第39話 胡散臭い杖

 船着き場に近づくと、俺たちは自分の馬車に乗って、下船の順番待ちをした。

 程なく順番がきて馬車が動き出し、船から街中へと走り出た。

「このまま宿へいきます。早くチェックインしないと、断られてしまう事もありますので」

 ランサーが笑みを浮かべ、馬車は往来が激しい表通りをゆっくり進み、港とは反対側にある出入り口の門が見えるところまでやってきた。

「聞いた話だと、この辺りのはずですが……あっ、ありました」

 ランサーは、青いドラゴンの絵が描かれた看板が出ている店の前に馬車を駐めた。

「ちょっとみてきます。待ってて下さい」

 ランサーが馬車から降りて、宿の中に入っていった。

 しばらくすると、いかにも元気そうな姉ちゃんが飛び出てきた。

「『青いドラゴン亭』にようこそ。話は伺いました。狭いですが、六人部屋が空いていますので、先ほどの方は部屋の確認をされています。馬車はそのままで構いません。どうぞ!!」

 俺は後ろを向いて頷き、馬車から飛び下りた。


 俺たちが宿に入ると、ランサーが待っていた。

「部屋に行きましょう。やっと飲めます」

 ランサーが笑った。

「また飲むのかよ!!」

 俺は苦笑した。

「まあ、ランサー式の安全宣言だからねぇ」

 ケニーが笑った。

「部屋はこっちです」

 ランサーと一緒に階上の部屋に入ると、それほど狭いとは感じない部屋だった。

「うわっ、ベッドしかない!!」

「まあ、六人部屋だからね」

 ケニーが声を上げ、コリーが苦笑した。

 まあ、広いか狭いかは人それぞれのようだった。

「僕はこれでも広いけどね」

 相棒が笑った。

「だよな…。まあ、いいや。どっかのベッド占領しようぜ」

「うん、最近はもう抵抗ないよね」

 俺たちは、ベッドが横に三つずつ並んでいる中で、向かって左側の窓際のベッドに飛び乗った。

 そんな調子で勝手にベッドを選んだ結果、俺たちの横にはケニーとコリーが並び、向かい側のベッドにはランサーとウダヌスが並んでベッドを選び、空いた一つは荷物置き場にした。

「さて、落ち着いたところで食事にしましょう。異国ならではのものがあるかもしれません」

 ランサーが笑みを浮かべた。


「このお酒、美味しいですね」

「はい、うちと独占契約を結んでいる酒蔵の品です。お米のお酒なんですよ」

 ランサーと店の姉ちゃんが、なにやら喋っていた。

 まだ早いせいか、俺たちしか客がいない一階の食堂で、適当に見繕ってもらってメシを食っていた。

「どれも、美味しいですね」

 ウダヌスが笑みを浮かべた。

「確かに美味いな」

 場所柄、魚が多いという事もあって、俺は上機嫌だった。

 程なくメシが終わり、いつも通りランサーとウダヌスが本格的に飲み始めると、俺は他のメンツに目配せして、椅子から下りた。

 そのまま四人で部屋に戻ると、俺は自分のベッドに飛び乗った。


「ムスタ、いつも通り!!」

「うん、分かった」

 近くとはいえ、慣れない道だからだろう。

 ケニーと相棒は地図を引っ張り出して、なにやら始めた。

「私たちは暇だね。宿から出るのはちょっと怖いから、のんびり一休みしようか」

 コニーが俺を抱え、ベッドに横になった。

「……な、なんで抱えるんだよ」

「猫だもん、いいじゃん」

 コリーが笑った。

「い、いいけどよ……」

 しばらくそうしたあと。コリーは俺を放した。

「さて、不足している魔法薬を作るか。いつも部屋で一人でやっていたんだよ」

「へぇ……。魔法薬は全然分からねぇぜ」

 俺は苦笑した。

 魔法の効果を持つ薬である魔法薬。

 当然、魔法使いの領分だが、全てにおいて万全な魔法使いなど、まずいないだろう。

「なんだ、じゃあヤバい薬を作っても平気か」

 コリーが笑みを浮かべた。

「おーい、相棒。コリーがヤバい薬を作るってよ。面白いからみようぜ!!」

「なに、なんかやるの?」

 相棒が地図を置いてこっちにきた。

「こ、こら、冗談だって!!」

 コリーが慌てて声を上げた。

「コリー、ダメっていったでしょ。反省しろ!!」

 さらにケニーのグーパンチがコリーに炸裂した。

「……だから、冗談だって」

「冗談に聞こえん。全く!!」

 ケニーがため息を吐き、再び離れていった。

「お、お前、なんかやったのか!?

