第3話 自分が信じたいもの

混乱する頭をなんとか整理し、私はある結論へと達した。

それは、「ここにいる限り、死なない」ということ。

まぁあの人に殺されればそれで終わりなんだけど、彼のおもちゃである期間なら大丈夫だろう。

ここには食料がある。お風呂も服もある。

そして、ロステアゼルムの攻撃を受けない。

大人しくしていれば、生き残れるんだ。


今、信じられるのは、彼だけだ。

彼が私をここに置いている限り、私という存在は確立される。

人によって生かされているとはこのことだ。

私は無力だった。


                    ♦


夜。夕食をつくっていた。

そういえば、彼は夕食をどこで食べているのだろう。

そんなどうでもいいことを考えていたら、突然扉が開いた。

一瞬ビクッとしてしまう身体をなんとか押さえつけ、その方向を凝視する。


「……何だ、私が帰ったことが不満か」


やはり、現れたのは彼だった。なかなかにしぶとい。

そしてどうやら私は嫌そうな顔をしていたようだ。

そんな本心とは裏腹に慌てて首を振る。


「い、いえっそんなこと」


──永遠に帰ってこなければいいのに!


「それは……夕飯か」


彼がキッチンを見て言う。


「はい、そうです」


「私の分は?」


ないです。

ある訳ないじゃない。この人馬鹿なの?


「……あります」


いつも本心に逆らうのは大変だ。だけどいつ何時殺されるか分からないので困ったものだ。


「ならば貰おうか」


「え」


色んな意味で「え」だった。

いやちょっと待ってよ。私の分は?

というか貴方食べてないの?


「私の料理でいいんですか」


「食わないよりはマシだ」


……。

怒りで切っていたトマトがつぶれた。

全くもう何なんですかこの人。料理している人の身にもなれって……

そういえば私、この人にお礼言ってないや。


「あの」


「何だ」


短く応える彼に言った。


「あ……その、朝ご飯、作っていただいてありがとうございます」


「やっと気付いたのか」


「……はい」


「ついでだ。気にするな」


じゃあ気にしません。

そう思ってふと気が付く。

私、完全にこの人に対する恐怖が無くなっている。

そして何故か私はこの人を毛嫌いしている。

今のも料理に対するお礼だし。料理を粗末にしちゃだめだって、お母さんがいつも言っていた。

だから、なんというか……強気になっている。


もういいや。追加で作ろう。

半ば投げやりでつぶれたトマトをお皿に盛りつけた(盛りつけようと頑張った)。

まさかマズイなどと言われるわけないだろう、いや言われた時の為に彼の顔面に投げるトマトでも用意しておくべきか、と考えた挙句、何も言わずに皿を差し出した。


「ありがとう」


それが、彼から初めてきくお礼だった。


「……ついでですので、気にしないでください」


ふいと顔を背ける。


「追加で作っていただろう。嘘を吐く必要などない」


何なんですかねぇこの人。分かってたなら言ってよ。


「……貴方に殺されてしまうと思ったので」


正直に言ったら、鼻で笑われた。


「誰がそんなことで殺す? 貴様は馬鹿か?」


あっそう……馬鹿ですよ……どうせ私馬鹿ですよ悪かったですね……

とても苛々しながら夕飯を食べ終えた。おかげで味もよく分からなかった。

後片付けをしようと立ち上がったら、彼に呼び止められた。


「ああ、そうだ」


「何ですか」


「美味かった」


……。

その程度の言葉で騙されるわけないからね。


「……また作っておきます」


その!! 程度の! 言葉で!! 騙されるわけ! ないからね!!!


                  ♦


その後。

もう寝ようかと思っていたところに、シャワーを浴び終えたらしい彼が部屋に入ってきた。

全身に悪寒が走る。

……もしかして、また?

なるべく彼を見ないようにしていたのに、近づいて来る気配がする。

そして、彼は言った。


「……嫌なのか?」


「嫌です」


さっき嘘はいらないと言われたのだ。

拒否ってこれで殺されそうになったら思いっきり罵ってやるつもりだった。

……つもりだったのに。


「ならば今日は止めておこうか」


その中途半端な優しさ、要らないです。

逆に悪寒がして、私は毛布にくるまった。

──今日は、ってことは、明日は……。

溜息しか出なかった。

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