第40話 山での初戦闘


 四人が山に入ってから、数十分後。

 二体の魔物を見つけた。


 その名は、ブラックベア。

 真っ黒な体毛を持った、巨大な熊の魔物である。


 体長は優に四メートルは超えており、とても獰猛で人間を見たらすぐに襲いかかってくる。


 一般人だったら見つかってしまうと、死を覚悟しないといけない相手だ。

 逃げようとしても人間の足の速さを、その巨体ながら簡単に上回る。


 一体でも対処が難しいのに、そのブラックベアが今回は二体いる。


 普通だったらこの魔物を見つけた瞬間、見つからないように迂回するだろう。

 腕に多少自信があっても、この魔物を倒すにはその程度じゃいけない。



 しかし……。


「久しぶりに見たなぁ、ブラックベア」

「そうね。前にこいつを食べたけど、肉が固くて食べられたものじゃなかったわ」

「……雑魚だな」


 三人は余裕でこの魔物を前にしても、普段と変わらない様子だ。

 ジーナとセリアは昔のことを少し思い出し、ヘルヴィにいたっては興味が湧かない相手のようだ。


「だ、大丈夫ですよね……?」


 テオは三人がいれば大丈夫とわかってはいるが、さすがに怖いのでヘルヴィの後ろにいる。

 自分一人だったら絶対に見つからないようにする相手だ。


 ブラックベアはいきなり目の前に敵が現れたと思い、二歩足で立ち上がり大声をあげる。


「ひいっ……!」


 自分の倍以上ある巨体さを目の前にして、テオは涙目でヘルヴィの後ろに隠れる。


(くっ……可愛い……!)


 自分の服の裾を無意識なのか握っているテオを見て、少し顔を赤くする。


(テオを怖がらせたことは万死に値するが、この姿を見せたのはナイスだ)


 興味がなかった相手に殺意はあるものの、感謝もするヘルヴィだった。


「ここは私たちがやろうかなー」

「そうね、ヘルヴィさんとテオは見てて」


 二人がさらに前に出る。

 それぞれ一体ずつ、という感じでブラックベアと対峙した。



 最初に動いたのは、ジーナと対峙したブラックベアだった。

 立ち上がったまま、右腕を思い切り上から振り下ろしてジーナに攻撃する。


 大木の幹ぐらいの太さをもった右腕。

 そんなデカい腕がとても力強く振り回される。


 普通の人間だったら当たったら吹き飛び、即死する可能性もある。


 ジーナはその腕を避けずに――。


「ほいっと」


 左腕一本で、軽く受け止めた。

 その瞬間、今の攻撃力を証明するかのようにジーナの足が地面に少しめり込んだ。


 鋼鉄魔法をかけたジーナだったら、このくらいの攻撃は余裕で受け止められる。


 一撃で倒せなかったのに少し驚いたブラックベアだったが、すぐに左腕でまた攻撃をする。

 ジーナの胴体へ横薙ぎに振り回される。


「よいしょ!」


 ジーナは右足を上げ、蹴るようにして左腕を弾いた。

 力強く左腕を蹴られたので、巨体な身体が後ろへと下がった。


 蹴られた左腕はとても分厚い体毛と脂肪に覆われているにもかかわらず、折れている。


 力で負けて後ろに下がり、左腕も折れたブラックベア。

 しかし野生の強さなのか、全く怯んだ様子を見せずにもう一度覆いかぶされるように襲う。


 今度は噛み付こうとしているのか、口を大きく開けている。


「ばいばい、ベアちゃん」


 近づいてきた顔に、ジーナは右手を振りかぶり、鋼鉄の拳でぶん殴った。


 その拳は左のこめかみを正確に貫き、ブラックベアの巨体な身体が吹き飛んだ。

 近くにあった大木にぶつかったが、それが折れるほどの勢い。


 そして倒れ伏したブラックベアは、もう動くことはなかった。


「よし、いっちょあがり!」


 ジーナはそう言って振り向いて、ヘルヴィとテオに向かってピースをした。


「ふむ、あのくらいは余裕だろうな」

「さ、さすがです、ジーナさん!」

「いぇーい!」


 テオに褒められて嬉しそうに笑うジーナ。


「遅いわよ、もっと早く終わらせなさい」


 ヘルヴィの隣には、すでに戦闘を終わらせたセリアがため息をついていた。



 セリアとブラックベアの勝負は一瞬。


 ブラックベアが攻撃をしようと右腕を上げる……いや、上げようとしたが、できなかった。

 なぜなら右腕は切れていて、地面へと落ちていたから。


 ならば左腕、と思ってもすでになかった。


 次の攻撃を繰り出そうと考える暇もなく、頭と首が離れて頭が落ちた。

 全てセリアが放った風の刃で切り落としたのだった。


 普通の魔法だったら傷一つ付かないブラックベアの身体を、簡単に切り裂いたセリアの風魔法。

 普通の人だったら受け止めることができない攻撃を軽々止め、そして一撃で仕留めたジーナの拳。


 ヘルヴィには勝てなかった二人だが、この世界では強者という立場に変わりはなかった。



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