第37話 夜の船
船が出港してしばらく経ち、窓の外は夜闇に包まれた。
「あのさ、魔法を学んだ場所はメンレゲだって聞いてるけど、グレイス・シティの魔法学校と違うの?」
暇を持て余していたという様子のコリーが、俺を膝の上に載せて何気なく聞いてきた。
「どうだか分からんが、この前の体験でみた限りじゃまともだな。習いたいなら、金を積めば教えてくれる。問題は、そこからどう応用して発展させていくかなんだ。魔力文字……ルーン・カオス・ワーズの規則性を一回でも読めれば、後はいくらでも応用できるぜ!!」
俺は、小さく笑った。
「……よく分からないけど、まともならいいや。この前の魂切りだっけ、あれは使えるようになりたいな。これから、旅を続ければそういう場面に出遭っちゃう可能性もあるしね」
俺は思わず全身をピクッと動かした。
コリーがこうくるのは、なんとなく読めていたからだ。
この世界で命を落とした者を救う魂切りは、変に使うと……。
「術式自体は難しくねぇんだ。コリーならすぐ憶えるだろうな。でも、コイツは魂を相手にした攻撃魔法ともいえる、グレーゾーンの魔法なんだ。俺のポリシーでそんなの教えられねぇよ。禁止だからやるなっていっても、これを生きているやつに使えばどうなるかなんて研究は盛んだ。決まれば、一撃死だからな!!」
俺は最後の一撃死だけ強調していった。
「そ、そんな……ああ、魂を切り取って現世と離すからか!!」
コリィが気がついた。
「生きたまま魂を引っこ抜かれて、地獄だか天国だかにぶち込まれるちまうだろ。理屈でいえばな。そんな単純でもねぇんだが、俺がお前に魂切りを教えた事で、お前がなんか胡散臭ぇ魔法使いにはなって欲しくねぇってことだ。研究対象としては面白ぇから、逆の蘇生術にならねぇかとか、考えるバカばっかりだぜ!!」
俺は苦笑した。
「ね、ねぇ……即死の魔法とか、蘇生の魔法使えるの?」
コリーが興味深そうに聞いてきた。
「さてね、相棒辺りが使えるかもな、蘇生術は。直すのは苦手なんだ」
地図を見ていた相棒がピクリと耳を動かし、俺に派手に猫パンチして去っていった。
「怒ったぜ、アイツ!!」
俺は腹を抱えて笑った。
「や、やっぱり使えるんだ!?」
コリーが驚きの顔を浮かべた。
「魔法ってのは意外とアバウトでな、目的とする魔法まで散々試作をやってるうちに、予期しねぇ魔法が出来ちまう事があるんだ。アイツだってそう。回復魔法の限界を追求してたら……」
またダッシュですっ飛んできた相棒が、俺の顔面をバリバリ引っ掻いて去っていった。
「ダメだって、俺も痛ぇからこれ以上いわねぇけどな」
俺は笑った。
「ムスタはさすがに確定だね。この反応が分かりやすいもん!!」
「俺はなにもいってないぜ!!」
俺は笑った。
「まあ、いいや。これも魔法使いの定め?」
「そんな大したもんじゃねえよ。ただの習性みてぇなもんだ。謎とか未知が大好きだからな」
俺は笑った。
「面白いな。私は危なくない魔法を憶えるよ。日常で使えるやつ」
コリーが笑った。
「ただのお遊びだが、こんなのもあるぜ」
俺は杖を抜き、光る杖先で床に小さな魔法陣を描いた。
それが溶けるように床に消え、なんの痕跡も見当たらなかった。
「踏んでみろ。笑っちまうぜ」
「ふ、踏むんだね……」
おっかなビックリという感じで、コリーが一歩踏み出した。
パンという凄まじい音が部屋に響き、全員が硬直した。
「勝手に猫だましの法って呼んでるけどな!!」
俺が笑うと、相棒がすっ飛んできて、俺にハードな猫パンチをぶちかました。
「それ、使うなっていったでしょ!!」
「んだよ、ビビりだな!!」
俺が爆笑すると、相棒はため息を吐いた。
「とにかく、それだけはやめて!!」
「へいへい、分かってるよ!!」
相棒が去り、部屋は元通りの空気に戻った。
「び、ビックリしたよ、なにこの変な魔法?」
「こんなのばっかだぜ。魔法は教室で基礎を学んで、あとは遊んで憶えるんだよ」
俺は笑った。
ウダヌスと酒を飲んでいたランサーが、ふと立ち上がった。
「時間ですね。食堂でテイクアウト出来るか聞いてきます。多分、大丈夫でしょう」
「私は荷物持ちで同行します。人間の生活圏に降りると、何かと興味がそそられるのです」
ウダヌスもソファから立ち上がり、ランサーと一緒に部屋を出ていった。
「さて、メシか!!」
俺はコニーの膝の上から、ソファの上に移動した。
「そっちの首尾はどうなんだ?」
「うん、初めて外国に行くけど、ポート・リブリアから先に進んで、目的の観光地みたいな場所まで半時間もかからないよ。市販の地図に『マックビューの杖』って書いてあるくらいメジャーな場所っぽい」
相棒が笑った。
「なんだそりゃ、モロに観光地じゃねぇかよ!!」
俺も笑った。
「マックビューの杖といえば、史上何人目かの『偉大なる』の称号を得た、人間の魔法使いが使っていた杖です。杖だけではどうにもなりませんが、狙う者が多かったので変わった方法で保管したとか」
ケニーが呟くようにいった。
「うん、これは噂の一つ。その杖を魔法で生み出した岩に突き刺し、『抜けるもんなら抜いてみろ』と遺言したとかしないとか。まあ、これからいくところはそこだね。名前で分かったよ」
