第三章【魔王の裁きが下る時】

 ばちん、と紫電が爆ぜる音がユノの鼓膜を叩く。

 これだけの雷が乱舞しているとなると、人類はおろか、共に召喚された異世界の勇者とやらも不安に思うのではないだろうか。特にあの魔法使いの少年は、かなりの臆病者だった。すぐに異変を察知して、半泣きになりながら「ひええええ、ひえええええ」と叫んでいることだろう。

 そんな周りへの配慮すら気にならないほど、ユノは苛立っていた。

 元より戦争の類は退屈なので嫌いだし、動き回ることも面倒だと思っている節があったが、今の彼女が怒っている理由はどれにも当てはまらない。

 自分の不注意で攻撃を食らってしまったことに対して怒りを抱き、そして自分を攻撃したあの黒い甲冑どもに怒っているのだ。


「無駄だ。我らに雷は通用しない」

「ほう? 我輩の背後に積み重ねられている屍の山は、我輩の雷鳴によって倒れ伏した雑魚ばかりだ。貴様が我輩の裁きを受け止めることができるという根拠は、果たしてどこにある?」


 ユノは試しに、落雷の一つを魔槍まそうの穂先ですくって放り投げた。

 電光石火の勢いですっ飛んでいった落雷は、ユノと相対する黒い甲冑のすぐ横を通り過ぎると、ズバン!! という轟音を立てて数人の甲冑人間を薙ぎ払った。ユノの雷を受けた彼らは、一斉にバタバタと倒れて起き上がることはなくなる。

 黒い甲冑の人間は、果たしてなにを思っただろう。「雷は通用しない」と豪語しておきながら、ユノの雷の威力に耐えることなく倒れていく様を見て、あれはなにを思うだろうか。


「なあ、貴様よ。もう一度問うぞ?」


 ユノは、つとめて優しい口調で問いかけた。


「――なんの根拠で、我輩の裁きを受け止めるができると言った?」


 そう言って。

 ユノはいくつもの雷を黒い甲冑の軍勢に落としていく。

 ぴしゃーん!! という雷鳴のあとに、彼らはバタバタと倒れて動かなくなっていく。それがまた滑稽で、ユノは高らかに笑っていた。


「ふははははははは!! 見よ、雑兵どもよ。これが我輩の裁きである!! 不敬にも、貴様らがチャチな玩具と侮った雷の力である!!」


 ぴしゃーん、どごーん、と轟雷を次々と落として黒い甲冑の軍勢を薙ぎ払っていくユノ。落雷を自在に操るその様は、魔女と言っても差し支えはないだろう。

 煌々と輝く長い金髪を揺らめかせ、愉悦の滲む赤い瞳で黒焦げになっていく甲冑どもを眺め、桜色の唇からは哄笑こうしょうが零れる。彼女に敵う相手はなく、ただ無様に地を這うだけしかできない。

 一方的な蹂躙じゅうりんを前にしても、ユノと相対した黒い厳めしい甲冑だけは動かなかった。はた目からすれば動じていないように見えるだろうが、実際には動けないでいるだけだ。


