2-7 守護精霊

「母上、今の話は本当なのですか?!」


ジークベルトの顔は青ざめ、ヨハネスは言葉を無くしてしまった。

それもそのはず、聖なる魔法というのは治癒魔法である。時には呪いを解いたり、解毒の魔法もある。その力をレイリアは受ける事が出来ないと言う事は・・・?


「ま・・まさか、サバトスの呪いのせいでしょうか・・?」

ヨハネスはユリアナを見つめて言った。


「ええ、もっと早くに気が付くべきでした。もし聖なる魔法が効くのであれば、サバトスの呪いを浄化する事が出来たはずですから。それ程恐ろしい呪いをレイリアは受けてしまったようです。」


「もし・・・もし、旅の途中で大怪我を負ってしまうような事があれば・・・?」

ジークベルトは顔を歪めた。


「恐らく、レイリアは助からないでしょう。ただ、毒の耐性はあるようです。レイリアには毒は効きません。その点は安心しても良いと思います。」


「それならレイリア様が旅立つ時には大量の回復薬を持たせる必要がありますね。すぐに大量生産するように指示を出しましょうか?」

ヨハネスは言ったが、ジークベルトはそれを制止した。


「いや、待て。それでは恐らく間に合わない。サバトスは強力な魔術師だ。私たちもマリネス王国でグール達と戦ったから当然分かるだろう?サバトスには使い魔が沢山いるかもしれない。道中、使い魔に遭遇した場合、戦いの最中、傷を負った際に回復薬を使う事ができると思うか?」

ジークベルトの意見にヨハネスは黙り込んでしまった。


「母上、我々の国に代々伝わる<聖者の祈り>の魔石を加工して、ブレスレットや指輪のようなアクセサリーに加工してレイリアに持たせてみるのはどうでしょう?」

ジークベルトは提案した。


この<聖者の祈り>と呼ばれる魔石は代々、癒しの魔法の能力に長けていた王族が傷を回復させる魔法を注ぎ込んできた石の事である。

そしてこの魔石を所有し、祈りを込めると<癒しの魔法>が発動し、傷を負った身体をたちどころに回復させてしまう、まさに王国の秘宝であった。


「いいえ、恐らく無駄だと思います。元々癒しの魔法が効かないレイリアに効果があるとは思えません。」

ユリアナは首を振った。


「一体、どうすれば良いのだ・・・。」

ジークベルトは頭を抱えてしまった。自分の可愛い娘が旅の途中で魔物に教われ、大怪我を負って苦しむ姿が目に浮かぶ。


「ジーク、この国の医学者達を王宮に集めるのです。そして今以上に効果の高い回復薬を彼等に開発させるのです。私はその間に別の方法を考えてみます。良いですね?」


「はい、分かりました。直ちに医学者達を招集致します!」

ジークベルトは大きく頷いた—。


 


「それで、あなたは誰なのかしら?どうして私の事を知ってるの?」

レイリアは動物達に囲まれ、ぼんやりと光っている薄絹を身にまとった謎の人物を前に再度同じ質問をした。


「僕は、水の精霊 ≪ アクア ≫さ。レイリア、君を守護する精霊だよ。」

アクアはクルリと宙返りをした。その際に軽い水しぶきが上がり、レイリアや動物達を水で濡らしてしまった。


「キャッ!」

水しぶきを浴びたレイリアは小さく悲鳴を上げた。


「こら!何するんだよ!」

「酷い、羽が濡れちゃったわ。」

「私みたいな小さい生き物は水が苦手なんだからね!」

動物達は一斉に文句を言う。


「ああ、ごめんよ。レイリア、濡らしてしまったね。」

アクアはレイリアの前に跪いて謝った。


「本当に・・・あなたは水の精霊なのね。」

レイリアにとって、まだ信じられない出来事ではあったが、確かにアクアの身体は全身水色で覆われていて、良く見ると身体が透けている。


「レイリア、今の君の瞳はアレキサンドライトの色をしているけど以前はアクアマリンの色をしていたよね?僕の身体はアクアマリンと同じ色なんだよ。だから、僕は君

の守護精霊なのさ。」


「そうだったのね。私に守護精霊がいるなんて知らなかったわ。他の人達にも守護精霊がついているのかしら?」

レイリアは質問した。


「う~ん。残念ながらそれはあまり無いかな?普通の人達には殆ど守護精霊はついていないんだ。魔力を持っている特別な人とか、中には信仰深い人たちには守護精霊が付く事はあるんだけどね?でも、レイリア。君はその中でも特別なんだよ?」

アクアは目をキラキラさせながら言った。


「特別?」


「そう!君には4代エレメントの守護精霊が付いているのさ!まずは僕、水の精霊のアクア!」


「私は風の精霊<シルフ>よ。初めまして、レイリア。」

突然家の中で小さなつむじ風が発生したかと思うと、目の前に袖のないドレス、地に届くような長い銀色の髪の毛の美女が現れ、ほほ笑んだ。


「俺は火の精霊<フレイム>。」

突如、ボッ!と一瞬炎が現れ、消えた。そしてそこには全身がオレンジ色に輝く短髪で目元が凛々しい少年がそこに立っていた。半袖の上着に短いズボンに、足元はブーツを履いている。年の頃はアクアと同世代のようだ。


「私は地の精霊<ノーム>だ、よろしく頼む。」

肩まで伸びた黒髪に緑色の法衣のような衣装を身にまとっている人物が突然目の前に現れた。美しい顔立ちにやさしい眼差しでレイリアを見下ろして笑みを浮かべている。レイリアにはこの地の精霊が一番人間らしく見えた。

