わったことがあるか? なによりその騙された人間たちは君に近しい人間ばかりだろう? 君の知る限りでいい。その人間たちはそれほど騙されやすい阿呆ばかりだったか?」

 こうまで言ってさすがに友は考える顔をした。

「いや、そんな人たちではなかった……」と友はまず口にして「そう信じたい……」と付け加えるようにも言った。そんな騙された人間にそこまで気を使う必要があるのかと思うのだが。

「キミは友だちにお金を貸してそれが戻ってこなかった、という経験があるか?」そう自分は切り込んだ。

「いや、無いな」

「残念ながら僕にはある」そう正直に言った。

「なんだ、人のことをあれこれ言っていたのにしょうがないな」

 友は急に機嫌を取り戻したかのようだった。

「問題はその後の話しさ」

「あと、とは?」

「要はこういうことだ。『赤の他人にお金の無心に来るような人間が〝ただの一度〟で終わるのか?』という問題だ。もちろん貸したその瞬間はご機嫌さ。感謝のことばもプレゼントしてくれる——」

 一拍呼吸を入れた。

「——しかしだ、その場限りなんだよ。感謝はその場限り。『もう友だちに迷惑をかけるのはよそう』とかいう感性がそもそも無いんだな」

「ソイツはまた来たのか?」

「ああ。もちろん前に借りた分を返すためには来ていない」

「難儀だったな」

「〝難儀〟とは生易しい言い方だ。本当にたいへんだった」

「それでまた貸したのか?」

「いいや、貸さなかった」

「そりゃまた」

「そう。たいへんだった。悪口雑言を投げ付けられ脅迫まがいの物言いもされた」

「前に貸した金は?」

「結局貸し倒れさ」

「どうやって縁を切ったんだ?」

「どうやってもこうやってもない。意思の問題だ」

「そりゃあそういう人間関係は誰しも〝切りたい〟と思うものだよ。意思なら誰でも持っている。だけど世の中なかなかそういった腐れ縁を切れない人もいるだろう? 後学のためにやり方を教えておいてくれないか?」友はこの話しに多少興味を持ってくれたらしい。

「怒ることだよ」そう言った。

「いかる?」

「そう。怒る、だ。しかも思いっきりありったけに怒る」

「〝怒る〟ねえ……」と友は腑に落ちない様子。

「有り体にいって君は生まれがいい」、そう自分が口にした瞬間友の目に厳しい光が宿った。だがそのまま話しを続ける。「——どうも世の中、怒りを露わにするような人間は『冷静さが足りない』だとか『感情的』だとか言われて人間性そのものが否定される傾向がある。君のところの家なんかは特にそうじゃないか?」

 友は口ごもった。当たらずとも遠からずか……

「けど僕はそう言って〝怒り〟を否定する言説には問題があると思っている」

「しかし日本には金持ち喧嘩せずという諺があるが」友は反駁した。

「それはもう間違いじゃないか? 外国じゃあ金持ちほど喧嘩するが」

「それはどこデータ?」

「データの持ち合わせは無いが弁護士はカネがなきゃ雇えないだろう? 弁護士は金持ちの方が雇いやすいのは道理だよ」

「確かにな」友はまたハハッと笑った。継いで友はこうも言った。「覚えておこう」と。

 しかしその頷き方にどうも真剣味が欠けているような気がする。

「頭ではそういう人間がいると解っていても実体を目にしたことは無いだろう? そういう人間に意思を伝えるときは理屈じゃなくて爆発なんだ」続けて自分の口からそういうことばが飛び出ていた。この坊ちゃん育ちのわが友には自分の言いたいことの半分も伝わっていないと感じた。

「——あの貸したお金が自分にとってどれほど大事なお金だったか。あのお金を貸さずに自分のために使っていればあれもできたこれもできたと思いの丈で怒鳴りつけてやった。もちろんそれで怯むような相手じゃなかったが少なくともその後二度と僕のところにお金の無心に来ることはなかった。感情的に怒ってみせることにはそういう効果があるんだ」


 我ながら恥ずべき熱弁だと自覚した。いい歳をして魂だけが昔の自分に戻ってしまったかのようだった。あるいは三つ子の魂百まで、とも言うが。


 しかし友の表情を見ていれば解る。口には出さない。だが顔に『お前などに何が解る? 何も解らない人間が口出しなどするな』と書いてある。それほどに自分の話しを斜めに聞いている。

「君はまだ僕が〝絶対に騙される〟と信じている」友が口を開いた。

「懸念している、だ」そう応じた。

「それは政治家の使うことばだよ。君、政治家なんかじゃないだろう?」

「そうだが」

 友はフフンと鼻で笑った。

「僕は騙されない。懸念という語彙すら僕に使うのは相応しくない。他の人間が騙されても僕だけは騙されないんだ。そういう仕組みになっている」

 これはいよいよ危うい。

「まるで絶対に騙されない方法を知っているみたいだな」思わず嫌味が出てしまった。

「その通ーりっ!」

 あまり呑んではいないと思うがもう酒が廻ってきたのか?

「——教えてやろうかぁ?」

 人に絡んできた。教えてもらってもしょうがないので断った。

すると「——じゃあ言ってみろ!」

 と来た。これはいよいよ本格的だ。なおも執拗に〝答え〟を要求される。要求される。要求してくる。


 しかし実際のところ人に騙されない究極の方法などあるのか? あるとすれば————



「〝ハイ〟の二文字を言わないことだ。そうすれば確実に騙されない」

 ————そう言うしかなかった。熟考の末の答えだった。

 ハハハハハハハハハっっ、アッハハハハハハハハハっ、甲高い声で友が笑い始めた。ひとしきり笑い終えると俄に厳しい顔に豹変し、

「君、それは人間不信な人の言うことだ。引きこもった人の言い分だよ」と口にした。

 それも今や問題発言だと思うのだが……気分的にはもう自分は引きこもりたいくらいだ。

 しかし、ここまで言われてようやく腹をくくれたのも事実だ。

「〝懸念している〟は言うべきじゃなかった」自分は言った。

 それを聞いた友の顔が俄に破顔一笑。しかし君の期待することばなど言わん。

「キミは絶対に騙される。だから約束など最初からするな。約束しなければ破られることもない」

 だが友はニヤと笑った。同じ笑顔でもとても嫌な感じのする〝笑い〟だ。

「私は未来に繋がる決断をしようとしている」

 突然一人称が〝僕〟から〝私〟に変わった。

「——お金を渡して約束をしようと思っている」友はそう言ったのだった。

 つまらないことを言っている割に顔に凄みがあった。

 やはり止められない……しょせん自分の力などこの程度なのだ。誰ひとりにも影響など与えられないのだ————

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