第93話 可愛い?



 その後、指の大きさなどを測ってもらい、それに合わせて調整してもらう。

 しばらく待つと指輪が完成して、二人はまだ箱に入っているそれを受け取った。


「本日はありがとうございました」

「ああ、こちらこそ」

「あ、ありがとうございました!」


 指輪の代金を支払って二人は店を出る。


「とても良い買い物が出来たな」

「そうですね、薬指の指輪にそんな意味があったなんて、知らなかったです」

「私も意味などは知らなかったが……結婚指輪というものは、知っていた」


 ヘルヴィとテオは夫婦だが、それを示すようなものはほとんど持っていない。

 だから結婚指輪をお互いにつけていれば、他の人に説明をなしに察してもらえるかもしれない。


「あれ、ヘルヴィさんが知ってたんですか?」

「……ああ」

「それなら教えてくれれば、もっと早く買えたんじゃないんですか?」


 ヘルヴィもテオもお揃いというものを、口に出してはいなかったが欲しかった。

 だから今回、店員が指輪を持ってきたとき、ヘルヴィは心が踊ったのだ。


 しかしなぜもっと早く言わずに、今まで黙ってそのような店に行くまで伝えなかったか……。


「……女々しくないか? 指輪を買いたいと私から言うのは、その、普通の女が言うのだったらいいが……私には、そのようなことは変だと思ってな……」


 恥ずかしそうに顔を赤らめて、テオに見られないように軽く手で顔を隠すヘルヴィ。


 その言葉、仕草にテオはどきっとしながらも、大声で言う。


「へ、変じゃないです! ヘルヴィさんは、可愛い女の子なんですから! すごく、可愛いです!」

「なっ……!?」


 街中で叫ばれた言葉に、ヘルヴィはより一層顔を赤くする。


「か、可愛いなど、私には合わない言葉で……!」

「そんなわけないです! ヘルヴィさんはこの世で一番可愛いです!」

「くっ、いや、テオ、私は可愛いよりも、綺麗とかカッコいいとかが合っていて……!」

「じゃあヘルヴィさんは、この世で一番綺麗で、カッコよくて、可愛いです!」

「くぅ……!」


 とても真っ直ぐな言葉で、真っ直ぐな想いでそう叫ばれて、ヘルヴィは何も言えなくなる。


 そしてヘルヴィはここが街中のど真ん中だということに気づいてハッとして、その途端周りの声が聞こえてきた。


 女性のほとんどは黄色い歓声を上げていて、男性の一部も興味深そうにこちらを見ている。

 他の者達は「見せつけやがって……」と小言を言ったり思ったりしていた。


「い、移動するぞ、テオ」


 先程のように小言を言っている奴らに報復をするという余裕もなく、ヘルヴィはテオの手を引いて早足にその場を去る。

 本当なら瞬間移動したいところだが、見られてる人の数が多いのでそれは出来ない。


 テオもようやく注目されていることに気づいて、顔を赤らめて下を向きながらヘルヴィに連れられて行く。



 しばらく歩き、二人は一息つく。

 周りにはもう二人に注目している人が、いないとは言わないが、それはヘルヴィの美貌に惹かれているものだけだ。


 先程の告白で注目している人間はもういない。


「す、すみません、ヘルヴィさん。僕のせいで……」

「いや、元を辿れば私のせいだ。テオが謝ることはない」

「じゃあ、お互い様ということで……」

「ふっ、そうだな」


 二人は頬を赤くしたまま、顔を見合わせて笑う。


「さっき言ったことは、全部本心ですから!」

「わ、わかってるから、そう何度も言うな」


 二人はそんなことを話しながら、次の店へと向かった。



 ◇ ◇ ◇



「お前ら、あの女見たか?」


 ある貴族の男が、馬車の窓から見た女性に見惚れて、しばらく経ってからそう言った。


「いえ、見てませんでした、どうでもいいので」

「なんで見てない! あんな美女を!」

「知らないっすよ。窓の外なんて見てないんすから」


 男は目の前に座っている護衛の二人に苛立ちながらも、先程見た美女のことを思い出す。


「あんな極上の女、この世に一人とないぞ。私が出会った女の中でも、比べ物にならない」

「うち達よりもっすか?」

「お前らは別に顔で売っていないだろう。まあ見れない顔ではないが」

「光栄ですね、クソ野郎」


 その男に雇われているにもかかわらず、二人の護衛は汚い言葉遣いを使っている。

 しかしいつものことなのか、男は気にせずに話す。


「絶対にあの女は手に入れる、なんとしてでもだ」

「女なんてどうでもいいっすねー、良い男いないかなぁ」

「私も良い男を探したいので、暇を貰ってもいいでしょうか?」

「ダメに決まっているだろう。あの女が手に入った後ならいいぞ」


 それを聞いて二人の護衛は、口角を上げてニヤついた。


「ありがとうっす。だけど最近はなんか良い男いないんすよねー」

「そうですね。もうちょっと良い男がいればいいのですが」



 ヘルヴィがこの者達に気づいていたのであれば、必ず報復をしていただろう。


 しかし先程の報復する余裕もなかったときにすれ違ったのと、馬車の中にこの者達がいたので気づかなかった。


 運悪くも見逃してしまったので、今後の悲劇を生み出してしまった。



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