第24話

 土曜日、決勝の前日。空は胸中を映しだすような曇天、重く垂れ込む黒い雲が、空一面を支配している。朝十時の明るさはなく、嵐の前のような暗さがあった。


 待ち合わせ場所は駅前だった。今にも降り出しそうな雨を恐れてか、辺りには誰もいない。小さなロータリーの中央にある時計塔の下、ポツリと立ちぼうける。


 どうして瑞樹は、いきなりデートに誘って来たのだろうか。


 そんな事はどうでも良かった。いや、よくないのかもしれないが、考える余裕がないのだ。


 なんとかして、瑞樹に負けてもらわなければいけない。だが、もうできる事はない。意思を伝えたんだ。あとは答えをくれるまで待つしかない。


「ごめん、遅れた!」


 少しして、瑞樹がやってきた。白いブラウスに花柄のスカート、ヒールを履いていて、女の子って格好だ。どれも服の形に固さが残っており、買ったばかりのようである。

 瑞樹は俺の前まで来て立ち止まると、不安げな面持ちで尋ねて来た。


「大丈夫? 酷い顔だね」


 そう言われ、俺は俯く。心配をかけないようにするなら、大丈夫と答えるべきだ。けれど、嘘でも言うことが辛くて、ただ顔を伏せることしかできない。


「……将吾。今日はさ、私が決勝で負けてあげるか決めるのに、確かめたいことがあるの。だから、今は全部忘れてデートしてほしい」


 忘れられる訳がない。だが、そうしないと、可能性がなくなると言うならば、無理矢理にでも忘れるしかない。

 大きく息を吸い込む。不安や恐怖といった負の感情を心の奥に閉じ込める。そして、何とか顔をあげる。


「じゃあ行こっか」


 瑞樹は俺の顔を見ると、陽気な声でそう言った。



 駅前を抜け、大通りを歩いていた。


「それでさ、この前友達がさ……」


 道中、瑞樹は常に明るく声をかけてきてくれる。単純に気をまぎらわせようとしてくれるのだろう。

 瑞樹に気を遣わせてしまっているな。

 罪悪感に苛まれる。実際に、重い気持ちは僅かに心の奥へと追いやられている事も自覚して、情けなさも湧き上がって来た。

 何をしているんだ俺は。せめて普通にしていないと。


「私、あのテレビ番組好きなんだよね」

「俺も好きだよ。あの回が……」


 なんとか言葉を返し、そのまま他愛もない会話を精一杯しながら歩く。


「あっ、ついたね」


 瑞樹は突然足を止めた。瑞樹の視線の先を辿ると、いつか見たゲームセンターがあった。


「ここ?」

「うん」


 何も考えず、瑞樹に合わせて、ガラガラの駐車場を突っ切り入口へと進む。反応の鈍くなった自動ドアが震えながら開くと、中から、煩雑な機械音と、ゲームセンター特有の生暖かい風が、ゆっくりと漏れ出してきた。瑞樹は気にするそぶりも無く、ドアが開き切るまでに入っていく。俺もあとに続くように中へと入った。


 店内は薄暗く、所狭しと詰まっているゲーム筐体の光が不気味な明るさを作り上げている。正面に置かれたUFOキャッチャー筐体、奥に格闘ゲームが数台並び、壁際にはリズムゲームが配置されている。中途半端に新しい機種があるせいで、年季が入っていると感じさせられる。


 瑞樹はゲームを横目で見ながら店の隅まで進み、口を開いた。


「ねえさ、あれやろうよ!」


 そう言って瑞樹が指差したのは、海賊船を模した二人乗りのシューティングゲームだった。入口の黒いカーテンの隙間から、舵と固定式の機関銃がついているのが見える。中のモニターには、骸骨が不気味にしゃべる姿が映し出されていた。


 俺は違和感を覚えて瑞樹の表情を伺う。


 瑞樹と俺は小学校までの付き合いしかないが、親同伴でゲームセンターで遊んだ経験は何回もある。だが、二人でシューティングゲームをしたことはない。というのも、瑞樹が驚かされるようなゲームを好まなかったからだ。


 だから、他には目もくれず、好きじゃないはずのゲームを選んだことに違和感を覚えた。しかし直ぐに内心で首を振る。もう、瑞樹は俺の知っている瑞樹じゃない。5年近く経過していて、変わってないと考える方が不自然だ、そう理解したばかりじゃないか。何をこんな時まで縋っているんだ。


 ……でも、何か理由があって無理をしているのなら、あまり乗り気なところを見せちゃダメだ。瑞樹は引っ込みが付かなくなってしまうだろう。


「驚かないように頑張らないと」


 俺は、できるだけ抑揚をつけずにそう言った。すると瑞樹は嬉しそうに微笑んで「大丈夫、本当にやりたいから」と、筐体の中へ入っていった。


 やっぱり変わっている、そう感じながら、瑞樹の後に続いて乗り込む。


 中に入って瑞樹の隣に座り、百円玉を取り出して挿入口に入れる。すると、ゲーム画面がステージ選択の画面に変わった。海、川、洞窟の3ステージがあり、難易度順に並んでいる。