何だか、雰囲気がお父様みたいな方ね・・・・。

レイリアは心の中でそっと思った。


しかし・・・・・4人は集まると、何やら揉め始めた。


「おい、アクア!何でお前が一番最初に出てくるんだよ?!勝手な事をするな!」


「煩いなあ、フレイムは。あまり僕に近寄らないでくれる?君の熱で僕の身体の水分が渇いてしまうだろう?!」



「ふん。ノーム、貴方っていつも堅苦しい服ばかり着てるわね?私たちは精霊なのよ?それに、相変わらず暗い男ね。」

シルフは美しい顔でノームを睨み付けながら文句を付けている。


「シルフよ、相変わらずそなたは化粧が濃いな・・・・。それ程、素顔を晒すのが嫌な様だな。」

ノームは軽蔑の眼差しでシルフに言った。


「何ですって・・・・?貴方今、この私に何て言ったのかしら?」


「年々、化粧が濃くなってくるようだな?シルフ。」


激しく睨みあう二人。


「お前みたいな奴・・・俺の炎で消し去ってやろうか?」


「やれるもんなら、やってみな!その前に僕の水でお前を消し去ってみせる。」


火花を散らす二人。



「レ・レイリア・・・・。どうしよう・・・。」

リスが肩の上に乗りながら震えている。


「何だよ・・・、仲が悪いなら皆で集まるのやめろってば!」

ウサギはピョンピョン飛び跳ねながら抗議している。


「皆、喧嘩はやめなさーい!やめないなら私のくちばしで突っついてやるわよ!」

鳥は4人の精霊の頭上を飛び回りながら仲裁をしようとしている。


レイリアは慌てた。もし、仮に精霊同士がこの家で喧嘩を始め、魔法を使おうものなら・・・ただでは済まない!

「皆ーっ!お願いだから喧嘩はやめてーっ!!」

レイリアは必死で叫んで止めようとしたが、誰一人聞く耳を持たない。

そしてついに、お互いが魔法を発動しようとしている。


「もう駄目だわ!レイリア、逃げましょうよ!」

鳥がレイリアの髪の毛を引っ張って連れ出そうとしている。


「あ、痛たたたた・・・!ねえ、ちょっと待って、鳥さん!髪の毛が痛いのだけど!」



 その時である—。

部屋の奥の壁際から背中がゾクリとする気配を感じた。他の4人の精霊も同様に気が付いたらしく、壁際に視線を移した。


「「「「シェイド!!!!」」」


一斉に叫ぶと、4人の精霊全てが一瞬で全員が消えてしまった。それにつられる様に他の動物たちも一斉に慌てて部屋から逃げ出してしまったのである。


「シェイド・・・・?」

レイリアは気配がする方向を振り向いた。そこにはレイリアよりは少し年上に見える少女が立っている。肩より少し下の部分で切りそろえられた、くせのない真っすぐな黒髪、青緑色に光り輝く碧眼の瞳はどこか憂いを帯び、色白で赤い唇のエキゾチックな美しい少女がレイリアをじっと見つめていた。


「あなたが・・・シェイド・・なの?」

レイリアが恐る恐る黒髪の少女に尋ねた。


「ええ。私はシェイド、彼等とは違うエレメント・・・忌み嫌われる闇の精霊。」

少女の声はどこか悲しそうに続けた。

「元々、私は貴女の守護精霊では無かったの。闇の魔術師サバトスの精霊だった。けれど貴女がサバトスの闇の力を奪い取った時に彼の守護精霊の力が貴女のものになったのよ。元々私は4代エレメントに属さない存在、だから余計に恐れられてしまうのよ。」


「だから・・・他の守護精霊たちは逃げてしまったの?」


レイリアの質問にシェイドは頷いた。

「ええ。貴女には本当に悪い事をしてしまったと感じているわ。だって私が貴女の守護精霊にならなければ呪いを受ける事も無かったんですもの。そのせいで貴女には聖なる魔法を一切受け付ける事が出来なくなってしまった身体に作り替えてしまったのだから。」


「え?聖なる魔法を受け付けない?それってどういう意味なの?」


「つまり、今の貴女には治癒魔法が一切使えないって言う事。仮に死にそうな大怪我を負った場合、傷を治せなくて死んでしまうかもしれないって事なの。」


「え・・・・?」

レイリアは耳を疑った―。




「レイリア、只今戻りましたよ。」

夕暮れになり、ユリアナが鏡を使った次元回廊を使用して帰宅して来た。


「・・・お帰りなさい。」

レイリアは振り返りもせずに料理をしていた。


「レイリア、お父様とお母様に会ってきましたよ。二人とも貴女の事をとても心配していましたよ。」

ユリアナはレイリアの近くに来て声をかけた。


「そう。」

いつも以上にそっけない態度にユリアナは軽くため息をつくと、エレーヌから預かってきたハンカチをレイリアの前に差し出した。


「これは?」

レイリアはユリアナからハンカチを受け取ると尋ねた。


「このハンカチは貴女のお母様が作った手縫いのハンカチですよ。そのアネモネ花の刺繍は<あなたを信じて待つ>だそうです。レイリアの無事を祈っていますと言っておりました。」


「そう、こんなハンカチ1枚で私が喜ぶと思っているのかしらね。」

レイリアは言いながらもハンカチをポケットにしまい、言った


「ねえ、私何だか疲れてしまったから今日はもう一人にさせてもらえる?」

再びレイリアはユリアナに背を向けると言った。


「レイリア・・・?」

ユリアナはいつも以上に素っ気ないレイリアの態度に異変を感じた・・・・が、あえて何も言わなかった。

「分かったわ、それでは私は今夜はこれで帰ります。レイリア、ゆっくりお休みなさい。」


レイリアはユリアナを振り返りもせずに言った。

「ええ。分かってるわ。」


そしてユリアナは鏡を使って、屋敷へと帰って行ったのであった—。





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