シャムロック

 巡回登記団による調査が開始されたフロンティアの惑星では、ゴライアス惑星開発公社の活動がにわかに活発になる。

 惑星の可住陸地面積の三十九パーセントを手に入れ、所有権を登記することができれば、事実上その惑星を支配できる仕組みになっているからだ。ゴライアスはありとあらゆる手を使って土地の買い占めにかかる。


 フロンティアは銀河連邦に加盟しておらず、国家も成立していない。つまり法律が存在しない。どんな悪どいことをしても罪に問われるおそれがないので、ゴライアスは時には実力行使で土地を奪う。暴行、殺人、放火など朝飯前だ。




 バードックは軍の地上走行車グラウンダーを借り、平原を疾走していた。

 目的地はワイズ町の南西にあるサージェ町。巡回登記団が次に訪れる町だ。

 ミモザの話によると、ワイズ町に土地の買い取りを打診してきたゴライアス惑星開発公社の男たちは、サージェ町から来たと語っていたらしい。


 車の助手席にちょこんと座ったトムは、まっすぐ前方を見据えている。揃えた前肢をくるむように尾を巻いている、完璧に猫らしいポーズだ。


《命令違反だぞ、バードック。正当な理由もないのに巡回登記団の滞在地から離れるとは。あからさまな、真っ向からの、命令違反だ》


 トムのしわがれた"声“がバードックの脳内で響く。


「わーかってるって。さっきから何回言ってるんだよそれ。しつこい端末じじいは嫌われんぞ?」


《しつこいとは何じゃ。おぬしには連邦公務員としての自覚がないのか》


「あるある。すっごくあるよ。自覚あるからこその命令違反じゃねーか。命令と知っていながら逆らう……そこにロマンとスリルがあるんだよねー」


《この、どたわけが! どたわけが! どたわけが!》


 トムから毎秒約六十回のペースで罵声が送信されてきたので、バードックはトムとの通信を遮断した。自分の"声“が届かなくなったことを知ったトムが、口を大きく横に開いて、威嚇するようにキシャーッと鳴いた。


 トムの猫挙動プログラムのバリエーションに感心しながら、バードックは視線を前方に戻した。


 見渡す限りどこまでも広がるみずみずしい緑の草原。ゆるやかに起伏する平原を、遮る物は何もない。まるで人間のちっぽけさを思い知らせるかのような風景だ。




 サージェ町はワイズ町に比べるとかなり大きな町だった。家の数が多く、店の種類も揃っている。同じデザインの建物は一つもなく、色も形も、サイズも年代もてんでばらばらの建物が好き勝手な間隔で立ち並んでいた。不自然なまでに統制のとれたワイズ町の風景を見慣れた目には、ごちゃごちゃした猥雑な町並みと映る。

 通行人の服装がやけに派手に感じられるのも、ワイズ町民の質素さに目が慣れてしまったせいだろう。

 酒場やその他の飲食店がことさらに華やかな看板で客を誘っている。


 バードックが町に着いた時、日は傾き始めてはいたものの、まだ「日中」と呼んでもよい時間帯だった。それにもかかわらず、彼がスイングドアを肩で押して酒場に入ると、中では結構な人数の客が酒をあおり、くだを巻いていた。

 社会の枠からはみ出た人間たちの生態は、銀河系のどこへ行ってもほぼ変わらない。


 バードックはふらっとカウンターに歩み寄り、ごま塩頭のバーテンに尋ねた。


「ちょっと訊きたいんだけどさ。この店の経営者、何て名前?」


 その唐突な質問を不審に思ったのだとしても、初老のバーテンは顔に出さなかった。いろいろな物を見すぎてもはや何事にも驚かなくなってしまった男の、沈んだ無表情が顔に張りついていた。


「ロス・シャムロックさんだ」


 磨いているグラスから顔も上げずに答える。


「あー、やっぱり。聞いた名だ。――会いたいんだけど、どこに行けば会えるかな?」


「二階の事務所にいる」


 バーテンが顎をしゃくった方向を見れば、上へ通じる階段があった。


 バードックが昇ると、木製の階段はすさまじい音をたてて軋んだ。昇りきった先の二階の通路には、薄汚れた扉が左右に二つずつ並んでいる。

 「支配人」という銘板のはまった扉を、ノック無しに開いた。

 デスクと木製のキャビネットが置かれただけの殺風景な部屋で、三人の男が驚いたようにバードックに向き直った。


 デスクに座っているロス・シャムロックは四十代後半のがっちりした体型の男だ。整えられた髪、仕立ての良い焦げ茶色のスーツなどは都会のビジネスマンと言っても通るが、ひどく物騒なものを含んだ眼光が上品な身なりの印象を台無しにしている。