「……ワクワク」

 俺はちょっと腰が退け、相棒が目を輝かせた。

「なにもしてないって、未遂だから!!」

 コリーは咳払いをして、鞄の中から色々取り出した。

「あっ、グラディスの種だ。かなり高価なのに、こんなにある。凄いね」

「うん、今から作るのは魔力補給の魔法薬だからね。どうしても必要になるんだ」

 相棒とコリーが言葉を交わした。

「魔力補給の魔法薬って、お前そんな魔法使わねぇだろ」

「コーベットのためだよ。ムスタの負担を少しでも減らせたらって思ってさ」

 コリーが笑った。

「なんだ、そうだったのか」

 俺は笑みを浮かべた。

「うん、そうだね。僕だけじゃ足りないからね。いざというときに欲しいね」

 相棒が頷いて笑みを浮かべた。


 時刻は深夜になり、酒を飲んでいたランサーとウダヌスが部屋に戻ってきた。

「はぁ、楽しかったです。もう休まないとマズいですね」

 ランサーは自分のベッドに飛び込み、程なく寝息を立て始めた。

「ったく、どんだけ飲むんだよ」

 俺は苦笑した。

「まあ、色々あるのでしょう起きているのは、あなただけですか?」

「ああ。なんていうか、見張り癖がついていてな。相棒と交代でやってるんだ」

 俺は笑った。

「それはいいことですが、疲れる事でしょう。睡眠をほとんど取らない私がやりましょう。横になっても、起きていますので」

 ウダヌスが小さく笑った。

「まあ、そういわれちまうとそうなんだな。この癖が抜けねぇんだ。だから、一緒にやろうぜ」

分かりました。そうしましょう」

 おれとウダヌスは小さく笑った。


 翌朝、朝メシのあとで、俺たちは宿を引き払い、馬車で街の門を抜けて街道を進んだ。

 ケリーや相棒はすぐについてしまうとの事だったが、実際その通りで街道に矢印が書かれた看板が立てられている程だった。

「いよいよ、ただの観光地だな」

 俺は苦笑した。

「それでも、いいと思います。マックビューの杖ですからね、相手は」

 ランサーが笑った。

「それも、胡散臭いな。どうせ、適当な杖を岩に刺さってるようにみせかけただだろ」

 俺は笑った。

 馬車は道を進み、程なくマックビューの杖がある場所に到着した。


「うめぇな、これ!!」

 まさになにかの観光地と化したその場所は。屋台が多数あった。

「うん、美味しいね。でも、肝心の杖はいいの?」

 相棒が笑った。

「そのうち、話の種にやっとくが、今は食おうぜ!!」

 というわけで、みんなで屋台巡りをしているうちに、杖の周りで試していた連中もいなくなり、俺はやっとその気になった。

「よし、ここにきたらやっておくか。全員で順番に試すぞ」

 真っ先に大岩に刺さった杖に飛びついたのは、ケニーとコリーだった。

 最初は一人ずつやっていたが、しまいにはムキになって二人で引っ張ったが、全く抜ける気配はなかった。

「あーあ、こういうのは力任せに引っ張っても無駄だぜ。ランサーだったらどう抜く?」

「私ですか。うーん、こうですね」

 ランサーは背中に背負っていた斧を抜いた。

「おいおい、魔封してあるんだぞ。そんなもん使ったらエラい事になるぞ!!」

 俺は慌てていって苦笑した。

「ああ、そうでした。では、素直に引き抜きましょう」

 ランサーは苦笑して斧を背中に戻し、岩に刺さっている杖を抜こうとしたが、びくともしなかった。

「これはダメですね。あなた方もやりますか?」

 ランサーが苦笑した。

「いや、俺と相棒の体重を足してもダメだな。引き抜くんじゃなくて、押し込むんだよ。ちょうどいいから、三人で押し込んでみろ」

 俺は笑みを浮かべた。

「お、押し込む!?」

「そ、そうきた!?」

 ケリーとコリーが杖に飛びついて押し込んだ。

 すると、何があっても動かなかった杖が動き、するすると岩の中に消えた。

「ま、マジ!?」

「そ、そうきたか!?」

 ケニーとコリーが固まった。

「あれ、意地悪ですね」

 ランサーが苦笑した。

「魔法使いが考えそうなこった。今まで、誰も思いつかなかったのかよ」

 俺が杖が消えた岩を見ていると、それがスッと消え、銀色に輝く杖が残された。

「へぇ、伝説は本当だったか。俺や相棒はその人間サイズじゃ持てねぇから、誰が持つか決めねぇとな」

「そうですねぇ。今は誰も適任がいないので、コーベットがマジックポケットで持っているというのは?」

 ランサーが笑った。

「それも手だな。ポケット開けるから、誰か放り込んでくれ」

 俺がマジックポケットを虚空に開き、ランサーがそれをしまおうと杖に触れた時。小さな放電音が響いた。

「イタタタ……拒否されちゃいましたね」

