第一章

第6話 みんなでカラオケ

それから数日が経過し、合格発表も無事に終えることができた。





 僕たちは学校の教科書を買うために、芙士ふじ本町通りにある「岳陰堂がくいんどう書店」に向かうことにした。


 この書店は二階建てで、普段は一階部分しか営業していないものの、教科書の販売の時期には二階を開放している。


 大きな紙袋に入れられた教科書は、もし頭の上に落としたら命を奪えるのではないかと思うくらい、強烈な重みを腕に与えてくる。





「教科書、電子化してくれればいいのに……重い……」


 思わず僕の口から、愚痴がこぼれる。





「こういうところは、遅々として進まないのがこの国の特徴だな」


 久朗くろうも同感のようだ。





「あれ? あの子は……?」





 ふと、見覚えのある姿を目にして、僕の足が止まった。


「間違いない、あの時の少女たちだ!」





「あ、あの時のお兄ちゃんたちなの!」


 めあと名乗っていた少女がこちらに気づき、声を上げた。





「あなたたちは……」


 もう一人の、めあを守っていた少女もまた、こちらに気づいたようだ。





「えっと……そういえば、なまえを知らないや。何てなまえなの?」


 めあの言葉にあの時は、バタバタしていたためお互いの名前もきちんと確認していないことに気づかされる。





「僕の名前は、御門祐樹みかどゆうきだよ」


「私は神崎久朗かんざきくろうだ」





「……私は、神無月奏かんなづきかなでです」


「めあは、有栖川ありすかわめあなの!」





 こうしてお互いに、名前を知ることができた。


 奏はまだ、少し緊張しているようだ。 





「そういえば、面接は大丈夫だったのか?」


 久朗が奏に問いかける。





「はい。まもるさんの証言とまいさんの電話があったので、無事に入学できました」





 少し心配だったので、僕はホッとした。





「私が通うのは、芙士美ふじみ高校です」


「めあは、芙士ふじ第一小学校なの!」





 まず芙士美高校というのは、芙士市にある私立の学校だ。


 芙士駅から近く、商業系の学部に力を入れている。


 この学校もまた「ヒーロークラス」が存在する高校の一つだ。





 そして芙士第一小学校は、この本屋から歩いてすぐのところにある、歴史のある学校である。


 校舎の建て替えや耐震補強などはなされているものの、少しレトロな感じを思わせる学校だ。


 ちなみに結城や久朗も、この学校に通っていた。





「ここであったのも、何かの縁だと思う。もしよかったら、近くのカラオケルームにでも行かないか?」





 そう、久朗が提案する。


 重い紙袋を置いて、一休みしたいという気持ちもあるのかもしれない。





「私の方は、大丈夫です」


 奏が答えると、慌ててめあが言葉を重ねる。





「めあも一緒に行きたいの! ……ダメかな?」


「もちろん、構わないよ」





 小学生の料金が加わっても、おそらく大した金額ではないだろう。


 ここは三人で分担して、一緒に楽しむことにした。





 向かったのは駅前にある巨大なカラオケルーム、『グランエコー』だ。


 ここは一つのビル全てがカラオケルームになっているという作りで、機器も最新のものが導入されている。


 ビル自体は古いものの、内装が一新されているのでそれをあまり感じさせない。


 三人分+小学生の料金を払い、部屋に入る。





「さて、誰から歌う?」


 久朗が問いかける。





「めあ、一番なの!」


 元気に答えるめあ。


 無邪気な感じで、ほほえましい。





「歌う曲は……これにするの!」


 選ばれたのは、『levan Polkka』だ。





 軽快な音楽が流れだす。


 元は民謡で、外国語の歌詞なのだがリズム感がよく、比較的歌いやすい曲だといえる。


 たどたどしい所があるものの、なかなか上手だ。





「じゃあ、次は僕たちが歌うよ!」


「となると、あの曲だな!」





 選んだ曲は、『erase or zero』だ。


 この曲は「機動戦姫きどうせんきヴォーカリオン」というアニメの主題歌で、僕たちのお気に入りの曲。


 デュエットであるが何度も歌っているので、息はばっちりだ。





「二人とも、とっても上手なの!」


 めあも興奮気味のようだ。





「次は、奏の番かな?」


 久朗が促し、はにかみながら彼女が曲を選択する。





 ――その時、震えるような思いがした。


 彼女が選んだ曲は、『鎖の少女』。


 この曲は見えない鎖によって支配された少女を歌ったもので、非常に重い曲なのだが、それを見事な歌唱力で歌いきっている。


 終盤の力強さを感じさせるところも含めて、歌唱力が凄まじい! 