 ねばりつくように絡みついてくる視線が、蛇を思わせる。

 とてつもない殺気をはらんだ双眸だった。


 デスクの傍らに金髪の若者が立っていた。三角筋と大胸筋が異様なほど発達しているせいで、その上に載っている頭がひどく小さく見える。腰にダグル革のガンベルトを何重にも巻き、三丁のレイガンを携帯しているところを見ると、シャムロックの用心棒に違いない。


 室内にいる三人目の男は三十歳前後。安物のスーツを着た、背の高い痩せた男だ。この男も武装しており、使い込まれた感じのガンベルトに大出力のブラスターを差し込んでいる。


「よぉ。ひさしぶりだな、シャミー。どうせ酒場を経営してるだろうと思ってたが、やっぱりそうだったか。ワンパターンなんだよ、あんたのやり口は」


 バードックは、これ見よがしに腰の銃に手をやりながら、挑戦的に言い放った。

 「シャミー」というのは、ゴライアス惑星開発公社の本社のある街では女性器を表す卑語だ。シャムロックがそう呼ばれるのを嫌がっていることを承知で、わざと言っているのだ。


 シャムロックは眉をひそめたが、それ以外は平静を保った。


「ヘロッドか。驚いたな。……惑星プレデナン以来か?」


「そぉかもな。惑星プレデナンじゃ確か、あんたは三十九パーセントの買い占めに失敗したんだったよなー。ざまあ見ろ、だぜ」


「……何の用だ。ワイズ町から、わざわざへらず口を聞かせるために来たわけじゃないだろう」

 不機嫌を隠しきれずに唇をかたく結ぶシャムロック。


 ロス・シャムロックはゴライアス惑星開発公社の上級社員で、フロンティアでの土地買い占めを担当している古株だ。本社の指示を受けてターゲットとなる惑星へ潜入し、めぼしい町で酒場などの事業を経営して拠点を築き、その周辺の町村の土地を買い占めている。

 バードックの同行している巡回登記団の管轄星域が、たまたまシャムロックの担当星域と重なっていることから、これまでに様々な星系で何度も顔を合わせたことがあった。


 相手の質問を無視し、バードックは長身の男に視線を転じた。


「ところでシャミー。もしかして、この男が、あんたが今使ってる『壊し屋』? あんま強そうじゃねーなー。隙だらけじゃん。大企業なんだから人件費ケチるのやめなよ。金がかかっても、もっとちゃんとした腕利きを雇わなきゃ。こんなひょろっとした『壊し屋』じゃ、フロンティアのいかつい連中になめられるぜ?」


「……」


 長身の男は無言、無表情を保った。ただ、その二つの瞳だけが不意に眼窩に深く沈み込んだように見えた。


「ワイズ町の男を皆殺しにしたのも、この男なのか、シャミー?」


 バードックは室内にずかずかと入り込み、長身の男のすぐ前まで行くと、ぶしつけにその顔を近くからのぞき込んだ。


「いや……違うな。ワイズ町の犯人はとてつもなく腕の立つガンマンだって話だ。全員を一発で仕留めたんだからな。こんなぼんやりした野郎には、とうてい無理な芸当だ」


 バードックがシャムロックをシャミーと呼ぶたびに頬をひきつらせていた用心棒が、耐えかねたように雇い主に尋ねた。


「シャムロックさん。このくそ野郎、叩き出しましょうか?」


「よせ! 挑発に乗るな。これがこいつの手なんだ」


と、シャムロックが鞭がしなるように鋭い口調で用心棒を制止する。その声の鋭さは、彼自身の我慢も限界に近づいていることを物語っていた。


「フロンティアでは銀河連邦の刑法は適用されないが、ただ一つだけ、適用される罪状がある……連邦公務員に対する公務執行妨害罪だ。連邦保安官に手を出したが最後、こいつは大喜びで、連邦法を盾にとってわれわれを処断する。だから、こらえろ。こいつは、俺たちを怒らせて、手を出させようとしてるんだ」


「こいつを殺しちまえば問題ないんじゃないですか、シャムロックさん? 死人に口なし、だ」


 『壊し屋』と呼ばれた長身の男が初めて口を開いた。一切の感情がこもらない、不気味なほど平坦な声だった。

 シャムロックは再び首を横に振った。


「だめだ。妙なことを考えるな。この男は……殺せない・・・・


 バードックは、こういう時のためにとってある特大の挑発的なにやにや笑いを浮かべて、三人の男をじっくり見回した。


「とんだ腰抜けどもだ。あんたらもワイズ町で薔薇教に入れてもらってきたらどうだ? こんな稼業やめちまって、人類平和のために生きろよ。そっちの方がよっぽどお似合いだ」


