【その二】

 鉄格子に食らいつき、とにかく外に出て自分の作戦とやらを邪魔してくれた憎き敵をぶちのめそうとしているのか、お姫様は凶暴な表情で鉄格子の向こうにいるユフィーリアへと殴りかかってくる。

 しかし相手は異世界において『最強』の二文字を背負う一人であり、もちろん戦場にも慣れているので怖気付くことはない。むしろ鉄格子めがけて突進してくるお姫様を嘲る節さえあった。


「言ったろ。こいつクソガキだって」

「分かるわー、これはクソガキだわー」


 殿しんがりを任されていたユーシアがうんうんと納得するように頷き、また臆病者であるはずのユウも「ちょっと……落ち着きが……お姫様っぽくないですね」と酷評を下す。

 暴れる獣よろしくガッシャンガッシャンと鉄格子を掴んで揺らすお姫様は、言いたい放題の七人に「きいいい!!」と金切り声を叩きつけた。それで混乱すると思ったら大間違いである。


「好き放題言ってんじゃないわよ!! 落ち着きってなに!? 勇者様との結婚を台無しにされた私に対する嫌がらせ!?」

「貴様、姫君を名乗るのであればもう少し品性を持った方がいいぞ」


 豊かな胸の下で腕を組み、呆れたような口調で言うユノ。この中で唯一の貴族階級なので、その言葉の重みは如何程か。

 お姫様は正論によって捩じ伏せられ、パタリと豪奢な寝台に倒れ伏した。そしてしくしくと泣き始める。


「そうよ……ええ、そうよ、分かってるよの。お父様にも何度言われたことか。お前は品性を持ちなさいと、王族らしく気品ある振る舞いをしなさいと……でもそんなの私じゃないの!! 私らしいってのはこういうことなのよ!!」


 ばふばふと悔しそうに枕を殴りつけるお姫様は、もう王族としての品位など皆無だった。

 七人は互いの顔を見合わせて、それからユーリが「仕方ないねェ」と前に進み出る。彼女の手には銀色の散弾銃が握られていて、くるりと大振りの散弾銃を回した彼女は、鉄格子を封じる錠前へと銃口を向けた。


「【鍵よ外れろ】」


 引き金を引く。

 銃声の代わりにガチャンと鉄格子を封じていたはずの錠前が外れ、キンと澄んだ音を立てて地面に落ちる。

 錆びたかんぬきを外して鉄格子の扉を開くと、お姫様はなにやら訝しげに七人を見つめていた。


「なんか訳ありって奴だろ。話だけなら聞いてやるよ」


 ワイングラスを手慰み程度に弄りながら、ユーイルが言う。

 涙に濡れた緑色の瞳を瞬かせたお姫様は、フンと鼻を鳴らして「仕方ないわねッ」と応じるのだった。


 ☆


 それはある時の話よ。

 私には生まれてから結婚する相手が決まっていた。私は今、一五歳。相手は一〇も年上の人よ。昔から遊んでくれるから兄のような感じの人だったけれど、まさか結婚相手だなんて思わなかったわ。

 でもね、政略結婚なんてどこの国にもある話なの。分かるでしょう? 私はどう足掻いたって、政略結婚の道具として他国に嫁ぐしかできないの。

 この国の後継は一番上の兄と決まっているし、私がこの国を守ることは一切ないわ。

 政治なんて分からないから、私が王位を継承することにならなくてよかったって心の底から思っているの。兄がこの国を守ってくれるなら、私は文句なんてない。


 私ね、こんなお転婆だから王国の民の生活を見るのが好きだったの。何度も変装して街に出たりしたわ。昔から魔法が得意で、王族の中でも魔力が一番強かったから、変装の魔法や擬態の魔法は得意だったの。

 そこでね、見かけたの。私の勇者様を。

 街の破落戸に襲われていた時に助けてもらって、そこで一目惚れしたの。恋に落ちるってこのことだったんだわ。

 その勇者様は、街の近くにある村で羊飼いをしている子だったの。その日はたまたま羊毛を卸にきていて、その帰り道だったみたい。

 でもね、羊飼いと王族が結ばれる訳ないの。私には結婚相手がいるし、お父様だって許してはくれない。

 だから考えたの。勇者様を本物の勇者様に仕立てて、私を仮初めの魔王から救ってもらって、あわよくば結婚までこぎつけてしまおうって。だっておとぎ話にはそういう話が多いでしょう? それが一番の名案だと思ったのよ。


「――それなのに、あなた達が邪魔をするからぁぁぁッ!!」


 荒れ果てた様子の玉座の間に、お姫様の号泣が響く。

 お姫様の独白を静かに聞いていた七人は、こそこそと円陣を作って作戦会議を開始する。


「え、なにこれ俺たちのせいって訳?」

「責任転嫁だねェ。こっちは女神に頼まれて戦争を終わらせたってのに」

「それがまさか人質に取られている姫君の起こしたもので、結婚する為の手段に使うなど誰が考えるか」

「おとぎ話に夢見すぎじゃねっていうツッコミは必要か?」

「あ、あの、でもこれって僕たちが悪いんですか? 戦争は誰でも嫌ですけど、お姫様からすれば僕たちはお呼びでないって感じですが」

「大体、呼び出したのって女神だろ。そっちに責任を押しつけろよ、オレらに責任は一切ねえよ」

「【否定】当機らの実力に不足はない」


 おそらくお姫様の幸せを考えずに呼び出した女神が悪い訳であり、別に勇者として呼び出された彼らは全く関係ないし罪もない。むしろ褒められるようなことをしたのだ。嘆かれる理由はない。

