第三章【それは虚数の彼方の戦場】
演算開始。
色が抜け落ちた純白の
戦場の定義を再認識。敵性勢力の再認識。兵装を展開。
ユーバ・アインスの背後に巨大な砲塔がいくつも展開され、その全ての銃口がのっそりと立っている巨大な人形へと向けられる。つるりとした頭部に浮かぶ巨大な赤い光がユーバ・アインスを睨めつけ、妖しげに輝いていた。
「【展開】
一つの砲塔が展開。砲口から青い光が放たれて、巨大な人形にぶち当たる。
べちゃり、と粘性の液体に全身を包まれた人形は、不快感からか液体を振り払おうとするが、粘性の液体はベタベタと体にまとわりついて離れなくなっていく。それどころか、動きにすら支障が出てくるほどだ。
ついには体に腕を固定されてしまった人形は、赤い光を明滅させてユーバ・アインスを睨みつけた。「なにをした」と言っているようだったので、ユーバ・アインスは仕方なしに答えてやる。
「【警告】当機の兵装『深海潜行』は接着剤の役割も果たす。【補足】本来の用途は拘束具であるが、電撃を通しやすいという利点がある」
ユーバ・アインスはもう一つの砲塔を展開させる。
砲口から雷撃――『
しかし、人形はなおもそこに立ち続けていた。ユーバ・アインスの攻撃を受けても二本足で立っていられるとは驚きだが、ここが異世界ならばユーバ・アインスと並び立つ性能を持つ人形がいてもおかしくはないだろう。
「【思案】これでもダメか」
『深海潜行』を使ってから『超電磁砲』を展開すれば、大抵の敵はすぐに黒焦げになるのだが、どうにもこの人形だけは上手くいかないようだ。
ユーバ・アインスは首を傾げる。様々な兵装を用意しているのだが、とりわけ『超電磁砲』は強力な兵装なので恐れられている。充電にも時間がかかるので、ユーバ・アインスとしてもあまり使うことはしたくないのだが。
「【推測】弱点を突かなければ倒せない?」
ユーバ・アインスは一つの結論に辿り着く。
なるほど、確かユウ・フィーネが言っていた。魔力駆動のものは魔力によって修復されるので、この人形も同じようなものなのだろう。この人形は魔力によって動いているようなので、ユウの仮説は立証される。
困ったことになった。ユーバ・アインスの世界には魔力というものは存在せず、その魔力を感知する為の兵装を有していない。その兵装をどう作るべきか――。
「【名案】そういえば一つだけあったか」
思い出した。
アウシュビッツ城の結界を解除する際に、ユウ・フィーネは魔法を探知する魔法を使っていたか。眺めていただけなのでよく分からないのだが、再現はできるかもしれないだろう。
「【質問】ユウ・フィーネの魔法である『
――【肯定】類似するものであれば再現は可能。
「【了解】再現を開始してくれ」
視界の端でざらりと数字が流れ落ちていく。
人工知能がユウ・フィーネの魔法を再現してくれるのだが、その負荷が大きすぎてユーバ・アインスはくらりと眩暈を覚える。魔法を再現しようとしたことがなかったので、まさかここまで負荷がかかるものだとは思わなかった。
まさか、あの少年にも同じような負荷がかかっていたというのか。
あの、年端もいかないような少年が。
――【警告】これ以上の再現は不可能。【推奨】早期の中断。
「【否定】ッ!!」
ユーバ・アインスは警鐘を鳴らした人工知能に、拒否の意思を叩きつける。
機械人形故に意思は持たないはずだが、ユーバ・アインスの拒否は自然と出てきた。
ここで止める訳にはいかないのだ。ここでやめれば、確実にこの巨大な人形は戦場へ向かうことだろう。それだけは阻止しなければならない。
この獲物は、ユーバ・アインスのものだ。
「【命令】現状のままで構わない、兵装の展開を!!」
――【了解】兵装の展開を開始。【命名】【
「【展開】魔力探知!!」
ユーバ・アインスの視界を覆うようにゴーグルが出現し、人形の表面を光が通り過ぎていく。
光が通り過ぎていくにつれて、ユーバ・アインスの人工知能が喧しいぐらいの警鐘を鳴らした。
――【警鐘】【警鐘】【警鐘】【警鐘】これ以上の使用は危険危険危険危険。
「【拒否】黙れェッ!!」
ユーバ・アインスは激昂する。
こめかみがズキズキと痛み、人工知能が軋む。魔力の再現は難しいというのがよく分かった。機械人形の身で、さすがに科学の範疇を超えるものを再現することはできないらしい。
だけど、やるしかないのだ。
やってやるのだ。
(――【発見】見えた!!)
