六章 不可視の殺人 2—1
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猛がいなくなっちゃった。
僕はどうしたらいいんだろう。
ふだん、兄ちゃんに頼りきってるから、こういうとき困る。
(やっぱり、どうにかして蘭さんを助けださなきゃ。祭がおわったら、きっと別棟に幽閉だ。機会がなくなっちゃうぞ)
猛が連行されてから、今日で二日めだ。
猛の指紋は、とうぜん、ノコギリに残ってる指紋と照合するから、これ以上ないくらい嫌疑濃厚な、第一容疑者。
警察は完全に猛を犯人だと断定してるはず。
おかげで社の立ち入り禁止もとかれて、明日には、また夜祭のやりなおしがある。
祭のあいだは忙しいから、水魚さんにもスキができるはずなんだけど……。
うーん。
とはいえ、どうやって助けだせばいいのか。
そもそも、今、蘭さんはどこにいるのか。
猛が手紙を託すくらいだから、水魚さんなら居場所を知ってるんだろうけど、教えてくれるわけがない。
(今度こそ、八頭家の別棟かな。でも、あそこに入るのはムリだし……入口が一つしかないもんなあ)
いろいろ考えるうちに、ふと僕は思った。
(そういえば、あの場所はどうなったんだろう)
あの滝裏の人工洞くつだ。
この前の夜祭では、御子の代役のために、蘭さんはつれだされたあとだった。ってことは、あのあと、あそこに帰されたって可能性もゼロじゃない。
(いちおう、ダメもとで行ってみようか)
ほかにあてもないし、僕はあの場所をしらべてみることにした。
思いついたのが、午後五時ごろ。
夕食に新ジャガを使ったコロッケを作って、あげたてをパクつきながら、香名さんに置き手紙を書いた。
今夜も遅くなるかもしれないけど、心配しないでねって。
というか……こんなこと書いちゃって、いいのか?
香名さんは水魚さんと、なんか関係ありそうだ。
蘭さんのことはあきらめて帰れなんて言ってたし、もしかして、あっちサイドの人なんじゃ……?
そうは思うんだけど、やっぱり、香名さんのことは信じたい。
百合花さんのイメージをかさねてるからだろうか。
それとも、じいちゃんの好きになった人に似てる気がするからか。
違う。香名さんが僕らのことを心配してくれる気持ちには、ウソがないからだ。
僕らのことで、水魚さんに抗議してた香名さんの訴えは本物だった。
(きっと、わけがあるんだ。僕は香名さんを信じる)
僕はきざみキャベツといっしょに、コロッケを皿に盛りつけ、ラップをかけた。
大丈夫。
夕食までには帰ってこれる。
手紙は念のためだ。
用心に懐中電灯は持って出たけど、外は明るかった。
暗闇の心配より、農作業中の村人に見つかる心配したほうがいいみたいだ。
僕はなるべく、畑のあいまの林に身をかくしながら、村の西に向かっていった。
村外れの雑木林(涼音さんが落ちた池があるとこ……怖い!)のなかを通って、滝つぼのある北側まで行こう、と思ったのだ。
ところが、
「あれ、かーくん。なにしちょうでえ」
ああ……この緊張感のないバカ明るい声は……。
ふりかえると、池野くんが自宅の庭から大きく手をふっている。
池野くんは子どもっぽいなあ。
ニワトリ(藤村では、たいていのうちが飼っている)を、鳥小屋に入れながら、安藤くんとポッキーをかじっていた。
しかたあるまい。
ここまで、おおっぴらに見つかってしまっては、無視するほうがあやしまれる。
「うん。まあ、散歩っていうか」
「へえ。もうすぐ、日の入りで暗くなあよ。かーくん一人で、顔なし女に追いかけられたら、どげするぅ?」
まったく、もう。
すっかり僕の弱点、ばれちゃって……。
「やめてぇ……怖くなるからぁ」
僕は手をふって歩きだした。
変に思われなかったかなあ。
怖がりな僕が日没間近に、一人で散歩。
しかも、村ではついこのあいだ、猟奇的な殺人事件があったばかり。
僕が池野くんたちなら、思いっきりあやしむとこなんだけど。
そのあとは誰かに見つかることもなく、滝つぼへ続くあの細道へ入っていく。
腕時計を見ると、五時二十分。
山間部の日暮れは、ほんと早いなあ。さっきまで明るかったのに、もう暗くなってきた。
急いで帰らなくちゃ。
ちょっと中へ入って、あそこが無人だと、たしかめるだけだ。
できれば完全に暗くなるまでに帰っときたい。
というわけで、さきを急ぐあまり、僕の注意力は散漫だった。
自分では気をつけてたつもりなんだけど。
滝つぼについて、ヤブのなかに入っていくと、格子戸のカギはあいていた。
この前、僕と猛が調べて出ていったときのままだ。
そういえば、あのとき、兄ちゃん、けっきょく、ノコギリ使わずじまいだったから、僕らがここを見つけたこと、水魚さんにバレてないのかも。
(けど、カギがかかってないってことは、なかは無人だよなあ? 入っても、蘭さん、いないんじゃ?)
僕は迷ったが、ここまで来たんだ。
もしもってことがある。
いちおう、かがんで格子戸をくぐる。すでに、なかは暗いんで、懐中電灯をつけた。
はあ……やっぱり、何度、来ても、すごい迫力。
狭くて暗くて、けずりとった岩肌が、むきだしってのが……。
ガンバレ、僕。
オバケ屋敷なんかにくらべたら、てんで狭いし、一瞬で終わるよ。
ちょっと、そこの目の前のドアあけて覗いてみるだけ。
時間にしたら数秒だって。
僕は自分をはげましながら、深呼吸ひとつ、奥の扉まで走っていった。
ここの扉にもカギはかかってなかった。
座敷牢(だよね。まんま)のなかは、無人。
ほら、見ろ。
やっぱり、なんにもない。
蘭さんがいなかったことは残念だけど、変なものがなかったから、よしとするか。
僕が安心して、くるっと、きびすをかえしたときだ。
目の前に人の顔があった。
白目をむいて恨みをのんだ亡者の顔!
ああ、やっぱり、僕は見える人だったのか。
この前の夜祭で、霊的才能が開花してしまったのか。
いらないよっ、こんな才能。
僕は魂の底から叫んだと思う。
腰ぬかして、ちょっと気が遠くなったんで、よくおぼえてない……。
ギャアアアーッ!——と、金切り声をあげる僕に、ゲラゲラと無常な声があびせられた。
なぜ? なぜ、亡者が笑うのか?
よく見ると、亡者の顔に見おぼえがあった。懐中電灯で下から照らされて、変な陰影できてるけど、それは変顔を作った安藤くん。
池野くんもいる。
二人は本気でおののく僕を見て、腹をかかえて笑っている。
くっ……さては、あと、つけられてたのか。
「ひどいよ。今ので僕、寿命ちぢんだからね。二年はちぢんだ」
「ごめん。ごめん」
「だって、キモのこまい(小さい)かーくんが、一人で、こぎゃんとこ(こんなとこ)入ってくし、つい、おもしろそうで」
安藤くん。それが君の秘密、守ってあげた僕への仕打ちか?
ロリータと浮気してたこと、ばらしちゃうぞ(泣)
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