マスターはバーにいない ②

プロローグ

いつもより大きな月が出ていた。

公園の月明かりが届かないベンチに男が座っている。

男は木立に囲まれた暗闇に紛れるように溶け込んでいた。

男は瞬きもせずに公園の前の舗道を歩く一人の女を見つめている。

男が呟く

「あの女は俺が殺したはずだ」

男は不自然な角度に首を傾け

「おかしいな？ だったらもう一度殺さないといけない」と、だらしない口元を歪めて笑った。

男はフラフラと立ち上がり、女の後をつけはじめる。

女は夕食の買い物をしたのか、手にはビニール袋を抱えていた。

男の足が速まる。

男は懐からナイフを取り出した。

女が横断歩道で立ち止まる。

女との距離が縮まった。

後数メートル。

信号が変わる。

女は小走りに横断歩道を渡って行った。

男と女の距離が広がる。

男は立ち止まって女を見送くった。

女は道路の向かいのマンションに入って行く。

男はマンションをじっと見つめている。

やがてマンションの一室に灯りがついた。

男は舌なめずりをしてから、不気味な笑い声をあげた。

その声は地獄の底から響いて来たかのような声に聞こえた。

後ろにいたＯＬがその声を聞いて小さな悲鳴をあげる。

男は振り返りＯＬを見ると再び顔を歪めて不気味に笑った。

男の手にはナイフが握られている。

ＯＬは恐怖で動けない。

男は何の躊躇いもなくナイフをＯＬの胸に突き刺すと

「ケッケッケッ」っと笑って去って行った。

道路に出来た大きな血溜まりの中でＯＬが息絶えていた。