「どうした、黒いの。我輩の雷の前に恐れを成したか。だがもう遅い、貴様はこれより魔王の裁きを受けて死ぬのだ!! ふはははははははは!!」


 落雷の一つをすくい上げ、ユノは最後に残った黒い甲冑の相手へぶん投げた。

 空気を引き裂いて飛んでいく落雷だが、全身を雷に打たれた黒い甲冑は他と違って倒れることはなかった。

 仁王立ちする黒い甲冑に、ユノは「ほう、素晴らしいな」と称賛する。


「我輩の雷を受けても、まだ立っていられるとは驚きだ。貴様は随分と頑丈にできているようだな?」

「倒される訳にはいかぬ」


 嗄れ声で、黒い甲冑は言う。


「私を倒すのは、ただ一人」

「奇遇だな、我輩は勇者と呼ばれてこの地へ召喚された。魔界貴族が勇者として召喚されるなど、悪い冗談のようにしか思えんがな」


 くるりくるりと魔槍を振り回して、トンと石突で地面を穿つ。

 すると、今までのものとは比べ物にならないぐらいの巨大な雷が魔槍の穂先へ落ちてきた。轟音がユノの鼓膜を震わせて、眩さに目を眇める。


「アルギスメギトスよ、彼に魔王の裁きを見せてやれ」


 荒削りされた宝石のような穂先に、ぎょろりと眼球が浮かぶ。

 忙しなく周辺を見渡すガラス玉のような輝きを持つ眼球は、ニィと三日月のように目を細めて笑みを形作った。


「『私は魔王の怒りを代行する。天地を揺るがして怒り、理不尽に対して怒り、世界に対して怒りを満たそう』」


 静かに詠唱を紡いでいくユノは、魔槍を投擲とうてきする体勢を取った。

 

「『憤怒によって世界を壊し、憤怒によって戦場を荒らし、憤怒によって貴様を殺そう』――我が一擲いってきをその身で味わうがいい!!」


 詠唱を終え、ユノは魔槍を投げる。

 空気を引き裂いて黒い甲冑めがけて飛んでいく魔槍は、さらに煌々と紫色に輝いた。


刮目かつもくせよ、これが――これこそが!! 魔王の裁きだ!!」


 黒い甲冑に、魔槍の穂先が突き刺さる。

 ぴっしゃーん!! と特大級の雷が黒い甲冑の頭上に落ち、ぐったりとして動かなくなってしまう。

 すると、黒い甲冑の体を貫いた魔槍が唐突にガタガタと震え始めた。刺し貫いた相手の鮮血を浴びて興奮状態になったようで、穂先に浮かぶ眼球が血走ってぎょろぎょろと蠢く。

 チカチカと明滅を繰り返す魔槍の柄から、雷によって作られた腕が出現する。ぐったりとしたまま動かない黒い甲冑に何本もの雷の腕が殺到し、愛おしそうに愛撫し、抱擁する。

 抵抗など許さないとばかりに腕や足、首にも絡みつき、そして、


「おお、よかったな。アルギスメギトスは貴様を食べてしまいたいぐらいに愛おしいそうだ」


 まるで他人事のように呟くユノの言葉に反応するかのように、魔槍の穂先が上下に割れた。

 三又の槍のような様相となった魔槍は、まずは黒い甲冑の上体に噛みついた。宝石のような穂先はバキバキと容易く甲冑ごと相手を噛み砕き、美味そうに咀嚼して飲み込む。


「珍しいこともあるものよ、アルギスメギトスが怒りを収めて相手を食べてしまいたいほど愛してしまうなんて」


 ――俗に、魔槍が行ったこの裁きは『食肉刑カニバリズム』と呼ばれるものだ。

 ユノの持つ魔槍は魔王の権力を象徴し、逆らう者には裁きと言う名の刑罰を与えるのだ。

 ユノが扱うのは主に雷による火刑だが、中にはあのように魔槍が相手を食ってしまったり、幾本もの槍が相手を四方八方から刺し貫いたりと、様々な裁きが適用される。いわば、ユノ・フォグスターという少女は歩く裁判場である。


「アルギスメギトス、戻ってこい」


 利き腕を掲げて命じると、魔槍は大人しく主人の手元へと戻った。食い残された脛から下の両足が、物寂しそうに戦場に立っていた。

 見渡す限りに広がるものは倒れた黒い甲冑の群れで、無事に立っている者は存在しない。増援を呼ばれるかと覚悟していたのだが、不思議なことに増援はなかった。予備の戦力が心許ないのだろうか。


「うむうむ、この戦は我輩の大勝利である!! ふははははは!!」


 いつになく満足げなユノは、豊かな胸を張って高らかに笑い声を響かせた。

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