第10話 ご褒美


「先程の無礼を詫びよう」


 男が部下に椅子を持って来させ座ると、第一声にそう言った。


「急に理解しがたい情報が入ってきて混乱していたのだ、すまなかった」

「ふむ、許そう」

「ぼ、僕は怒っていないので! 大丈夫です!」


 椅子に座って頭を下げる男に、二人はそれぞれ反応を見せる。


「私はネモフィラ兵団の兵士長を務めている、ラウロだ」

「テオ・アスペルです!」

「ヘルヴィだ」


 さっきまでとは違い、普通の話し合いが始まっていると周りにいる兵士たちはホッとしていた。


 ちなみにラウロ以外の兵士は、全員が壁際に立ってその会話を見守っている。

 近くに立っていると、またヘルヴィに膝をつかされると思ってのことだった。


「テオ殿の噂は聞いている。兵士たちの手伝いをしてくれているようだな、礼を言う」

「えっ、あ、いや……僕は何も……」


 テオは少しうろたえながら答える。

 なぜなら兵士たちの手伝いをするのは、規律的にギリギリなところだからだ。


 本当なら兵士の仕事を手伝うことなどしてはいけない。

 ましてや給金を貰うなんてもってのほかだ。


 兵士たちの仕事の中で最も嫌われているのが、魔物の死体処理だ。

 それをテオは手伝ったことが何回かある。

 そしてそれを対価に報酬をもらった。


 テオは兵士長であるラウロにそれが聞かされているとなると、もしかしたら罰則があるのかもしれないと怯えていた。

 彼の様子を見て、ラウロは苦笑する。


「君については何か罰を与えるつもりはない。君に任せた兵士には、少しばかりやるけどな」


 ラウロは壁際に立っている一人の兵士を見て、ビクッとしたのを確認する。


「あ、その……ぼ、僕が無理言って頼んだことなので、兵士さん方にはそんなに重い罰とかは……! 僕が代わりに受けますので……!」


 そう言ったテオに対して、ラウロは驚き呆れながらも彼への評価を上げる。

 とても優しく、責任感がある者だと。


(はぁぁぁ……! 可愛いよテオ、そのちょっと怯えながらもキリッとした顔がなんとも可愛い……!)


 隣で少し気持ち悪く悶えているヘルヴィを見て、よくわからないけど彼女の評価を下げるラウロだった。


「そんなに重い罰ではない。やるとしても一週間ずっと死体処理の仕事をする、といったものだ」


 その一言に壁際に立っている兵士は少し嫌な顔をしたが、テオは軽い罰だと思ったのでホッと一息ついた。


「さて、そろそろ本題に入らせてもらおう。君たちが持ってきたあの魔物。やはりキマイラで間違いないようだ」

「それはそうだろう」


 ヘルヴィとしては、なぜそんなことを一眼で判断できないのか、と兵士たちを不思議に思う。

 ラウロや他の兵士も噂に聞いていた通りの見た目をしているので、すぐにキマイラとわかっていた。

 だがにわかには信じ難かったのだ。


「倒したのは失礼だが、テオ君ではないようだな」

「は、はい。僕じゃあんな化け物倒せませんよ」


 ラウロは部下に聞いた話で、彼は弱くてゴブリンですら倒すのに苦労するというのを知っている。


 だからあの化け物を倒したのは、彼の隣にいる女性。


「ヘルヴィ殿、貴方が倒したということで間違いないか?」

「ああ、そうだ」


 何をいまさら、という感じで答えるヘルヴィに、ラウロは恐怖を覚える。


 キマイラの死体には、戦いをした跡がなかった。

 あのくらいの大きな魔物なら身体の至る所に傷をつけて、弱ってきたところに致命傷を与えて倒すというのが定石だ。

 その定石も兵士が十数人で囲って戦うというのが前提のものである。


 しかしキマイラにはそういった傷は一切無く、ただ首をぶった切った攻撃のみが死体からわかる戦いだった。

 いや、むしろ戦いにすらなってないだろう。


 あの化け物相手に、戦いをせずに一方的に殺せる者。

 先程ラウロが受けた攻撃なんて、本当に小さな力だったのだろう。


 本気を出していれば今頃自分は……想像してしまい、ラウロはゴクッと唾を飲み込む。


「この街の代表として礼を言おう。あの魔物には困らされていたのだ」


 国からの応援があと一ヶ月もかかると言われていた。

 その間にこの街に襲いにきていたら、被害は尋常じゃなかっただろう。


「このことを国に伝えれば報奨金や勲章が授与されるはずだ。それだけあの魔物は脅威だった」

「あれがそれだけの、な……」


 昔の弱肉強食の世界を知っているヘルヴィからすれば、キマイラなど最弱に近い存在だった。

 今の世ではそれが最強になっていることが驚きだ。


「す、すごいですねヘルヴィさん! 報奨金と勲章って!」


 テオは目を輝かせてヘルヴィの顔を見上げる。

 ヘルヴィとしてはその顔を曇らせたくないのだが……。


「いらんな」

「えっ……?」


 テオは不思議そうに声を漏らしたが、ヘルヴィは話を続ける。


「こういう勲章は私たちにとって足枷となる。例えば戦争が起きたときに、『勲章を渡したからこの国の民として戦え』とでも言うかもしれない」


 ヘルヴィは昔に、自分と契約した者がそうなったことを知っている。


 勲章を授けて国はその者を英雄として囃し立てるのだが、戦争に行くことを断った瞬間に立場は早変わり。

 裏切り者として国から追われることになる。


「私とテオにはどちらもいらぬものだ」

「……そうか」


 ラウロもヘルヴィが考えていることがわかったのか、それについては何も言わなかった。


「それなら国にこのことを伝えないほうがいいか?」

「ああ、そうしてくれると助かる」

「わかった」

「もう用は済んだか? それなら私たちは帰らせてもらうが」

「ああ、拘束したようで悪かった」


 ヘルヴィとラウロが立ち上がり、一拍遅れてテオも立つ。


「テオ、帰ったらお前から勲章の代わりにご褒美を貰いたいな」

「えっ……? 勲章の代わりに、何を……?」


 ヘルヴィは留置場の入り口に向かいながら、顔を見られないように答える。


「……手料理だ。約束、だっただろ?」


 その一言にテオは一瞬きょとんとした顔をするが、すぐにクスッと笑って言う。


「わかりました! 腕を振るって作りますね!」

「……ああ、頼んだ」


 テオはヘルヴィの赤くなった顔を覗き込み、彼女は見られないように手で隠す。


 イチャイチャしながら留置場を出ていき、その場に残っていた兵士はいきなりの桃色の展開に呆然としていた。


「まさか、テオに先を越されるなんて……!」


 後日、先程の二人の様子を見て、悔し涙を流しながら魔物の死体処理をしている兵士がいたとか、いないとか……。

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