3.繁殖ケアプログラム
「俺は、その女に突き落とされたのか……」
『"方舟"ではその怪我も治療できます。まずはお戻りいただき、怪我の治療。その後、繁殖を行ってください』
3号と名乗ったアンドロイドは、淡々と俺に説明してくる。
「俺を突き落とした相手とか?」
『はい』
「無理だよ……」
『……。怪我の治療もあります。まずは"方舟"へお戻りください。私がお連れします』
そう言いつつ、3号は両手を差し出す。どうやら掴まれということらしい。俺は3号の両手を持つ。が、手も痛めているため、あまり力が入らない。
『それでは危険です』
3号はそう言うなり、俺に抱き着くように密着する。急な状況に俺は緊張した。アンドロイドなのに、柔らかいし温かい。まるで人間見たいだ……。俺の胸の部分に押し付けられた柔らかな感触に意識が──
『いきます』
「ふげぇっ!」
急激にGがかかり、変な声が出た。3号がジャンプしたらしい。崖の上に飛び出し、そのまま重力が無くなったような浮遊感が襲ってくる。
「ふあぁぁぁぁ!!」
3号は空中で空気を蹴り、緩やかに崖上に着地した。
「へ、へっへ」
突然のできごとに、変な笑いがこみ上げる。
『"方舟"はあそこです』
崖から目と鼻の先に、それはあった。なんだかあまり宇宙船に見えない。"住居モード"とやらに変形した状態なのだろうけど、どう見ても……、
「下宿かアパートにしか見えない」
荒野の真っただ中に、ポツンと2階建てのアパートが建っていた。
「あぁ!? あんた何で生きてんの!?」
そこは本当にワンルームアパートの1室のような空間だった。そこに居た名前も知らない女が、ものすごく醜い顔で凄んできた。
聞いては居たが、本当に突き落とされたのか……、ショックだ。
『繁殖用生体を殺すことは許可されていません』
「うるさい!うるさい!! そんなの何度も聞いた!!」
女は背の低い机に手を打ち付けながらヒステリックに泣き叫ぶ。
「もういや! なんでこんなことになったの!?」
「お、俺だって──」
「私帰りたい!! こんなとこ来たくなかった!」
「お前が──」
「こんなヤツとなんてありえない!!」
「お前──」
「考えただけで気持ち悪い!!」
「だまれ!!」
視界が狭まる。目の前の女をとにかく黙らせたい。俺は全力で首を絞める。
「が、ご、ぐ」
手の中で何かがゴリッと砕けるような音がした。
『繁殖用生体を殺すことは許可されていません』
「あがぁっ!!」
背後でバチッという音と共に、全身を衝撃が駆け抜けた。そして、俺の意識は暗転した……。
「夕方……?」
白い壁紙が貼られた天井は、窓から差し込む夕日に赤く染まっている。
体を起こすと、ワンルームアパートのような内装が目に入る。どうやらそこに置かれたベッドに寝かされていたようだ。
『お目覚めですか?』
「お前は、3号か?」
髪も肌も服まで真っ白の女性が、そこに立ち、唯一真っ黒な瞳を俺に向けていた。
『いえ、私は汎用アンドロイドAN105HK、この"方舟00106号"搭載2号機です』
2号か……、3号と全く区別つかないな。
『3号機は現在F型生体の治療を行っています』
「F型生体? ああ、さっきの女か……。」
俺はもう、あの女に何の興味も無い。
『F型生体の治療完了の後、繁殖の実施を──』
「無理だよ……」
2号の言葉を遮るように俺は言葉を吐いた。
「もう、完全に毛嫌いされているじゃないか。会話すら成立しない、俺にどうしろってんだよ……」
俺の吐き捨てるような言葉の後に、何も会話は続かない。しばしの沈黙が流れた。
『繁殖ケアプログラムを実施しますか?』
「繁殖ケア?」
言葉の意味が分からず、俺は言葉をオウム返ししてしまった。
『我々汎用アンドロイドを用いた疑似恋愛シミュレーションです』
「つまり、お前たち相手に恋人ごっこの練習しろって?」
確かに2号にしても3号にしても、ものすごい美人だし、スタイルもいい。でもどこか人間的じゃないし、ちょっと不気味だ。
「お前たち、なんか怖いし、恋愛の練習にならない気がする……」
『繁殖に支障をきたさないよう、このデザインは敢えて人間性を排除しています。我々汎用アンドロイドは外見や人格モードを変更可能ですので、様々な疑似恋愛シミュレーションを実施できます』
どうだろう、こいつらが人間っぽくなったとして、俺恋愛とかできるんだろうか。
「練習したとしても、あの女怖すぎて恋愛対象として見れない……」
『並行してメンタルケアプログラムも実施しましょう。一部記憶の消去、改ざんを行って、トラウマとなっている事象を意識しないようにできます』
忘れられるってことか……。もういっそ色々忘れてしまった方が楽な気がする。
「わかった、ならそれでやってくれ……」
もうどうにでもなれ。正直そんな気持ちだった……。
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