第20話 初めてのキス


「あっ……」


 ヘルヴィの綺麗な顔が近づいてきて、思わずテオは声を上げた。


 しかし次の瞬間には、言葉を漏らすことはできなくなった。


「んんっ……!」


 二人の唇が、重なった。


 重なる瞬間、テオは思わず目を瞑った。

 そしてこの世のものとは思えないほどの柔らかいものが、唇に当たるのを感じる。


 上から覆いかぶさるように、自分の口を塞いでくる。


「んっ、あぅ……!」


 キスのときは鼻で呼吸をすればいい、なんて思いつかないテオは、必死に喘ぐように口で空気を吸おうとする。


 その様子を、ずっと目を開けているヘルヴィが見ていた。

 絶対に可愛い姿をする、と思って目を瞑らないようにしていたが、それが大正解だと自分を褒めた。


(可愛い可愛い可愛い。目を思いっきり閉じてるテオ可愛い。唇柔らかい。口から息をしようとしているテオ可愛い)


 テオの姿を見て鼻息が少し荒くなってしまうヘルヴィは、一度顔を離す。


 離れるとき、テオの顔が前に出てくる。

 まるで「まだキスをしていたい」と訴えるかのように。


「あっ……」


 そして離れた瞬間、名残惜しそうな声を上げ、目を開けて上目遣いに寂しそうな顔を浮かべる。


(ああ……もう、テオ……私にそこまで、襲って欲しいのか……!)


「テオ、鼻で息をしろ……そうすれば、長くできる」


 鼻と鼻がくっつきそうな距離で、ヘルヴィがそう言った。


「は、はい……」


 蕩けた目でヘルヴィの顔を見つめながら、返事をする。

 まだできると聞いて、頰を赤く染めて嬉しそうな顔をしている。


 そしてまた、二つの唇が一つとなる。


 今度は鼻で息をしているテオ。

 そうすると互いに近い距離で鼻呼吸をすることになり、相手が出した息を自分が吸うことになる。


(甘い……口だけじゃなく、息すら甘い、美味しい……)


 テオの息を吸うヘルヴィが、もっと鼻息が荒くなる。

 テオも鼻息が荒いことを考えると、お互いに「甘い、美味しい」と思っているのかもしれない。


 そして今まで唇を重ねているだけだったが、ヘルヴィが舌を出す。


「んんっ……! ふぁ……んっ……」


 その異物の侵入に最初は驚いたテオだったが、なすがままにそれを受け入れる。

 むしろ入ってきた舌に、自分の舌も絡ませる。


 お互いにたどたどしい舌の絡ませ方。

 しかし夢中に、貪るようにキスをする。


 ヘルヴィの下がテオの口の中に入っていたが、途中からテオの舌がヘルヴィの中に入ってきていた。

 その舌を優しく、そして激しく口と下で包み込む。


「あぁむ……んっ……」


 悩ましい息を漏らしながらも、テオは必死に舌を出す。



 二人の体勢は、最初とは全く異なっていた。


 ヘルヴィは左手を壁に、右手をテオの顎に当てていた。

 しかし今は、左手はテオの首の後ろを通って、左肩を強く掴み。

 右手はテオの腰に当てて、引き寄せるように抱いていた。


 テオもキスをし始めたときは手の置き場に迷っていたが。

 今はヘルヴィの首に両腕を回し、抱きつくようにキスをしていた。


 ヘルヴィは意図して抱きしめていたが、テオは完全に無意識だ。


 無意識でやっているということがヘルヴィにはわかっているので、なおさら可愛くてクラクラする。


(可愛いよテオ……もうこのまま、全て食べ尽くしたい……!)


 キスをすれば自分の欲が収まると考えていたのだが、することによってさらに欲情していってしまう。


 ――何分、何十分していたのか……。


 ようやく二回目のキスは終わり、どちらからともなく唇を離す。


 お互いに息が荒くなっている。

 テオは興奮もあるが、普通に酸素が足りなくなって必死に呼吸をしている。

 ヘルヴィは息を数十分止めたくらいで息を荒げるほど辛くはならないので、ただ興奮しているだけだ。


「はぁ、はぁ……ヘルヴィ、さん……」


 頰が紅潮し、目がトロンと蕩けているテオ。

 その姿を見て、またすぐにキスをして襲いたくなるヘルヴィだが、ぐっと我慢する。


「はぁ、はぁ……どうだった? テオ……私との、キスは」

「その、とても、気持ちよかったです……」

「……そうか」


 いまだに顔と顔の間に拳が入るか入らないか、ぐらいの距離で話している二人。

 テオは恥ずかしそうに目を逸らす。

 その姿を見てまたキスをしたくなるヘルヴィだが、これ以上したら歯止めがきかなくなる。


「そろそろ寝るか。明日も早くにギルドへ行くのだろう?」

「えっ、あ、はい、そのつもりです」

「私はテオの部屋の隣、老夫婦の寝室のベッドを使っても大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。だけど最近掃除してないから、埃とか……」

「魔法で綺麗にするから平気だ」


 早く離れないと、もう止まれない。


 そう思いテオから離れて、寝室に向かおうとしたが……。

 小さな抵抗を感じて振り向くと、テオがネグリジェの裾を軽く掴んでいた。


「どうした?」

「あっ、その……!」


 思わず掴んでしまったようで、テオはすぐに手を離す。

 あたふたしながら、俯きながら言う。


「さ、寂しくなって、掴んじゃいました……すいません」

「くっ……!」


 心臓が爆発したように感じて、もう止まったのではないかと思い胸を抑える。

 しっかり動いていることを確認し、少しホッとする。


 悪魔であるヘルヴィが初めて、死を覚悟した瞬間だった。


 ヘルヴィはもう一回近づき、テオの顎に手を当てて顔を上げさせる。

 テオが「あっ……」と言った瞬間、軽く口を合わせるだけのキスをした。


「……これで大丈夫か?」

「……も、もう一回、お願いします」


 その後、十数回してから、二人はそれぞれ寝室に入って眠った。


 どちらも布団に入ってから、何十分も眠れなかったのは、言うまでもない。



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