 ランサーが苦笑した。

「よほどあの杖の要求魔力が高いって事だな。これは、安全装置みたいなもんだぜ。触ったら体中の魔力を吸い尽くすぞっていう意味でな」

 俺は杖を見つめた。

 要求魔力とは、なにもしないでも勝手に消費される魔力のことだ。

 強力な道具ほどそれも激しくなり、この杖はなかなか強力なパワーを持っているといえた。

「よし、ケニーとコニーならどうかな。エルフの方が魔力が高いからな」

「よし、やるぞ!!」

「うん!!」

 俺の指名にケリーとコニーが二人で杖を持った。

「うぐっ、なにこれ。体からなにかが吸い出される感じが」

「き、気持ち悪い……」

「二人とも急げ。このポケットにぶち込んでおけ!!」

 俺は急いでポケットを二人の元に寄せた。

 慌てた様子でその杖をポケットに放り込み、ケニーとコリーがゼーゼー肩で息をした。

「こ、こんな杖、初めてだよ……」

 ケニーが苦笑した。

「たまにある上級のマジック・アイテムだ。エルフ二人でギリかよ」

「コーベット、その杖を猫用に改造するつもりでしょ。今までそうだったから」

 相棒が苦笑した。

「扱えるようならな。ダメならコレクションしておくさ」

 俺は笑みを浮かべた。


 伝説が本当だった様子で、俺たちは満足していた。

「あっ、この観光地が消えたらヤバいな。相棒、頼んだ」

「うん、ダミーを作ればいいんでしょ?」

 相棒は呪文を唱えた。

 すると、岩に杖が刺さっているという、元通りのシュールな物体が元に戻った。

「押しても引いても杖は動かないけど、その方がいいでしょ?

「ああ、上出来だ。よし、帰るか」

 俺は馬車に向かって歩いていった。

 やや遅れて全員が馬車に乗った。

「さて、どうしますか。このまま街に戻れば、グレイス・シティ行きの船に間に合いますよ。便数は多いので」

「うーん、ここしか考えてなかったな。この辺りはなにもないんだよね」

 地図を開きながら、ケニーがいった。

「ならば、戻った方がいいですよ。この辺りの魔物は強力ですからね」

 ずっと黙っていたウダヌスがそっといった。

「分かりました。街に戻りましょう。神のいうことは聞くものです」

 ランサーは笑みを浮かべ、馬車を出した。

 街道に入ると、いかにも屈強そうな街道パトロールが四人、馬に乗って現れた。

 ランサーが右手を挙げると、四人は小さく敬礼を放ってすれ違っていった。

「魔物が強力というのは本当ですね。さっきのパトロールですが、人間ではなくドワーフの力自慢がやっていました。それで、思わず挨拶をしてしまいました」

 ランサーが笑みを浮かべた。

「へぇ、そんな事もあるんだな」

「まあ、まず滅多にないでしょうが……。さて、街に急ぎましょう」

 ランサーは馬車の速度を上げ、寄り道なしでポート・リブリアに戻った。


「グレイス・シティでいいですね。私もまだ武器の事が分かっていませんので、長旅には出られませんから」

 ランサーは笑みを浮かべ、乗船券を買いに行った。

「私たちの武器もなにか封じられているんだよね?」

「うん、耐久度アップって聞いてるから、大した違いはないかもしれないけどね」

 ケニーとコリーが口々にいった。

「まあ、期待はしない方がいいぜ。オマケみてぇなもんだ」

「うん、コーベットにしては大人しいね」

 相棒が笑った。

「私は同行しているだけですが、いざというときのためにこんなものを持ち歩いています」

 ウダヌスがスカートの裾をめくると、太ももに装着した棍棒をみせた。

「……また、ある意味残虐な武器を」

 俺は苦笑した。

 ちょうどそのとき、ランサーが不思議そうな顔をして戻ってきた。

「また、特等のキャンセルが出たばかりでした。普通はなかなか取れないのですが……」

 俺は反射的にウダヌスをみた。

 俺と目が合うと、一瞬だけ舌をペロッと出した。

 俺は苦笑して、再び前をみた。

「まあ、いいでしょう。いきますか」

 ランサーは苦笑して、船が泊まっている桟橋に移動し、きた時と同じように船室に移動した。

「さて、ちょうどお昼です。出港したら食堂に行きましょう」

「まだ昼だったか。って事は、着くのは明日の昼か?」

 俺はランサーに問いかけた。

「そうです。昼頃に到着しますので、それから武器の性能を確認するために、街の外に出ましょう。なにも分からないものは、さすがに使えませんからね」

 ランサーが笑みを浮かべた。

 こうして初国外は、とりあえず目的を果たして終わったのだった。

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