第22話

 今日一日、不安に動悸が収まる事がなかった。隣の席に座る東の存在を認識しては、胃が萎み、吐き気が込み上げてきた。溢れ出そうになるえづきをなんとか嚙み殺し、最後の授業まで耐えきると、逃げるように席を立ち、人目を恐れて早足で屋上へと向かった。


 階段を登り、屋上へと出る。何も遮蔽されることはない屋上は夕日に赤く染め上げられ、貯水タンクからは黒い影が伸びている。吹き込む風は生ぬるくて気持ち悪い。寒くもないのに、じっとしていられず、うろつきながらカシラを待つ。


 屋上の扉が開いて、カシラがやってきた。待っていた時間は数分程度なのに、待ちわびていた感覚が抜けず、即刻声をかけた。


「早く、決勝戦についての話をしよう」

「は、はい」


 カシラは少し慄いて足を止めた。俺は、そんなカシラの元へと駆け寄る。


「俺はどうすればいいんだ? この前みたいに準備するものがあるなら、今から俺が買いに行くよ」

「え……」

「何でもやるよ。別に俺が恥かいても、怪我しても構わないから、遠慮せずに言ってくれ」


 カシラは戸惑いを顕にし、表情に陰りを帯びさせた。

 最悪の可能性が頭をよぎり、冷静さが失せる。

 嘘だろ、そんな筈ない。口から勝手に言葉が溢れて行く。


「どうしたんだ? 教えてくれよ。俺は対校戦で勝つためなら、なんでもするからさ」

「貴方も対策を見つけられなかったんですね……」

「え、どういうことだよ?」

「私には何も対策を見つける事が出来ませんでした」

「い、今、なんて?」

「すみません。対策は見つけられませんでした」


 カシラはそう言って俯いた。


「な、なんで?」

「西校代表のデータは少なくて、得意競技はないんです。前回の戦いでも弱点は見出せませんでした」

「嘘だよな? そんな筈ないよな?」

「嘘じゃないです……」

「冗談にしては質が悪いって」

「冗談ではないんです……」

「本気で言ってるの……か?」

「……はい」


 一気に血の気が引いて、眩暈がする。階段を踏み外したみたいに、ふらりと倒れそうになった。


「だ、大丈夫ですか!?」


 カシラの心配げな声は、言葉として捉えられなかった。

 心のどこかで安心していた。カシラの言う通りにすれば大丈夫だと。

 けれどそれは幻想だった。

 縋っていたものを失った。ジェンガで軸になっていた柱が抜けて、一気に崩壊していく感覚。掛けられている期待が直にのしかかって来て、支えきれなくなる。

 頭の中が真っ白になる。何も考えられない。


「*****」


 カシラが何か言っているが、何を言っているかわからない。ただゆらゆらと歩き、屋上を後にした。 


 歩く感覚のないまま帰宅する。道中掛けられた声も聞き取れず、無視して歩く。景色なんか目に入って来ない。何度かクラクションの音を聞いたように思う。


 気がつくと、家に辿り着いていた。鞄もおかず、真っ先に叔母さんの元へと向かう。


「叔母さん。学校……休んでもいい?」


 台所にいた叔母さんに、ぼそりとそう告げた。

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