第41話 帰路こもごも

「……それにしても、おかしいですね。ソードフィッシュはもっと沖合に生息する魔物です。沿岸航路のこんな場所にいるはずがないのですが:

「私も疑問に思って現在位置を確認しましたが、特に異常はありません」

 ふと目が覚めると、ランサーとウダヌスの声が聞こえてきた。

「このところの異常気象のせいでしょうかねぇ」

「異常気象……私は普通ですけどね。現在の環境ならこうなるという条件から、そう大して外れていません。オルスター王国で、連日のように気象実験をやっているのが大きいです。世界を維持する限界にきたら、何らかの形で介入しますが、今はまだ大丈夫です。恐らく、失敗続きで嫌気が差すのが先でしょうね」

「今すぐやって下さい。もう!!」

 ランサーが笑った。

「それでは不自然になってしまうので。実験を必ず失敗させるくらいしか思い当たりません」

 俺は苦笑してベッドから飛び下りて、二人が酒を飲んでいるテーブルに近寄った。

「ダメだ、失敗なんかさせたら、ムキになって変な魔法を何回も使うだけだ、それより気象操作の魔法となれば、国を挙げてのサポートが必要になる、そこから潰していくんだよ。国王でも動かして、打ち切るとか宣言させてやればいい。どうせ、向こうの国は悲惨な事になってるんだろ?」