「これ、どうしたらいいのかな?」

「海でいいんじゃない?」

「ええと、打てばいいのかな?」


 瑞樹はたどたどしい様子で、画面上に映る照準カーソルを海に合わせて引き金を引いた。すると、無事ステージが選択され、画面はムービーに移行した。

 船に乗って宝探しに来たところ、嵐に見舞われ、骸骨が乗るボロボロの幽霊船に横付けされる。


「ひっ!?」


 筐体が揺れ、瑞樹が短い悲鳴を漏らした。同時にゲームが始まり、骸骨たちが襲ってくる。


「ほら、撃たないと」

「だ、だね」


 引き金を引いて、骸骨たちを蹴散らしていく。

 慣れてはいないようだ。

 瑞樹も遅れて打ち始めたが、照準があまり合っていない。どうしてこのゲームを選んだのか謎が深まる。


 体力をそこそこ削られながら、ゲームは進む。絶え間無く襲って来た骸骨の群れを倒し終えると、ヴァイキングのような格好の一際大きな骸骨が現れる。頑強な盾とプロテクターに覆われた両膝には、円のマーカーがついていた。


『印がついている場所は、二人同時に狙え』


 画面が止まり、説明のテロップが出ると、「は、はひっ!」と瑞樹が文字相手に返事した。相当テンパっているようである。


 早めに負けた方がいいのかな、とは思ったが、瑞樹は怖がりながらも楽しんでいる様子だったので、フォローしようとゲームに集中する。


 再開され、ヴァイキングの骸骨が盾を構えて迫ってくる。


「く、くるよ!?」

「大丈夫だって。ほら、一緒のところ狙おう。まずは、盾から」


 二人で同じ所を狙うと銃の威力が上がり、大きなダメージを与えていく。しかし盾も頑強で中々壊れない。ヴァイキングの骸骨はじりじりとにじり寄ってくる。


「やばいっ、やばいっ」

「大丈夫このまま」

「うんっ」


 骸骨がついに目の前まで迫り剣を振り上げた。心臓が跳ね上がる緊張感に襲われるが、我慢して二人で打ち続ける。すると、剣が振り下ろされるギリギリで盾が壊れ、骸骨がのけ反った。


「やった!」

「よっし! 次は膝!」

「膝って、どっちの!?」

「右!!」

「右ってどっち!?」

「右は右手のある方!!」


 二人で膝を狙い、無事ヴァイキングの骸骨を倒す。しかし息をつく間も無く、新たな骸骨が襲い掛かってくる。


「また来る! 将吾、右お願い!」

「おっけ! 左は任せた」


 二人で声を掛け合いながらゲームを進めていく。


 散弾銃を手に入れた俺に瑞樹は「ずるい!」と嬉しげな声をあげた。敵船に積まれた火薬樽が爆発したせいで大きく筐体が揺れて二人して悲鳴を漏らした。二人で敵の幽霊船に大砲を思いっきり打ち込み、沈めることに成功してハイタッチを交わした。

体力ゲージは減らさていたが、慣れたお陰で然程増減らないまま海ステージをクリアし、自分たちが乗る船は渓谷に入る。川は狭く、急流で、進行方向には岩が待ち構えていた。


『舵を回して岩を避けろ!』


 取り付けられた二つの機関銃の間に車のハンドルサイズの舵があった。どうやらこれを回すらしい。


『右に回せ!』


 画面に表示された指示通りに舵へと手を伸ばすと、瑞樹の手と触れ合った。


「あっ」


 反射的に手を引っ込める。瑞樹も手を引いてしまい、船は曲がることなく岩にぶつかって、筐体が揺れる。


『何をやってるんだ!?』


ゲーム音声に叱られる。


「み、瑞樹が回していいよ」

「しょ、将吾こそ!」

『何をやってるんだ!?』


 互いに謎の謙遜をしているうちに、また岩にぶつかり筐体が揺れる。しっかりとダメージは入っており、HPゲージは残り僅かとなった。


「ちょっ、将吾やばいって!」

「もう二人で回そう!」


 俺はそう言って、片手で舵を掴む。すると、瑞樹も恐る恐るといった様子で、舵を握った。


『左に回せ!』


 画面に表示が現れる。


「左だからね!?」

「左だよな!?」


 二人手が触れないように、おっかなびっくり舵を回す。しかし、あまりにも回すのが遅かったのか、曲がりきれずに岩にぶつかってしまう。


 残りのゲージは全て使い切ってしまい、画面が暗くなった。

 言葉を失い、コンティニューの文字と残り時間をただ呆然と見つめる。苦労しながら乗り越えてきたのに、呆気なく終わってしまった。


 10秒経って『ゲームオーバー』と表示されると、互いに顔を見合わせた。瑞樹は、消化不良と書いてあるかのような、間の抜けたなんとも微妙な表情をしている。


 二人揃って思わず吹き出した。自分も同じ顔をしていた事に気づかされ、また二人思いっきり笑った。


「「あはははは!!」」


 暗い感情は奥に追いやられている事に気づき、瑞樹と遊ぶことが楽しかった想い出が蘇ってくる。


 重い気分なんて、いつも今みたいに吹き飛ばしてくれていた。だから俺は、瑞樹のことが本当に好きだったんだ。


『赤兎馬ランドはなんでそんなに普通にこだわるのですか?』


 カシラに問われた言葉。あの時は、はぐらかしたが、今ならハッキリと答えられる。


 瑞樹のことがどうしようもないくらいに好きだったから、怖かったんだ。知らない価値観に染まることで自分が変わる。そしてまた、瑞樹のようになにか大切なものを失ってしまうんじゃないか、そう恐れていたんだ。

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