 不意に、シャムロックが立ち上がった。

 全身に緊張がみなぎっている。体の両脇に垂れた拳はかたく握られ、激しい力のあまり震えている。眼光はいっそう鋭さを増し、視線だけで人を殺せるほどの険しさだ。これまで数えきれないほどの人命を奪ってきた――あるいは、奪う命令を出してきた――男の本気の殺意が、かげろうのように空気を揺るがした。


「ヘロッド。俺は、おまえに腹を立てない」


 シャムロックは力をこめて言い切った。

 それは、これ以上ないぐらい事実と反した宣言だった。あっけにとられたのか、用心棒と《壊し屋》の口がぽかんと開いた。


「俺は、むしろおまえに同情する。おまえがそうやって必死で俺たちをあおっている有様は、哀れですらある。なぜなら、おまえには、他にどうしようもないからだ。法律の存在しない土地の保安官なんて……翼を持たない鳥、陸に揚がった魚も同然だ。目の前で人が殺され、家が焼かれ、物が奪われていても、おまえには何もできない。止める権限もない。ここには法律がなく、したがって犯罪も成立しないからだ。おまえの仕事は何もない。おまえは、完全に無用の長物ユースレスだ。

 ――だから、おまえはいつも体を張るんだろう? 罪を犯した者を追いこんで、挑発して、おまえを攻撃させる。そうすれば公務執行妨害で相手を罪に問うことができるからな。

 そんな捨て身の戦法は、哀れだよ。おまえは実にかわいそうなやつだ、ヘロッド」


 そう言いながらも、シャムロックの顔にも声にも、別段同情の色は表れていなかった。


 今度は、言葉を失ったのはバードックの方だった。へらず口も挑発も、もう出てこない。


 形勢逆転を感じ取って余裕を取り戻したのか、シャムロックはにやりと笑った。


「連邦政府はおまえを……おまえらみたいな連中を、もてあましてるんだぜ。自覚してるんだろう、そのことは? 巡回登記団への同行なんて、ていのいい飼い殺しだ。何も仕事を与えずに、《中央》から遠く離れた辺境へ追いやる……そういうのを飼い殺しと呼ばずに何と呼ぶんだ?」


「わかったようなこと言うんじゃねーよ、げす野郎。あんたら大企業の腐った手順を妨害できるだけで、俺としちゃ十分満足してるんだよ」


 バードックは反射的に言い返したが、その声にはそれほど力がこもっていなかった。


「――ワイズ町の男どもを殺させたのは俺じゃない。おまえが俺たちを疑ってるんだとすれば見当違いもいいところだ」

 今までとまったく違う口調で、シャムロックがそう言った。


 バードックは眉をひそめて相手を見返した。


「あんたの言葉を信じなくちゃならない理由は?」


「あの町の男どもは、巡回登記団が来たら、自分たちの住んでいる土地の所有権を主張するつもりでいたんだ。教会の所有する土地ではなく、やつら個人の土地であると。そして、やつらの所有権が認められ、登記されたら、それをわが社に売却することで話がついていた。……やつらはあの薄気味悪い町での暮らしに嫌気がさしてたのさ。金をつかんで、出て行きたがってたんだ」


 シャムロックはデスクの引き出しを開けて書類を取り出し、デスクの上に広げてみせた。


「ほら、見ろ。ワイズ町の男どもとわが社との売買予約契約書だ。やつらの署名もある。うちとしては、ワイズ町を丸ごと手に入れられなかったのは痛いが、まあ半分手に入っただけでもよしとするか、というつもりだったんだ。この惑星エペソでは全体的に買い占めは順調に進んでるからな。無理して強引な手を使う必要もない」


 バードックは契約書面を手にとって、ざっと目を通した。

 確かに、ワイズ町の土地についての売買予約契約だった。「登記完了を条件として、土地をゴライアス惑星開発公社に譲渡する」と書かれ、末尾には四十二人分の署名もある。


「男たちが死んだのは……あんたらにとっても、不都合なことだったというわけか」


「そういうことだ、敏腕保安官殿。この契約は、土地の所有権を男たちが手に入れることを条件とする契約だった。男たちが死に、町全体の土地の所有権が教会のものとなった現在、この契約はただの紙きれだ。……わが社はワイズ町を完全に手に入れそこなったのさ、とんだあて外れだ」

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