第16話 店長に励まされた

「あら、九門くん?」


 九門の顔を見て声をかけたのは、店長の奥さんだった。


 このお店は、店長と奥さんのふたりでヤリクリしている。他の店員はいない。今日は少し暇なので、出来る範囲から片づけを始めるようだ。


「あ、どーもです」

 九門はペコリと頭を下げた。


 奥さんは、店長と九門の前に、水を差しだした。

「珍しいじゃない、こんな時間に」


 九門はたいてい閉店後に現れるので、奥さんと顔を合わせることは少ない。


 ショートカットでキリッとした雰囲気、なかなか美人。なぜこんな人が店長のようなイカツイ男と…、というのは店長が酔っぱらったときにしか言わないことにしている。


 そのイカツイ店長が、優しく九門に声をかけた。

「お前、腹減ってないか?」


「うーん、ちょっと」


 続いて店長は、奥さんに声をかけた。

「おい、確かおにぎり余ってなかったっけ?」


「あー、あるある。ちょうどいいから九門くんに食べてもらお」


 明らかにエネルギーが少ない状態の九門を見て、店長はちょっと呆れたような感じにの笑顔に。

「昨日は元気な感じで帰ったのに、またこれか。コロコロ忙しい奴だな」


 おにぎりに手を伸ばす九門。

「店長、コメント全部見た?」


「ああ〜、それね」


 店長もおにぎりに手を伸ばした。豪快にかぶりつき、口のなかにコメがいっぱいのまま喋る。

「ほへでほんな顔になっへんのか、ひょうもねえほと気にふんなよ」


 カウンターの中からツッコミの声。

「食べてから喋りなさいよ」


「うふへー」


 九門もおにぎりをちょびっとかじった。

「いや、ケッコーくるよ、あんだけ喰らうと」


 店長はニヤリとした笑顔で聞いた。

「お前、食べログの俺の店のレビュー全部見たことある?」


「いや、全部は……」

「似たようなもんよ、マズいだの遅いだの書かれてさ」

「そうなんだ……」


「店長の態度がどーたらこーたらとかよ」


 それはちょっと分かる。と言いかけたが、九門は飲み込んだ。

「どうやって乗り越えるの、それ?」


 店長はニヤリと笑った。

「乗り越えることなんてできねーよ。ていうか乗り越えなくていい」


「え…?」


 店長は、おにぎりに手を伸ばした。

「ちょっと傷つきながら、やってくしかねえ。気にしないなんて無理。でもそれ以上に喜んでくれる客がいるんだからよ。その人たちのためにも一生懸命働かなきゃな」


「……。」


「だはら、乗りほへなくへいいんはよ」

「食べてから喋りなさい」



―― 乗り越えなくていい


 この言葉が九門の心を軽くした。


 こんな豪快な店長でも実は傷ついている。それ以上に喜んでくれている人がいる、というのもまさにその通り。どっちに気持ちを向けるか。


「そうか」

 おにぎりに手を伸ばした。そして、おかずが欲しいと思った。


 九門は笑顔になった。

「奥さん、卵焼き」


 奥さんはテーブルを拭きながら、高い声で返事をした。


「はーーい、まいどー」

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