歯を食いしばり、視界を覆う数々の誤差を修復して、ユーバ・アインスは兵装を展開する。
兵装の中にある『超電磁砲』では間に合わない。この兵装と同じぐらいの威力を持つ兵装は、
「【展開】
展開した砲塔から、純白の光が放たれる。
この兵装はユーバ・アインスの中でも頂点を争うほどの威力を持つ代わりに、充填にもかなり時間がかかるものだ。比較的充填しやすい『超電磁砲』をよく使うのだが、この『破壊光線』はいざという時にしか使わない。
放たれた純白の光が、人形の弱点である心臓を的確に貫いた。純白の光は確かに鋼鉄の体を貫いて、曇天へと吸い込まれていった。
パッと一部だけ曇天が青空へとなり、清々しい日差しが落ちてくる。胸を貫かれて膝から頽れた人形は、ズズンと重たい音を響かせて倒れる。
「【報告】状況の終了。【感想】少し疲れた」
兵装を全て解き、ユーバ・アインスは息を吐く。
強敵との戦いは終わった。これで問題はないだろう。
「ほほーう、貴様はこんなところでコソコソと人形と喧嘩をしていたのか? 水臭いものよなぁ」
「……【驚愕】まさか貴殿がいの一番に駆けつけるとは」
胡乱げな瞳を向けた先には、金髪の少女――ユノ・フォグスターが立っていた。その豊満な胸の下で腕を組み、フフンと愉悦の色が濃い笑みを浮かべる。
それから彼女を追いかけるようにして、銀髪の魔法使い――ユウ・フィーネと、無精髭が目立つ狙撃手――ユーシア・レゾナントールがやってくる。二人とも、ユーバ・アインスが倒したばかりの巨大な人形を目の当たりにして、「うわあ、すげえなぁ」「こんな大きな敵を感知できなかっただなんて……」と呟いている。
「【謝罪】これは当機の独断専行だ。処分は当機で受け持つ」
「処分するだなんて……ユーバさんがこれの相手をしてくれなければ、多数の犠牲者が出たかもしれません」
ユウが力なく笑い、ユノがそれに同意するように「そうである!」と声を張り上げた。
「被害を最小限に抑える戦い、見事だ。大義である!!」
「……【感謝】そう言われると、当機の経験を生かした甲斐があった」
すると、他にも三つほど声が追加された。
見れば、すでに結界が解かれたことで出入りが自由にできる裏口から、三人ほどこちらに向かって歩いてくる。そのうちの一人は、黒い外套の女に首根っこを掴まれて乱暴に引きずられている状態だ。
「よーす、外でなんかすげえ音したけどなんかあった?」
「なんだい、この鉄の塊は。まさか魔力駆動のお宝かい?」
「チッ。血が出てねえなら用はねーよ、さっさと離せこのアバズレ!!」
「え、なに? 首を決められたいって?」
首をギリギリと締め上げる女に、ガスマスクをつけた男が抗議する。露出の多い女はユーバ・アインスが倒したばかりの人形に興味津々のようだ。
これでようやく終わったのだろうか。
女神から与えられた任務を達成したような気がして、ユーバ・アインスは空を見上げた。
戦争の勝利を祝福するかのように、空が晴れ渡っていった。
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