「ふぅ……恥ずかしいけれども、こんな感じです」





「どこが恥ずかしいの! これって、プロ並みの歌唱力だよ!」


 思わず僕は、叫んでしまった。





「いや、私も驚いた。正直これは、お金を払って聞くべきレベルだと思う」


 久朗もそれに同意する。





「めあ、この曲は少し怖いと思ったの。でも、すごく上手だったの!」


 めあには少し、早い曲だったようだが……逆に怖さを感じさせるほどの歌唱力だったと言い換えることもできる。





「あの後に歌うのは、恥ずかしいけれど」


 僕は次の曲を入れる。


『テレカクシ思春期』……なんとなく、今の気分にあっているような気がする。





「じゃあ、つぎはめあ~!」


『ぽっぴっぽー』という、軽快な曲。





「そういえばめあは、野菜、食べられるの?」


 ふと気になって、僕は聞いてみた。





「うう……ピーマンだけはダメなの。それ以外は大丈夫なの」


 顔をきゅっとしかめて、めあが応える。


 この表情からすると、よほど苦手なのだろう。





「では、次は私が」


 久朗がマイクを握る。


 選んだ曲は『スノーマン』。


 力強さとはかなさを感じさせる曲調を、見事に歌い上げている。





「みんな、歌が上手いのですね」


 奏が言うが、現在のところ彼女がダントツだと感じている。





「もう一曲くらい、奏も歌わない?」


 僕が促すと、彼女は『深海少女』という曲を入れた。





 ――やっぱり、上手い! 


 まるで海の底に沈んでいくような、歌詞の情景が目の前に広がるような印象を受ける。


 そして……なんだか、本当に彼女自身が救いを求めているような、そんな感じがした。





 一通り歌って、ちょっとしたことを話すようになった。


 奏も、めあちゃんも、とってもいい子なのだと思う。


 こういう子たちを守れて、本当に良かった。





 その時、くぅ~っと、かわいらしい音がした。


「めあちゃん、お腹がすいたのかな?」


 奏が問いかける。





、めあ、の」


 明らかにバレバレの嘘を、めあが口にする。





「あはは、いいよいいよ。僕もおなかが空いたし、ポテトを頼もう」


~!」





 注文を行い、少し静かになった。


 隣の部屋から、歌声が聞こえてくる。


 ……あれ?あの声は…‥? 





「なあ結城、あの声って舞先生じゃあないか?」





 言われてみると、確かに。


 歌っている曲は「ルカルカ☆ナイトフィーバー」だ。





 どんな感じなのか気になったので、こっそりと見てみることにした。


 学校ではポニーテールであったがそれを解いており、ウェーブのかかった髪型をしている。


 ピンクのストライプが入ったワンピースをまとっていて、かわいらしさとセクシーさが上手くマッチした感じだ。





 アップテンポのこの曲をノリノリで歌っており、実に楽しそうだ。


 振り付けも完ぺきで、まるでプロのような雰囲気をかもしだしている。





「面白そうだし、声をかけてみよう」





 止める間もなく、久朗が動き出してしまった。


 ノックを行うが、なかなか気づかない。


 ……歌、上手いな。奏もそうだけれども、彼女も歌手になったほうがいいのでは? と思うくらいだ。





 歌い終わってようやくノックに気づいたらしく、慌ててこちらにやってきた。





「うう……恥ずかしいところ、見られちゃった」


「いや、いいものを聞かせてもらった。途中からは、邪魔をするのがが無粋だと感じたくらいだ」


「ならいいけれど……って、あれ、この子たちは……」





 どうやら、奏とめあに気づいたようだ。





「私の名前は舞よ。芙士高ふじこうで、教師をしているの」


「あ……先日はありがとうございました。神無月奏です」


「ありがとうなの! 有栖川めあなの!」





 二人がお礼を言う。





「本当は、生徒だけでカラオケに行っていることをとがめないといけないのかもしれないけれど……歌っていたことを黙っていてくれるならば、チャラにしてあげるわよ」





 どうやら舞先生は、わりと話が分かるタイプのようだ。





「どうせならば一緒に歌わない? 久朗と一緒に『ACUTE』なんてどうかしら?」


「それだと私が刺されることになるのだが!?」





 久朗が即座に、ツッコミを入れる。


 少し慌てていたようで、早口になっていた。



 ちなみにこの曲は、三角関係のもつれの果てに病んでしまった少女が、恋人の男を刺すというちょっと物騒なものだ。


 ……先生、その選曲はまずいのでは?





「まあ、結城が刺されるのであれば、まんざらでもないのかもしれないがな」


「な、なにを言っているんだよ、久朗!」





 僕の慌てた様子に、みんなが笑う。


 奏もかすかに微笑んでいるように見えた。


 やっぱり彼女には、笑顔が似合っているような気がする。





 その後数曲歌い(舞は『Just Be Friends』を歌っていた。やっぱり上手い)、僕たちはカラオケルームを後にした。





「そういえば、電話番号やメールアドレスの交換をしたほうがいいのではないか?」





 久朗の提案は、もっともだと思う。


 学校が違うのだから、これで関係が終わりになってしまってはもったいない。


 みんなが(舞も、面白がって参加していた)、それに同意した。





「それじゃ、またなの~!」


「それでは、失礼します」





 二人が去っていく。


 なんとなく、この二人とは長い付き合いになりそうな感覚を覚えた。

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