第32話 旅の依頼


 ――翌日の朝。


 四人は傭兵ギルドで集まっていた。

 旅に行くという話をしてから、ジーナとセリアは宿に帰ったのだ。


「おはよう、テオ、ヘルヴィさん」

「おはようございます、セリアさん」

「ああ、おはよう」


 ジーナ以外が挨拶をして、テオがジーナにも挨拶をしようとすると。


「お二人とも、『ゆうべはお楽しみでしたね』!」

「……? どういう意味ですか?」


 心底不思議そうに、テオが頭を傾げる。


「あ、あれ? わかんないの?」

「ジーナ、あなた本当にそれを言ったのね……」


 昨日二人はテオの家から宿に戻り、話したことといえばテオとヘルヴィのことだ。


 テオが可愛い、ヘルヴィさんも意外と可愛い、ヘルヴィさんはなんであんな強いんだろう……などなど。


 そして一番盛り上がったのは、やはり夜の生活についての妄想だった。

 お互いに妄想したことを話し、さらに妄想を広げた。


 そして今日会ったときに、ジーナが今の言葉を絶対に言いたいと話していたのだ。

 セリアはやめなさい、と言っていたのだが、我慢できずにジーナは言った。


 もちろんそういう知識がないテオは、何のことだかわからない。


「へ、ヘルヴィさんは……わかるよね?」


 テオに不思議な人を見る目で見られてたじろぐジーナは、ヘルヴィを見た。


「……なんのことだかわからないな」

「あっ、嘘だ! 絶対分かってる!」


 わかりやすく目線を逸らしたヘルヴィを指差して、大声をあげたジーナ。

 横を向いてヘルヴィの耳が見えるが、赤くなっているのがわかる。


 今まで無関係を装っていたセリアも、ヘルヴィの反応を見てニヤリと笑った。


「へー、意外とヘルヴィさんってそういうことに興味津々なのね」

「お前らに言われたくないぞ」


 ヘルヴィは二人が自分とテオで妄想をしたことを知っているので、そう言った。


 ……その妄想を覗いて少し興奮し、二人が帰ったあとにすぐにキスをしたのは内緒である。


 もともとヘルヴィは心の中の妄想を、見ようとしなければ見れないのだ。

 つまりはそういうことだろう。


「テオくーん、ちょっとヘルヴィさん借りるねー」

「えっ?」

「テオは先にギルドで依頼を探しててくれるかしら? お願いね」

「は、はい……」


 二人はヘルヴィを連れて、テオから離れていった。

 ヘルヴィも特に抵抗することなく、連れていかれた。


「な、なんか昨日もこういうことあったなぁ」


 受付嬢たちに連れていかれたヘルヴィの姿を思い出しながら、テオは先にギルドへと入った。



「泊りがけの依頼?」


 受付嬢のフィオレがそう聞き返した。


「はい、ヘルヴィさん、それにジーナさんとセリアさんの四人で行こうと思っていて」

「それなら何があっても大丈夫そうだね」


 昔この街では最強だと言われていたジーナとセリアに、伝説の生き物キマイラを単独で殺したヘルヴィ。

 その三人が揃っていて危険なことが起こるなど、ほとんど考えられないだろう。


「だけど最近はそういう依頼も来なくなったからなぁ……ちょっと待ってね」


 依頼書を何枚も見ていくフィオレ。


 泊りがけの依頼は難しいものが多く、傭兵ギルドに来ることはなかなかない。

 魔物を狩るような単純な依頼しか普通は来ないのだ。


 ジーナとセリアがいた頃は二人に指名依頼として来ていて、それにテオが補佐としてついていくことが多かった。


「あっ、一つだけあったよ。結構前の依頼だけど」

「本当ですか! よかった……!」


 テオは嬉しそうに頰を緩める。

 みんなと一緒に旅をしたいのに、その依頼がないとできなくなってしまうから安心した。


「だけどこの依頼……ちょっとなぁ……」


 その依頼書を眺めながら、フィオレは少し眉を顰める。


「ど、どうしたんですか?」

「……ううん、なんでもないよ。一泊か二泊ぐらいする依頼になると思うけど、大丈夫?」


 フィオレはすぐに笑顔になって、誤魔化すようにそう問いかけてくる。


「は、はい、大丈夫です」

「うん、わかった。ところで他の三人はどうしたの?」

「なんだかジーナさんとセリアさんが、ヘルヴィさんに話があるみたいで……」



 一方その頃、ギルドの外の三人は……。


「えっ!? してないの!?」


 ジーナが驚愕の事実に目をまん丸にしていた。


「声が大きいぞ、お前」

「ご、ごめんなさい……だけど、本当に?」

「ああ、そうだ」


 ジーナのように声を上げて驚いてるわけではないが、セリアも同じくらい心の中では驚いていた。


「手を繋ぐくらいで顔が赤くなってるから少しおかしいと思っていたけど、そうだったのね……それなら納得だわ」

「う、うるさい。しかしまだ結婚して二日目だからな、これからだ」


 ヘルヴィは焦ってはいない。

 これからテオとはずっと一緒にいるのだ。

 いつでもするチャンスはあるだろう。


「だけどテオ君がそんなに知識がなかったなんて……ふふっ、コウノトリが赤ちゃんを運んでくるって信じてたの、きっとテオ君ぐらいだよ」

「そうね……だけどヘルヴィさん、あなたはそういう知識はあって、その、欲もあるのよね?」

「……ああ、否定はしない」


 ここにテオがいたら絶対に聞けない。

 女同士だからこそ話せる会話だろう。

 セリアは問いかける。


「その、我慢するの辛いでしょう?」

「あー、私も思う。テオ君可愛いもんねー」

「……ふっ、ふふふ」


 ヘルヴィは不気味に笑うと、正直な気持ちを話す。


「ああ、すぐにでも襲いたい。あんなに熟した果実を目の前に置かれて食べられないなんて、辛すぎるぞ。拷問に近い。いつか我慢できずに襲ってしまうかもしれん」

「や、やっぱりそうよね」

「なんか生々しいなぁ……テオ君に怪我させないようにね?」

「私がテオに怪我をさせるわけないではないか。力加減は案外得意だからな」

「うん、戦ったから知ってるけど、ちょっと方向性が違うと思うなぁ……」


 そんなことを少し話して、三人はテオが待つギルドへ入っていった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る