 だが。

 もし。

 

 睨みつけ、罵倒し、できることなら責任転嫁したいぐらいだが、全員はこのお姫様が起こした小さな我儘を無理やり終わらせてしまった罪は消えない。揃って頭を抱え、それからユーシアが項垂れるユウへと問いかける。


「なあ、ユウ。だったら本来の勇者様は一体どこにいるんだ?」

「え、あ、それは調べれば分かると思いますが……」


 首を傾げるユウだが、ユーシアのやりたいことをすぐに察知して、ポンと手を叩いた。


広域探索魔法ワイドサグリアっていう魔法を使えば、この世界全体から勇者様を探すことができます。ですが、名前を知らない限りはできないかと」

「おーい、お姫さん。お前の愛しの勇者様はなんて名前なんだ?」


 ユフィーリアの茶化すような言葉に、涙を流していたお姫様が「喧しいわよ!!」と苛立ちながら言葉を返し、


「ロイって名前よ。苗字までは知らないわ」

「ロイですね。分かりました、探してみます」


 すっくと立ち上がったユウは、頑丈な鎖によって雁字搦めにされた魔導書を解放する。鳥のように本のページをはためかせて高い玉座の間の天井すれすれを旋回していた魔導書は、主人であるユウの前に降りてくると真っ白なページに文字を浮き上がらせる。


おはようございますハローご主人様マスター。如何なさいました?】

「広域探索魔法を使う。ロイって名前の羊飼いを探して」

【かしこまりました】


 魔導書に手をかざしたユウは、青い光を放つ魔法陣を組み上げ始める。広域と銘打っているだけあって、その魔法陣は玉座の間いっぱいに埋め尽くすぐらいに巨大なものだった。

 煌々と輝く魔法陣をあっという間に完成させた最強の魔法使いは、凛とした声を響かせて魔法を発動させる。


「広域探索魔法!!」


 巨大な青い魔法陣が、ぐんと歪む。

 平たい円を描いていたはずのそれは、端の方からぐいっと曲がり、一つの球体となる。魔法陣を構成していた幾何学模様が大陸と大海を描き、さながら地球儀のような様相を取る。

 幻想的な輝きを放つ球体の、やや上に位置する大陸の一部がチカチカと赤く瞬いていた。ユウがその赤い光点に手をかざすと、探索結果が表示される。


【該当件数は一人だけです。現在はフィオーラ城にいます】

「お城に……? お父様に勇者として任命されたの!?」


 お姫様が驚く。

 これは彼女が仕組んだことなので喜ぶべきだろうが、どこか彼女は怯えているようだった。


「ダメ、戦争は終わってしまったわ。このままだと勇者様と会うことができずに、私は王城へ強制送還される。そんなの嫌!!」


 好きな人と結婚したいが為、我儘で世界中を混乱させたお姫様は嘆く。このままでは好きでもない相手と戦略結婚させられてしまう、と。

 しかし、彼女は失念していた。

 このままお姫様を放っておく気がない七人の勇者は、意地の悪い笑みを浮かべてお姫様に打診する。


「悲劇のお姫様に朗報だ。好きな人と結婚したいって我儘を貫き通す為に世界を敵に回したその覚悟、俺たちは大いに気に入った」

「いいじゃないか、そういう我儘。アタシは好きだねェ。そしてなにがなんでも叶えてやりたくなっちまうよ」

「素晴らしい強固な意志である。見事なものよ。我輩を揺り動かすその心意気に免じて、その不敬を許してやろう」

「誰かの助けてに応じるのが『最強』だからな。いいぜ、世界を相手にしていっちょ戦争してやろうじゃねえか」

「戦争は確かに悪いことかもしれませんが、それでも抗う姿勢は見せましょう。あ、あの、僭越せんえつながら僕もお手伝いしますので!!」

「めんどくせえけど、まあ仕方ねえ。乗りかかった船だしな。世界中の人間全員から血液を引き抜くぐらいならやってやる」

「【推測】敵は大多数の可能性がある。【更新】任務の遂行条件を更新する」


 ぽかんとするお姫様に、七人は言う。


「さあ、ちっぽけな戦争は終わりにしようかい」

「その戦争はアタシらが買ってやろうじゃないかい。金ならあるよ?」

「兵力も十全だ。我輩は勝利の女神と名高いのだぞ」

「『最強』の二文字を背負ってるんだ。負けるような戦いはしねえさ」

「あ、あの、魔法の実力なら誰にも負けないので!! どうか安心してください!!」

「全員の鮮血を使えばすげえ武器が作れそうだなァ」

「【提案】当機の兵装は贋作であるが、一級品ばかりだと自負している」


 ――さあ、戦争をしよう。

 ちっぽけな我儘に終わりを告げて、今度は本当に、好きな人と幸せになる為に。

 お姫様は涙に濡れた緑色の瞳を瞬かせ、それから笑った。


「お姫様って呼ぶのはやめて。私はエッタ――この時から、私がただのエッタと名乗るわ」


 膝をついたお姫様は立ち上がり、煌びやかなドレスのスカートをわざと破いて、背筋を伸ばして凛と言い放つ。

 その瞳には、再び世界中を敵に回してやろうという気概が見えた。


「勇者様の為なら、私は姫君の立場を捨てる。お父様と戦争をするんだもの、それぐらいはしなきゃね」


 姫君という冠を脱ぎ捨てた少女は、自分の我儘を貫き通す為に再び戦争を起こすことを決意する。

 今度は一人ではなく、異世界から召喚された七人の勇者の手を借りて。

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