9   止められない恋




     止められない恋




(ユリカは友里香をずっと見てたな・・・)

(友里香もユリカをずっと見てたな・・・)



 4人が顔を合わせた次の日の午後、僕は社内レストランで遅い昼食を取りながらそんな事を考えていた。



〝ブルルルルル・・・ブルルルルル・・・〟

 電話は勇作だった。

 僕達は一頻ひとしきり昨夜の出来事をし返していた。

 勇作の声ははずんでいた。


「健二、スピーチ頼むな」

「しょうがねぇなぁ・・・まぁ・・・了解だな」

「招待状ポストに入れといてもらうから。いいだろ?それで」

「ああ、そりゃ全然OKだよ」

「じゃ、来月の20日だからな」

「了解」



(友里香の婚約者が勇作だなんて・・・)



「勇作さぁ、お前彼女と何処どこで知り合ったんだ?」

「ん?何だよ突然」

「いや、ちょっとな」

「大学の野球部に川上って後輩居たの覚えてるか?あいつが友里香と同じ銀行に勤めててさ、紹介して貰ったんだよ、ま、早い話そんなとこかな」

「なるほど」



(友里香と勇作が結婚するなんて・・・)



「ところでお前らは何時なんだ?結婚式」

「まだ決めてないんだよ」

「何だよそれ・・・ま、いっか、決まったら即、教えろよ、スピーチの準備があるからさ」

「誰がお前にスピーチ頼むって言ったよ」

「えっ!?俺じゃねぇのかよ・・・でも俺なんだろ?・・・へへっ、じゃよろしくな」

「・・・了解・・・」

 僕は壁に掛かっているカレンダーに目をった。



(来月の20日って、もう一ヶ月切ってるじゃないか・・・)



 僕は勇作との電話を切った後、シェラトンモアナのコンチネンタルクラッシックで友達に冷やかされながらも〝奪う〟と言った時の友里香の声を思い出していた。






     ◇






 4人が顔を合わせた次の日の午後、社内レストランで遅い昼食を取りながら勇作の声を左耳に流し込む事になる前に、僕はユリカに電話を掛けていた。



「ユリカ、今夜跳ねてひたって、狂わないか?」

「やだ」

「何故?」

「ハワイからずっと健二の事嫌い」

「おいおい・・・」

「だっておかしいじゃない」

「何が?」

「何で彼女と一緒だったの?」

「それは昨日言った通りだよ」

「嘘」

「嘘じゃないって」

「・・・ねっ」

「ん?」

「結婚しよ」

「ああ、そうだ・・・」

「来月っ」

「おいおい・・・」



(ユリカは僕が思う以上に傷付いてるかもしんないな・・・)



「・・・な、ユリカさ、その話今夜俺んでしようよ」

「いいよ」

「狂った後で・・・いいよね?」

「何それ!・・・普通にやだ」

「ちゃんとベッドから出て話すから」

「何言ってんの!」

「じゃぁ・・・洗面台でバック?」

「・・・・・」

「それじゃぁ・・・ベランダ?」

「ばっかじゃないの!」

 怒っていたユリカは、御機嫌ごきげんを取ろうとしていた僕の下らない話に付き合ってくれていた。



 二人を取り巻いていた角張かどばった空気はなごみ始めていた。

 僕は左耳に届くユリカの優しさに救われていた。






     ◇






「大丈夫?」

「OKっ!大丈夫に決まってんじゃん!!」

 僕は少々カラオケで跳ね過ぎて、BARでひたり過ぎていた。

「じゃぁ私、明日早いから今夜は帰るね」

 千鳥足ちどりあしの僕を支えながら家の鍵を開け、部屋に入っていたユリカは一息吐き、冷蔵庫を開けながらそう言ってボルビックを口に当てていた。

「・・・あれ?・・・狂わないの?」

 僕はソファの上で〝へべれけ〟になっていた。

「そんなに酔ってて狂えるの?」

「狂えるさ・・・」

「タクシー待たせてあるし・・・ほら起きてっ、こんなとこで寝ないでっ、風邪引いちゃう、ベッド行くわよ」

「なーんだ・・・やっぱベッド行くんじゃん・・・」

「ほら、ちゃんと立ってっ」



(・・・これって、幸せなのかな・・・ううっ・・・酔ってんな・・・)



 ユリカは僕にシーツを掛け、ほおにゆったりとしたキスとたっぷりの笑顔を残し、僕の前から去っていた。



(・・・幸せなんだろうなぁ・・・)

(ユリカと一緒に居る事ってさ・・・)

(・・・結婚しちまうかな・・・)



 僕はベッドの上で意外と満ち足りていた。



〝♪♪・・・〟



(?・・・)



〝♪♪・・・♪♪・・・〟



(?・・・なんだろう・・・)



〝♪♪・・・♪♪・・・♪♪・・・♪♪・・・〟



(??・・・誰か?・・・呼んでるな・・・)