「そ、そういうものですか。確かに、国土の半数が砂漠化するほど酷い有様ですが……」

「だろ、変な魔法の影響をモロに食らってやがる。方法は任せるが、このままじゃ国が一つ消えちまうぜ」

「……やってみましょう。一番イラついているのは国民、これには兵士も含まれるので、上手いこと使ってクーデターでもやりますか」

「おいおい、やり過ぎじゃねぇか。いいけどよ」

 俺は苦笑した。

「あの国はそうでもしないと変わらないです。あそこが元凶でしたか」

 ランサーが苦笑した。

「天候操作できれば、神も同然だそうです。笑っちゃいますけどね」

 ウダヌスが笑みを浮かべた。

「……まあ、その神がここにいるとは、誰も思わないだろうけどな」

 俺は笑った。


 特にその後はなんともなく。ランサーが飲むのをやめ、ベッドに入った明け方近い時間だった。

「私は寝ませんので、もう一眠りして大丈夫ですよ」

「出来ればやってるよ。もう、寝るのは難しいな」

 俺は笑みをうかべた。

「そうですか。では、暇つぶしも兼ねて散歩しませんか?」

「おう、いこうぜ」

 ウダヌスと俺は部屋を出た。


 オープンデッキは大分あの魔物の処理が進んだようで、一部を除いて出入り可能となっていた。

「なるほど、確かに魚ですね。あまり詳しくみたことがなかったもので」

 片付けもれで何体か残ったソードフィッシュをみて、ウダヌスは笑った。

「どういうふうに見えていたかは分からねぇがな。こんなのが世界中から山ほど入ってくるんだろ。堪んねぇな」

 俺の言葉に、ウダヌスは小さく笑った。

「確かに大変ですが、それが出来るのが神ですからね。今に始まった事ではありません」

 ウダヌスは鼻歌を歌いながら、オープンデッキを歩いた。

 俺も黙ってついていくと、適当な場所という感じで止まった。

「神って大変だな」

「まあ、大変ですがやり甲斐はあります。寝る間もないので、オススメはしませんが」

 ウダヌスが笑みを浮かべた。

「頼まれたって嫌だよ。俺じゃ務まらねぇ!!」

 俺は苦笑した。

「でしょうね、これは私だけしかいません。大分長い間封印されていたので、今は天使に任せていますが、それも私の命がなければ動けませんからね」

 ウダヌスは苦笑した。

「天使ねぇ。よく分からねぇけど、この世界の裏では色々動いてるって事だな!!」

「そういう事になりますね……。あっ、日が昇りました。この光景は、船上でもなければまず見られないでしょうね」

 ウダヌスがいった通り、水平線の向こうから太陽が昇った。

 今までみていそうでみなかった光景に、俺は感動してしばらくなにもいえなかった。

 そんな俺の頭を、ウダヌスが笑みを浮かべて撫でた。

「では、部屋に戻りましょうか」

「お、おう、すげぇ光景だったぜ」

 俺は笑みを浮かべた。


 部屋に戻ると、相棒が起きてケニーとコリーの様子をみていた。

「どこにいったかと思ったら、ウダヌスと散歩だったんだね。こっちは大丈夫だよ」

「そうか、よかった。慣れてねぇと魔力切れはキツいからな」

 俺は笑みを浮かべた。

「うん、大丈夫だから、ウダヌスと話してるといいよ。そのうち、みんな起きるよ」

「だってさ。ソファにでも座ろうぜ」

「はい、そうしましょう」

 ウダヌスは、出しっぱなしだったグラスを手に取った。

「朝から酒かよ!!」

 俺は思わずツッコミを入れた。

「お酒は神の動力源ですからね。なければないでなんとかなるのですが、あった方が調子がいいです」

 ウダヌスが笑った。

「そういえば、あれだけ飲んでも酔わないもんな。酒が動力源とは……」

 俺はウダヌスの隣で丸くなった。

「飲めないのでしたら、おつまみがまだ残っています。よろしければ……」

「おつまみは味が濃すぎてキツいんだ。朝メシも近いし、悪いな」

 ウダヌスは笑みを浮かべた。

「謝る必要はありません。体が第一です。では、勝手に一杯やってますので、適当にお話しましょう」

 こうして、俺たちは適当に雑談を続けた。


「ずっと起きていたようですね。私はもうお酒は抜けました」

 しばらくして、ランサーが起き出した。

「うー、気持ち悪い。ムスタ、ありがとう」

「こ、これが魔力切れか」

 さらにケニーとコリーが起き出した。

「まだ無茶しないでね」

 相棒が心配そうにいった。

「大丈夫、なんとかなる……」

「私も、せめて起きなきゃ」

 もう、根性だけという感じでケニーとコリーはベッドからソファにきた。

「な、なんなの、魔力切れって……」

 ケニーが呟くようにいった。

「それか。魔力には二種類あって、一回分の限度と潜在的に持っている魔力の最大値があるんだが、一回分の限界量を超える事を魔力切れっていうんだ。お前らがあの杖に吸われた魔力が、今現在の限界値を超えたんだよ。潜在的な魔力は増やせねぇが、一回当たりの最大値は訓練で増やせるぜ」

 俺が笑みを浮かべると、ボケていた二人の表情がいきなり引き締まった。

「杖に負けてるようじゃ話にならないよ」

「うん、一回当たりの最大値はどのように上げれば……」

 真剣な様子の二人に、俺も真剣になった。

「使って慣れるしかねぇんだ、これがな。嘘じゃないぜ」

「うん、僕たちは二人で暇があれば魔法で遊んでいたからね。自然に体に馴染んだんだよ。訓練というより、慣れの問題に近いね」

 相棒が俺の言葉を補足した。

「じゃあ、明かりの魔法でやっていれば……」

 コリーの声に俺は頷いた。

「一番バランスが取れた魔法が『明かり』だっていわれてるんだ。だから、憶えておけっていったんだよ。これがないと辛いぜ」

「僕たちは二ヶ月くらいはこれだけで遊んでいたよ。それからだね、色々教わりだしたの」

 俺と相棒が口々にいうと、ケリーとコリーが頷いた。

「じゃあ、これを自分なりにアレンジすれば……」

 俺は笑ってポケットを虚空に開いた。

 中からボロボロの本を取り出し、ケニーに差し出した。

「初級の魔法書だ。使い込みすぎてボロボロになってるが、呪文がどういう並びで構成されているとか、憶えなきゃいけねぇルーン・カオス・ワーズなんかも出てるから、ランサーも合わせて三人で読んでくれ」

「こ、こういうのは早く出して!!」

 ケニーが引ったくるように本を奪い取り、コリーとランサーで輪を組んで読み始めた。

「珍しいね、魔法書を渡すなんて」

 相棒が笑った。

「もう丸暗記してる本だしな。あれ一冊あれば、色々遊べると思うぜ」

 俺は笑みを浮かべた。


 熱心に魔法書を読んでいた三人も空腹には勝てなかったようで、俺たちは朝メシを食いに食堂にいった。

 予告通り焼き魚定食を食ってご機嫌な俺は、部屋に帰ると魔法書を片手に色々質問してくる三人に答え、「明かり」の魔法で遊ぶ実演もした。

「まずオススメは色変化だな。何かあった時に上げる救難信号にもなるしな」

「あっ、それは便利です。信号弾が不要になるので荷物が減らせます」

 ランサーが笑みを浮かべて、魔法書のページをめくり始めた。

「あーあ、コーベットが火をつけちゃったよ。色変化は結構難しいよ」

 相棒が小さく笑い呪文を唱えた。

 明かりの光球が浮かび、それが一定周期で色々な色に変わった。

「お前だってケツを蹴飛ばしてるじゃねぇか。これはかなり上級だからよ、とりあえず単色からな。焦るなよ」

 さながら魔法学校の教室みたいになってしまった部屋で、ウダヌスが苦笑するのがみえた。

「ったく、熱心だねぇ。そんなに気合いいれたら、疲れちまうぞ」

 俺は笑ったのだった。

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