第46話
あの時、弁慶は九郎に従い、頼朝の元へ馳せ参じた。頼朝は当初、弟との再会を喜び、九郎を温かく受け入れた。九郎はその後の度重なる合戦で幾度も戦績を上げ、とうとう平家を壇ノ浦に滅ぼした。
「認められて、しかるべき。誰も……誰も過ちは犯しておりませぬ」
弁慶はそう言って、苦々しく杯をあおった。大天狗が、小さく、然り、と、呟いた。
九郎の業績は京の後白河法皇に認められ、官位を授かった。そのことが、兄頼朝の怒りを買った。
「否、それだけではあるまい。積もり積もった多くの行き違いが、あれら兄弟の間に深い溝を築いてしまったのだ」
秀衡が言った。
九郎は、世の中の駆け引きや、武士としての定石を知らないまま育った。その、無垢な心のままで戦に臨み、武士として生きねばならなかった。そのことが最大の不幸であったのかもしれない。
(そうであるならば、咎は我にもあろう)
秀衡は胸の痛む思いであった。しかし、あの無垢な瞳に、人の世の汚泥を塗るような真似が、果たして自分にできたかどうか。今、やり直せたとしても、果たしてできるのかどうか分からなかった。
「我が主を再びこの地へ迎え入れてくださったこと、深く感謝しております」
弁慶はそう言って頭を下げた。まるで、秀衡の胸の痛みを察したかのように。たとえそうであっても、秀衡はもう驚かなかった。大天狗が認めた、彼であれば、何を察知してもおかしくないと思った。
九郎はその後、兄頼朝に追われる身となり、秀衡を頼って奥州へ逃れた。道中、様々な受難があり、それを弁慶も共に掻い潜って来た。傷ついた一行を、秀衡は温かく迎え入れた。
その時の九郎を、秀衡は忘れなかった。まさに傷ついた子供そのものであった。それでも、泣きはしなかった。涙をぐっと堪えて、秀衡に膝をついて頭を下げた。
(見ただけで、分かる)
秀衡も細かい事情は知らなった。ただ、伝え聞くこと、そして、可能な限りをゆきのかや大天狗から聞いていた。それでも、どれほどの想いがそこにあるのか、想像に難くない。
手を離してしまえば、この命は露と消える。それに、手を延べずにおられる秀衡ではなかった。
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