第22話 お返しの


 その後、二人は朝食を食べて家を出てギルドに向かう。


 家を出るときに、テオが恥ずかしがりながらも決心して。


「へ、ヘルヴィさん……!」


 先に出ようとするヘルヴィに声をかけ、


「ん? どうし……っ!」

「んんっ……!」


 振り返った瞬間を狙って、キスをした。

 今回はヘルヴィが屈んでいないので、テオは背伸びをして。

 振り返った瞬間に合わせてするので先程よりも難しいはずなのに、完璧に唇が重なった。


「ど、どうでしたか……? う、上手くできましたか?」


 テオは恥ずかしそうに目を伏せながらも、反応を伺うようにチラチラ上目遣いでヘルヴィを見る。


「〜〜っ!」


 今度はその姿や行動を見て、顔を真っ赤にして見惚れたのはヘルヴィの方だった。


(可愛い可愛い可愛い……! なんということだ、悪魔の私がしてやられた。あんな近くにテオの顔があって固まってしまった、予期せずにキスをされるとは……! なんて、最高なんだ……!)


 実際キスは一瞬すぎて、感触などまるでわからなかった。

 しかしそれまでに至る行動や、その後の仕草が至高すぎた。


 テオが朝食のときにどうやってキスを仕返そうか考えていたのはわかっていたが、思考を読まないようにしていた。

 自分に悟らせないように頑張って考えるその姿も可愛かったし、何より自分のためにそこまで考えてくれるのが嬉しかったのだ。


 だがまさか、こんな早くにやられるとは思っていなかった。


「その、い、行きましょうか……!」


 何も言わないヘルヴィを見て、気まずくなったテオがそう言って家を出ようとした。

 前にいたヘルヴィを追い越そうとした、そのとき……。


「テオ」

「えっ……っ!」


 肩を引かれ強引に振り向かされ、口を塞がれた。


 そしてそれから数十分ほど……ギルドに着くのが遅れたのは言うまでもない。



「あっ、お、おはよう、テオ君。へ、ヘルヴィさん」


 いつもよりも少し遅れてギルドに来た二人に、フィオレはそう声をかけた。

 フィオレの顔は二人を見た瞬間、少し赤くなった。


「おはようございます、フィオレさん」

「……おはよう、フィオレ」


 テオは元気よく、ヘルヴィは少し気まずそうに応えた。


「フィオレさん、今日は僕ができる依頼ありますか?」

「今日は結構あるよ。はい、依頼書」

「ありがとうございます!」


 カウンターで何枚かの依頼書を渡され、一枚一枚しっかり読み込みながら選ぼうとする。


 その間、フィオレとヘルヴィは何も話さないのに目が合っていた。


(ヘルヴィさん、聞こえますか? 聞こえてますよね?)

(……聞こえてるぞ)


 言葉で話してないが、頭の中では話していた。


(その、昨日はどうだったんですか? その、初夜の方は……)


 フィオレは昨日、ヘルヴィに送ってもらってから『初夜』のことを聞いて、ずっと気になっていた。

 気になりすぎて寝付けず、フィオレも少し今日は遅刻をしてしまったのだ。


 だから今日は会ったら、絶対に聞こうと思っていた。


(その、し、したんですか?)

(……何をだ?)

(わ、わかりますよね!? ベッドで、その……)


 側から見るとただ何もしてないのに顔が赤くなってるフィオレ。


(はぁ……していない)

(えっ……? してない、んですか?)

(ああ、していない。というよりも、できなかったのだ)


 ヘルヴィはできなかった理由を教える。

 主に、テオの性知識の無さを。


(そ、そうだったんですね……テオ君、純情だなぁ)

(純情どころの話ではない。下心が全くないと、まさかこちらが困るとは……)

(そ、そうですよね。ヘルヴィさんも、その、したいですよね……?)

(ああ、したい。すぐにでもしたい。昨日襲わなかった私を褒めて欲しい)


 それから、ヘルヴィはフィオレに昨日の夜の出来事を事細かに話した。

 もちろん頭の中で。


(そ、そんなキスをしたんですか……)

(ああ、最高だった。そして今日の朝もずっとキスをしていたら遅れたのだ)

(だ、だから遅かったんですね)


 そうして頭の中で会話をしていると、ヘルヴィは他の受付嬢に声をかけられた。


「あの、ヘルヴィさん。ちょっとこっち来て」

「ん? なんだ?」

「ちょっと聞きたいことがあって」


 その受付嬢の後ろには、何人もの受付嬢が固まって楽しそうに待っている。


(あ……すいません、ヘルヴィさん)

(なんだ?)

(さっき、テオ君とヘルヴィさんが昨日初夜を迎えるってことを、他の受付嬢たちにも話しちゃいました)

(何を言ってくれてるんだ、お前は)


 フィオレが仕事に遅れることは珍しく、受付嬢たちから質問攻めにあったのだ。

 昨日はテオの家にフィオレが行ったということを知られていたので、なおさら他の人たちは気になる。


 問い詰められて、そのことを言ってしまったのだ。


 だから他の受付嬢たちも、テオとヘルヴィが来るのを今か今かと待ち望んでいた。


「ちょっと昨日のことを聞くだけだから。いいでしょ?」

「……ああ、わかった。テオ、ちょっと私は話してくる」

「あっ、はい、いってらっしゃい」


 テオは不思議そうにしながら、受付嬢に連れていかれるヘルヴィを見送る。


「皆さんは何を聞きたいんですかね? フィオレさん」

「さ、さあ? なんだろうね?」


 少し引きつり気味に笑いながら、フィオレは誤魔化した。

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