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「…クリスくん…!」


 突然の声につい全員が振り返った。クリスを背後から呼び止めたのは他のクラスのよく知らない女子だった。髪が長くて上品な雰囲気のその子は、少し顔を赤くしながらも真っ直ぐにクリスを見ていた。


「急に呼び止めてごめんね。今度シスレー社主催のパーティーがあるでしょ、私も行くんだけど、クリスくんにダンスのお相手になって欲しくて…。」

 恥ずかしそうにはにかむその様子を見て、またか、とハンスを含めたクリス以外の全員が思った。その甘いマスクに高い身長、さらに誰にでも優しくスマートなところがどうやら女子に受けるのか、クリスは昔からとにかくモテる。

「もちろん、僕でよければ。君は確かレイヤード社の…」

「シエラよ。シエラ・レイヤード。」

 シエラは頬を染めたままうっとりとクリスを見つめていた。逆に周りのハンスたちはうんざりとした様子でそのやり取りを眺めている。これまで何度も遭遇したことのあるシチュエーションだ。

「シエラ、じゃあパーティーで。楽しみにしてるよ。」

「ありがとう…!」

 シエラは本当に嬉しそうな顔でお礼を言うと、ハンスたちには一瞥もくれないまま足早に走り去って行った。


「…一体何人と踊るんだよ。現場でもめても知らねーぞ。」

 ハンスは呆れながらクリスを見た。

「今の子で4人目だよ。順番にお相手すれば問題ないさ。いろんな子と話をするのは楽しいし。」

 さらりと答えるクリスに対し、毎度よくそれでけんかにならないもんだとハンスが不思議に思っていると、横からジルベールが苦々しい顔で口を挟んだ。

「モテ男は相手探しに苦労しなくていいな!一人でいいから俺にも分けてくれよ。まだ決まってねーんだよ。」


 シスレー社はラスキアを代表する大手商社で、今度のパーティーはラスキア本土及びアトリア内の政治家や、関連する貿易会社の関係者らが集まってくる。パーティーと言うと一見遊びのようだが、上流階級の人々同士が様々な目的を持って繋がりをつくるための重要な場所でもある。

 クリスは家がアトリア内では大手の貿易会社を経営しており、ジルベールの父はアトリア州議会の議員のため、二人とも今回のパーティーに参加するらしい。

 ハンスの義父もまたアトリア州議員だが、義父はハンスに関心が無く声も掛けられていない。パーティーのような面倒臭い場所が苦手なハンスにとってはむしろそれが有り難かった。


「普通は男が誘うもんだろ。気になる子がいたらこの機会に誘ってみろよ。」

 クリスの返答にジルベールはわざと口を閉じた。いかにもそれができたら苦労しないと言いたげだった。

「まぁまぁ、行こうぜ。俺たちには飛行機があるさ。」

 アルバートがよくわからないなだめ方をして、話題は改修中の飛行機の新型エンジンに対する解決策に移った。


 校舎を出ると教室の窓から見たあの美しい青空に加えて、春のはじめの香り立つような気持ちのいい風が吹いていた。機体改修について引き続き議論しながら、7人は街の中心部から少し離れた場所にあるクルトの家まで歩いて向かった。

 学校からクルトの家まではそこまで遠くないが、ハンスたちはいつも通りあえて遠回りをする。それはこの街の現状に理由があった。

 

 この街にある建物は全て白い壁にオレンジ色の屋根で統一されている。白壁の原料はサンゴ礁から形成される石灰岩だ。海に面している街のため昔からよく使われてきた塗料の一つだった。

 その美しい街並みにより、昔は本土や海外からアトリアへバカンスに訪れる観光客も多かった。ただ近年の治安の悪化により、現在観光客はピーク時の三分の一以下に落ち込んでいる。


 治安の悪化は政治に対する不満の現れだった。反政府組織の一部が暴徒化してテロや傷害事件を引き起こし、治安部隊と銃撃戦になるというようなことが度々起こっている。一方それを防止するための政府側の対応もひどいもので、少しでも疑いのある者は大した捜査もしないまま容赦無く強制連行された。


 ただそれらの事件が発生するのは、ほとんどこの広い街に点在している貧困街の中でのことに限られる。政治的問題から派生して近年になってより貧富の差が激しくなり、富裕層と中間層、そして割合的には最も多い貧困層が住む地域は、それぞれはっきりと分けられるようになっていた。

 ハンスたちは自然と貧困街を避けて遠回りする。それはもちろんこの街に住む人々にとっては当たり前のことだった。

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