第50話 ボス戦

 いつものイチャイチャとは違う雰囲気で、抱きしめ合うテオとヘルヴィ。


 ジーナとセリアはそれを後ろで見守っていたが……二人同時に、背後に殺気を感じて振り返る。


「はっ、いいな、俺の部下たちを一方的に殺すことができるなんてな」


 一人の男が、木に背を預けて立っていた。


 ジーナとセリアとの距離は三メートルほど。

 二人ほどの実力者だと、その距離だったら気配に気づく。


 しかし今目の前にいる男は、自分たちに気づかれずにその距離まで近づいていた。


 それだけで二人は警戒心を最大限に上げた。


「お前も盗賊かな? まあ見ればわかるけどさ」

「ご名答、こいつらの頭、ボスをやっている」

「でしょうね。一人だけ雰囲気が違うもの」


 他の盗賊たちと服などはほとんど変わらない、黒っぽい服。

 それなのに、他の奴らとはかけ離れている雰囲気を持っていた。


「お褒めに預かり光栄だ。お礼として……死をあげようと思うが、喜んでくれるか?」

「女に与えるものとしては、最低だね」

「女だけじゃなくて、人に与えるものとして最低ね」

「ははっ! そんなに褒めるなよ、照れるだろ」


 一触即発の空気の中……先に動いたのは、ジーナだった。


 地面を蹴っ飛ばし、一気に近づき顔面へ向かって拳を振り切る。

 本気の速さ、本気の力で。

 常人だったらまず避けられず、顔面が陥没するだろう。


 しかし紙一重で避けた盗賊団のボスは、カウンターを狙う。

 先程の戦いを見ていたボスは、ジーナの身体の硬さを理解していた。


 だからこそ、狙う場所は――。


「――っ!」


 ジーナは常人離れの反射神経で、顔を右に傾けてギリギリ避けた。

 少し掠ってしまったので、すぐにそこから離れてセリアの後ろまで下がる。


「あっぶな……! あいつ、目狙ってきた……!」


 目の横に一線の血筋が走っている。


 離れていったジーナを見て、ボスはニヤリと笑った。


「そりゃ狙うだろ、そこ以外狙いどころがないんだから」

「よく言うよ、指で私の肌に傷つけられる奴が」


 顔の肌も同様、鋼鉄魔法で硬くなっているのにもかかわらず、目付きの指が掠った肌には傷がついていた。


 ボスは「気づかれちまったか」と笑っている。


「俺の身体は特別でな。生まれたときから、鉄ぐらい硬いんだよ」

「えっ、何それズルいんだけど」


 思わず素でそう呟いてしまったジーナ。



 この世界には稀に「特異生物」というものが生まれる。


 それは人間だけではなく、魔物にも当てはまる。

 むしろ魔物の方が多い現象だ。


 その種族では考えられない体質を持って生まれた存在を、「特異生物」というのだ。


 人間の肌、身体は鉄の硬度はもちろん持っていない。

 ジーナのように魔法を使わずにも、鉄の硬度を持つボスは「特異生物」なのだ。


「だけど鉄ぐらいだったら私の肌は傷つかないんだけど……」


 鍛えて鉄以上に硬くなった、ジーナの鋼鉄魔法。

 そうでないと剣で肌が切れないなんてことはない。


 つまりボスの攻撃は剣以上に鋭いということだった。


「そこまで教える義理はねえな。もうちょい褒めてくれれば教えてやるが」

「よっ! 最低! クズ! 人間のゴミ!」

「最後の方は褒め言葉じゃねえだろうが!」

「えっ、だってさっき最低って言って喜んだじゃん」


 ちゃんと本心から全部言ったのに、と不思議そうにするジーナ。


「くそっ、舐めやがって……!」

「舐めてるのはどっちよ」

「――っ!」


 ボスは横から風を感じた瞬間、すぐさましゃがんだ。

 すると自分の隣にあった大木が、音もなく切れた。

 切れた場所は、ボスの首があったところと同じ高さだ。


 さすがに焦ったのか、引き攣った顔でセリアを見る。


「あら、今のを避けるのね。さすがだわ」

「はっ、容赦ねえな。俺のイカしてる髪が切れちまったじゃねえか」

「ごめんなさいね、次は髪は傷つけずに殺ってあげるわ」


 ボスも焦って驚いていたが、セリアは表情には出していないが内心ではかなり驚いていた。


 あれほど意表を突いて、油断だらけのところを攻撃したにもかかわらず、避けられた。

 反射神経と、身のこなしの速さが異常だ。


 ジーナも見ていたのでわかったが、ボスはその二点に関しては確実にジーナ以上だった。


 先程のジーナの顔面への攻撃を紙一重で避けて、カウンターで目を狙うなど普通はできない。


「セリア! 支援して!」


 ジーナはもう一度踏み込み、殴りに行く。

 一度でも当たればボスの身体が鉄だろうが、軽傷じゃすまないだろう。


 しかし何度も何度も拳を振るっても、簡単に躱されてしまう。


 そしてまたボスが目を狙って指を刺そうとしたが……指がギリギリで止まる。

 止まった瞬間を狙ってまた殴られそうになるが、余裕をもって躱す。


「あっぶねえ、目のところに魔法があったじゃねえか」

「よく気づいたわね」


 ジーナの目にはセリアの風魔法がかかっていて、あのまま指を突き出していたらいくら鉄の硬度といっても切れて指が無くなっていただろう。


「じゃあ正攻法で、ぶん殴って殺すか!」

「上等、やってみろ!」


 そして真正面から殴り合う二人。

 戦闘狂の二人はどちらも顔には笑みを浮かべている。


 その笑みを先に崩したのは……ジーナだった。


 肉薄しているのもかかわらず、ボスは全ての攻撃を避けて受け流す。

 ジーナは致命傷は喰らわないが、確実に攻撃を受けて血が飛んでいる。


 一度二人が離れると、ボスはほぼ無傷、ジーナは露出している肌からは血が出ていた。


「あいつの拳なんか変だよ。当たったところが抉えぐられるみたいな感じ」

「これが俺の技だ。普通の人間に当たったら、一発で骨まで見えるぐらい抉れるんだけどな」


 ジーナだからこそ皮膚だけで済むが、セリアが喰らえば一溜まりもない。

 鋼鉄魔法をしているジーナも、ずっと喰らっていたら命に届きうる。


「うーん、私の攻撃も簡単に避けられるのよね」


 二人が殴り合いをしているときに風魔法で攻撃しているのもかかわらず、簡単に避けられてしまっている。

 やはり回避能力は今まで見たことがないほど高い。


 ジーナとセリアが人間に対して、これほど苦戦するのは久しぶりだった。



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