第7章

雨で病気になった時の記憶は曖昧なことが多くてひどい時は誰に何を言ったのかも覚えていない。体と心は表裏一体だと聞いたことはあったけど自分が体験するまではそう思わなかった。実際、病気が悪化すると精神的にもやられて何に対しても嫌気しかささなくなって何も信じてられなくなる。それは大好きな優兄ゆうにぃ、お母さん、江川のこともである。私が孤独だと思うのは私を嫌っていたお父さんはそうだが、顔も覚えていないような時に亡くなったお母さんのせいでもあると思ってしまう。お母さんは悪くない。そう理解しているはずなのに孤独の理由にしてしまうのは、心の奥底で少しだけ恨んでしまっているのかもしれない。江川が私の世話をするまでは優兄だけだったので平日は家に私一人だけ。朝から病気の症状がひどい時は学校を休んで看病してくれるけど基本は一人。寂しくて仕方が無かった。けれど学校から帰ってきて疲れている優兄に甘えるのは気が引けてできなかった。だから、家にずっといてくれる江川という存在はとてもありがたかった。江川は一見冷たそうだが、本当は心の温かい人で私のことをよく見てくれていて小さな変化にもすぐに気がついてくれる。そんな江川のことは大好きだが、やはり一番は優兄である。ただ、優兄のことを怖いと思ってしまうことがたびたびある。その時の優兄は目に光が入っていなくて

「なぁ、兎美うみは誰のことが一番好きなんだ?」

と聞いてくるのである。さらに怖いのはこの言葉を言う時は普段と同じ声色だということだ。それに対して私はもちろん優兄だと答える。そうすると目に光が入り、いつもの優兄に戻る。特に最近は聞かれる回数が多くなった。反抗期だった時は江川の方が好きだったのだが、あの冷たい目で見つめられると実の兄なのにひどく恐怖を感じて結局は優兄と答えるしかなかった。他の人の名前を言ってしまったら、いつもの優兄が帰ってこなくなってしまうような気がした。でも、本当は優兄よりも好きな人がいる。昔助けてくれたお兄さんだ。そう、昔[#「昔」に傍点]である。今[#「今」に傍点]のお兄さんは恋愛的には好きになれない。昔の元気で明るい感じが好きだったのに。ねぇ、なんで変わっちゃったのお兄さん江川。執事として初めてあった日、姿は変わっていたけど声と匂いを覚えていたので、すぐに分かった。けど、接する態度が堅苦しすぎて、もう私の知っているお兄さんはどこにもいないのだと知った。でもね、前に私が夜にお手洗いに行った時に江川と優兄が話しているのが聞こえ、江川は私が大好きな昔のお兄さんそのものだった。だからその時、何かしらの理由があるのだろうと思った。実は江川の真意を探るために言っている言葉がある。それを言うと、ほんのわずかな間だが、昔のお兄さんの面影が見えるからだ。だから、病気でどんなに苦しくても、これだけは意識を保って言うんだ。

「ねえ、江川兎[#「兎」に傍点]はね寂しいと死んじゃうんだよ。だから江が……龍歩りゅうほは私のことおいていかないでね?」

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