コリーが笑った。
「なんだよ、どこにでもある胡散臭いヤツじゃねぇかよ」
俺は苦笑した。
「お待たせしました、お弁当を作っていただきました」
しばらく経って戻ってきたランサーとウダヌスは、それぞれ三個ずつ弁当を手に持っていた。
「はい、ご飯にしましょう」
笑顔のウダヌスとランサーが、弁当をテーブルの上に広げた。
「さすが国際航路といいますか、多様な種族が乗っているようなので。明日朝のご飯は思い切ってレストランを使ってみましょう」
ランサーが笑みを浮かべた。
「……猫はダメかもよ。毛が抜けるし」
「……そうなんだよな。迷惑かけちまうぜ」
相棒と俺は苦笑した。
「うーん、そうですね。それを忘れていました」
ランサーがバツが悪そうに頭を掻いた。
「別に俺や相棒は気にしねぇから、好きに食ってくれ」
「うん、なにかお土産で食べられればいいよ」
俺と相棒がいうと、ウダヌスが立ち上がった。
「そういうのはダメです。でないと、コボルトやケット・シーが普通に卓を並べて食事していたのに、この二人だけだめというのは不条理です。ちょっと、確認してきます」
問答無用でウダヌスは部屋から出ていった。
「……おい、コボルトって俺たち猫の犬版みてぇなもんだろ。これはいいが、ケット・シーって激レアな猫精霊だよな?」
「う、うん、出会ったら凄いよ。いるんだ、この船に……」
俺の問いに相棒はぎこちなく答えた。
「あら、どうしました?」
ランサーが問いかけてきた。
「いや、なんでもねぇ。いっちまったな、こりゃ戻ってくるまで食えねぇな」
「うん、僕たちが絡んでる話だからね」
俺と相棒の言葉にランサーは笑みを浮かべた。
「もちろんです。置いてきぼりはなしですよ」
ランサーが答えた時、ウダヌスが買えってきた。
「どうやら、こちらが気を回しすぎたようです。酷い悪臭でもない限り、利用は制限していませんとの事です」
ウダヌスは笑みを浮かべ、再びソファに座った。
「なるほど、これはいいことを知りました。とりあえず、今日はお弁当を食べましょう。いただきます」
こうして、挨拶もそこそこに、俺たちは弁当の蓋を開けた。
「人間の食事も久しぶりですね。美味しそうです」
ウダヌスが食べながら笑みを浮かべた。
晩メシを食って落ち着くと、さすがに飲むのをやめてコリーとなにか話しているランサーと、相変わらず楽しそうに地図を見て楽しそうなコニーとその隣でうつらうつらしている相棒の姿があった。
平和そのものの船旅は快調に続いていて、俺はといえばベッドの一つを俺と相棒用と決め込んだベッドで丸くなっていた。
「おやすみですか?」
部屋の外に出ていたウダヌスが俺の隣に座った。
「まあ、暇だしな。暇で満腹なら容赦なく寝るのが猫だぜ」
「なるほど、理にかなっています。寝顔が可愛いです」
ウダヌスは笑った。
「……やめろ、吐きそうになったぞ」
「ご自分で見られないのが残念ですね」
ウダヌスは小さく笑い、ベッドから立った。
「お散歩いきせんか?」
「分かった、行こう……っと」
俺はベッドの上で大きく伸びをした。
「行こうぜ」
「はい、では……」
俺はウダヌスに連れられて、部屋から出た。
夜のオープンデッキは、それなりに寒いせいか、人影はまばらだった。
「今日は穏やかな夜ですね。気持ちいいです」
まるではしゃぐように、ウダヌスは笑った。
「全く、こうしてりゃ神とかいうよく分からんものにはみえん。グレイス・シティを港町にしちまったとはな!!」
俺は苦笑した。
「実際、こうして便利なのですからいいでしょう。地形変更は私の技の一つです。これがないと、なにも出来ませんからね」
「ったく、俺は意外と馬鹿じゃないぞ、これだけ地上を維持ったら周辺の街や村も大きく変わってるだろ!!」
俺は星空をみた。
「ご心配なく。ちゃんと別の場所に移転してあります。犠牲はゼロです」
「そっか、ならいいや。それが気がかりだったんだ」
俺は笑みを浮かべた。
「こういう話をしたくて、必ず身近に過去の記憶を持った存在を残すのです。迷惑は承知なのですが、時にはこうして話す機会が欲しいもので」
「やれやれ、それが俺かよ。まあ、いいけどよ!!」
俺は苦笑した。
俺たちが部屋に戻ると、ランサーと目があった。
「ああ、いたいた。明日は飲めないので、今日は飲もうと思いまして。大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。喜んで」
ウダヌスは俺の頭を軽く撫で、笑みを残して準備万端整っているテーブルに向かっていった。
「……すっげぇ飲むな。大丈夫かよ」
俺は小声で呟いて笑った。
「まあ、飲み友達が出来て嬉しいのかも?」
「ずっと一人だったからね。私たちはあんなに飲めないし」
ケニーとコリーが笑った。
「うん、僕やコーベットは論外だって。猫に飲ませたらいかんって」
相棒が笑った。
「まあ、仮に飲めてもこのペースは無理だな。まあ、平和でいいことだな」
こうして、船旅は快調に続き、夜も更けていったのだった。
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