 ユリカが去って間もない部屋の中に、誰かが玄関を開けてくれと、しかもその誰かは開けてもらう事を絶対にあきらめない意志をインターホンに乗せ、響かせていた。



〝♪♪・・・♪♪・・・♪♪・・・♪♪・・・〟



 美しいチャイムの音が酔った耳に厳しく響いていた。



「はい・・・はい!・・・開けますっ!」

 僕は上半身を起こし、そう声を張った。



〝ガチャ〟



「・・・失礼します」

「!!・・・はい・・・」

 僕は少し後退あとずさっていた。

夜分恐やぶんおそれ入ります」

「・・・はい・・・」

 二度目の返事の時には体が固まっていた。



(・・・どうして友里香が立ってるんだろう・・・)



「こんな遅くにすみません・・・健二さんの声が聞こえたような気がして・・・」

 美しい姿勢だった。

「あの、どうしても今夜直接お渡ししたくて・・・」

「・・・あ、どうぞ中へ・・・」

 玄関先で僕達は向き合っていた。

「招待状です」

 友里香はそう言って胸に抱いていた封書を差し出した。



(・・・酔っ払いにこの状況はつらいな・・・)



「まぁどうぞ・・・上がって下さい」

「いえ此処ここで・・・これ、お渡ししたかっただけですから・・・」

「いいじゃないですか・・・コーヒー入れますよ・・・」



(・・・やばい・・・相当酔ってんな・・・)



「え、いえ・・・」

「そんな事言わずに・・・ワインにしますか?」



(やばい・・・やばいな・・・)



「いえ、結構です・・・それじゃあ此処ここに置いときますね」

 友里香は玄関横に在るクロゼットの上に封書を置いた。

「・・・あれっ?・・・そっか・・・直接渡したいとか何とか言っちゃって・・・ひょっとして僕の事をう、う・・・」



(うわっ・・・何という事を・・・まずいべ・・・)

(・・・ドン引きだな・・・)



「・・・・・」

 友里香は美しい姿勢で立っていた。

「・・・ははっ、性質たちの悪い酔っ払いだね、ごめんなさい」

「・・・健二さん・・・それじゃぁ私・・・帰ります・・・」

 黙って僕を直視していた友里香は綺麗きれい会釈えしゃくを一つ残して体を反転させようとしていた。

何故なぜこんなに荒れちゃってるか分かりますか?・・・」



(おいおい・・・もういいだろ・・・やばいって・・・)



「・・・・・」

 友里香は僕に背を向けたまま動きを止めた。

「・・・友里香さんの声が・・・耳から離れないんですよ・・・」



(やっちまった・・・)



何故なぜだか・・・分かりますか?・・・」

「・・・・・」

 友里香は動きを止めたままだった

「僕も奪いたいから・・・ですよ・・・ヒクッ・・・」


(やべ・・・ここで吃逆しゃっくり出すかよ・・・)



「・・・・・」

 友里香は振り返り、僕を見つめていた。



(はぁ・・・言っちまったよ・・・)

(ああ・・・もう駄目だ・・・止まんねぇ・・・)



 僕は二人の間に在る空気を張り詰めさせてしまっていた。

 物凄ものすごく空気が動いていなかった。

 そしてその静寂せいじゃくを破るだろう友里香の言葉を、僕の鼓膜は物凄ものすご鋭敏えいびんに待っていた。



〝ガチャガチャ〟



「・・・あれ?鍵閉め忘れてたっ・・・」



(やっちまったよ・・・)

(何でこうなっちまうんだろう・・・)



 ユリカと友里香は玄関先で、物凄ものすごく近距離でお互いを凝視ぎょうししていた。

 ユリカは動かず、友里香も動かなかった。



(恋愛の神様・・・ごめんなさい・・・)



「もう健二っ!!何でなのっ!!ねぇ何でっ!!・・・さっきまで私と一緒に居たのに何でこんな事になってるのっ!!・・・ハワイからずっと全然健二らしくないっ!!・・・長い休みなんか取ってハワイなんか行かなきゃよかったっ!!」

 ありったけの鬱憤うっぷんはじかせた瞳でユリカは僕をめた。

「ユリカさ、ヒクッ・・・違うん・・・」

「聞きたくないっ!!」

 ユリカは家の中へ一歩も入らないまま、右手で握ったままだったドアノブを思い切り、放り投げつける様に閉めた。

「ユリカっ!!ユリカ待てよっ!!」

 友里香を置いたまま、ユリカを追い掛ける為に僕は部屋を飛び出そうとしていた。

「追い掛けないで!!」

 友里香は優しくも強い声で僕の背中にそう叫んだ。

「・・・・・」

 開けたドアのノブを左手で握ったまま、僕は友里香の声に動きを止められていた。



(ユリカと僕の壊れ始めた愛は元に戻らないんだろうか・・・)



「健二さん、追い掛けないで・・・」

「・・・ヒクッ・・・」



(友里香と僕の動き出した恋は止められないんだろうか・・・)




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